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16  謝罪と陰謀

 夕方部屋に戻ると、侍女が顔を出した。団長経由で早めに会いたいと希望していたので、わざわざ来てくれたようだ。

 侍女は娘よりも良い部屋を一人で使っているので、そこで夕食をとりながらおしゃべりに興じる。


「殿下にすごいことをおっしゃったんですって? どう陛下に申し上げようかと頭を抱えていらっしゃいましたよ」

「さっきのもそうですけど、今からも何を言っても不敬になってしまいますが。聞いてもらえますか?」


 娘に侍女は柔らかく頷く。

 姉のような侍女に、娘は素直な心境を伝える。


「何故陛下はあんな言い方しかできないのか不思議だったんです。

虚勢を張っているとのことでしたけど、高圧的で話を聞かなくてそのくせ構いたがる、構われたがる。弟さんのことで殻にこもってしまったんでしょうか。

辛かったとは思います。でもそれは陛下だけじゃなくて、他にも辛い思いをしてもちゃんと前を向いている人は沢山いるはずなんです」


 綺麗な仕草で料理を切り分けながら、侍女が相槌をうって話し始める。

 厨房で監督から料理も教わっているので、皿の盛り付けや料理の内容に目を奪われながらも、娘は侍女の話に耳を傾ける。


「……そうね、陛下は大きな子供のようなところがあります。弟君の時はしばらく病床にあったのに、起きられるようになるなり弟君派の貴族達を次々に処罰なさったの。

人が変わったようだった。それまで争うのが嫌いな方だったのに」


 侍女がその頃のことを思い出しているのか、少し遠くを見る目つきになった。

 団長に似た茶色の髪の毛は団長よりも細めで、明かりに柔らかく輝いている。優しい茶色の瞳は今はすこし翳り気味だ。


「以来、誰に対しても一線を画して振舞うようになられたんです」


 本当にヤマアラシだったのか。毛を逆立てた子猫、にしては性質が悪いが。先制攻撃とばかりに強い言動を繰り返したんだろうか。

 

「陛下は価値観が違うと。確かにそうだけど、陛下はそれを理解しあおうとしません。

どうしても譲れないところは尊重したり、譲歩するのが大事だと思うんですが、身分制度と言われると取っ掛かりすらありません」


 娘は国王には同情した。身内をなくす思いは辛い、しかも裏切られたなら尚更だろう。

 それでも一方的に国王側の価値観を説かれ、更に自分には理解できるはずもないと切り捨てられた時に醒めてしまった。

 会話はできるのに、意味が通じないような状態に『駄目だ』と思った。

 国王の性格が年単位で形成されたのなら、それを解いていくのも長い時間がかかる。しかも大人な分、難しさが増す。

 そんなに長い時間側にいてもいいとは思えなかった。


 国王に対して、そこまで労力を割く情がなかった。


 孤独で意地っ張りというところで、国王とは共通点があったのだと思う。それを癒しあえるのなら、相性も良かったのかもしれない。

 でもそう思う前に見限ってしまった。国王の人生を背負うのを諦めてしまった。

 国王の価値観を認めようとしない点では、五十歩百歩だと思う。それでも伴侶にするつもりの人間に死んでも構わないとの態度を取り、内面に踏み込ませない相手に寄り添う気にはなれない。

 国王の伴侶として召喚されたのに、その義務を果たさないことを再認識してしまった。


「ごめんなさい。陛下の庇護の下にあるのは間違いないのに」


 帰還することを決め、それでも優しく接してくれた侍女に頭を下げる。

 侍女は少し疲れたような表情で、そっと娘の下げた頭を元に戻す。


「いいのよ。元々召喚していきなり結婚しろっていう方が乱暴な話なんですから。全く厄介な儀式ですよね。あなたは悪くないのよ。

あなたは……初めから帰るって決めていたのだし。何より辛い状況のあなたを無理に召喚したのはこちらなのだから。そして、ごめんなさい。

陛下がああなる前に、私達がきちんと諭しているべきだったのに」


 頭をなでられ娘はいつの間にかうつむいていた。

 耳飾りがなければ言葉も通じない異世界に、もろもろやらなければならないことを残したまま召喚されてしまった。

 優しい人が多く、居心地は国王のことを考えなければとてもいい。

 それでも帰りたい思いで胸が締め付けられる。

 それはどれだけこちらで優しくされても揺るがない思いだった。


 侍女か王弟が何か話したのか。『必ず来い』と命令していたにも関わらず、国王からの呼び出しはなかった。




 翌日は乗馬のために娘は馬場に来ていた。副団長の教え方がいいのか、娘の角砂糖の差し入れがいいのか、馬との相性は悪くなく娘は順調に上達している。今日は広い方の馬場で常歩と速歩を交互に繰り返していた。

 手綱を持ち、速歩でいた時に副団長も馬場に馬を乗り入れ、横で一緒に走ってくれた。


「もう少し速度を上げてもいいぞ」


 副団長の言葉に手綱を持つ手に力を入れた途端、ぶつりと音がして手綱が切れた。

 瞬間固まる娘がバランスを崩しかけた時、副団長がさらうように娘を引き寄せた。娘の馬が駆け出し、それに巻き込まれないように副団長が馬首をめぐらせて馬を停止させる。

 娘は副団長にしがみつき、かろうじて馬上に留まっていた。


「怪我はないか」

「だい、じょうぶです」


 落馬の危機に青ざめながらも、娘は返事をした。副団長は娘をおろして柵の外に座らせ、自身は馬に乗って駆け去ろうとした娘の馬をつかまえにいった。程なく娘の乗っていた馬の、切れた手綱を持ちながら戻ってくる。

 馬丁に自身の馬を預け、娘を自分をはさんで馬とは反対側になるように歩かせて、副団長は厩舎に戻った。馬の手綱を外し、切れたところを検分する。


「……手綱が古くなって、切れたのだろう」


 副団長の言葉を疑わずに、娘は時間になったからと食堂に戻る。副団長も切れた手綱を持って、娘を送った。

 食堂で娘と別れた後で、副団長は本部内の団長室を訪れた。

 机で書類と格闘していた団長に、無言で手綱を放り投げる。


「これは……」

「革が古くなって切れたように見せてはいるが、わざと切れ味の悪い刃物で切れ目を入れてある。しかも染料をすり込んで偽装も施してある」


 副団長は妙に座った眼差しで手綱の分析をする。馬が好きな副団長にとって、馬を利用した謀など赦せるものではなかった。

 団長もその工作の意味するところに、眉間に皺を寄せている。


「他の手綱は?」

「これだけだ。あの馬にはこの手綱をするのは、周知のことだからな」


 最近ではあの馬には娘しか乗っていない。であれば、これは娘を狙ったということになる。


「あの方は無事か?」

「ああ、たまたま横を走っていたからとっさに抱きとめたが。そうでなければ落馬、最悪馬の下敷きだ」

「性質が悪いな」

「悪いどころではない。馬を利用するなど万死に値する」


 手綱をぎりぎりと引っ張る副団長に、団長はため息をつく。

 これが乗馬鞭であれば、間違いなく鞭は真っ二つに折れているはずだ。

 馬のことに関して副団長を怒らせた者には明日はないのは、騎士団員なら皆知っている。


「落ち着け。誰が何の目的であの方を害そうとしたのか、調査せねばならん」

「手綱に関しては誰でも可能としか言えん。馬丁は年寄りが一人。食事や用足しで厩舎を離れた時に持ち去って細工を施し、戻すのは簡単だ」


 娘が特定の馬に乗るのは、馬場を監視すればすぐに分かること。

 容疑者は絞れないか。


「誰、は難しいとしても何故、はどうだ」

「あの方の正体を知っているか知らないかで、動機も容疑者も変わってくるぞ」


 副団長の指摘に、団長は紙に箇条書きで要点を記す。

 知っている場合。伝説の娘が邪魔、容疑者は王位継承権を持つ者か後見たりえる有力貴族になる。

 知らない場合。娘が国王の『寵愛』を受けていると誤解する者。貴族の娘やそれに連なる使用人など。


「騎士団員が護衛を始めてからも結構な時間が経過している。あの方が特別扱いされているのは、目端の利かぬものでも悟っても仕方がない」


 団長の言葉に副団長は肩をすくめる。洒脱な印象の副団長には、そんな仕草が様になる。


「いっそ当初の思惑通り、素直に王妃になってくだされば隠れて護衛する必要もなく、堂々と近衛が側にいられるのにな」

「それを望まれず、陛下も自由にさせていらっしゃるのだ。言っても仕方のないことだろう」

「まあそうなんだが。この件はどこまで報告する?」


 内容と報告する人物はどうするのだ、と副団長は問いかける。

 団長は少しの間考えた。

 茶色の目は剣呑な光をたたえ、眉間の皺が一層顔に迫力を増している。

 ややあって、副団長に答える。


「陛下だけにしよう。警護の団員には詳細は伝えずに、より一層の注意を払う旨を徹底させろ」

「了解」


 手綱を団長に預けて副団長は厩舎へと向かった。細工が手綱だけとは限らない。

 徹底的に馬具と、馬に薬が盛られていないかも調査するつもりだった。


「馬に蹴られるのは、人の恋路を邪魔する奴だけでいいのに。栗毛の方を狙うとは……」


 茶色の髪の毛に黒い瞳。栗毛の馬の配色そのままの娘を思い出し、副団長は足早に厩舎を目指した。

 

 団長の方も机の上で手綱を睨み、肘をおいて手を組んだ上に顎を乗せている。

 誰が一体、こんなことを。

 犯人を見つけたら容赦はしないだろう。その眼差しは物語る。


「あと何日かすれば、城下に外出されるというのに。外出自体を取りやめていただくか、警護体制を強化しなければ」

 

 声に苦いものを滲ませ、苦労人の団長は陛下に奏上すべく王城に戻っていった。




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