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12  甘くない

 娘は使用人棟に戻るとにこやかに微笑む侍女に、有無を言わさずに別の部屋に連れ込まれてしまった。汗を流した後で豪華で重い衣装に着替えさせられて、髪を結いあげられ化粧をされる。


「髪の色が黒でないのは残念ですが」


 侍女は手際よく娘を作りこみながら、楽しげだ。娘の方は国王の気まぐれにも、仮装としか思えない衣装にもうんざりしているが、今日の件を含め聞きたいこともあるのでしょうがないと、されるままになっている。

 娘の仕上がりを満足そうに眺めて、侍女は自分も着替えるのでここで待っていてくれと出て行き、娘はしばらく一人にされた。


 鏡で着替えさせられた自分を見てみる。

 下働きの灰色の飾り気のない服とは違う。丈も長くて裾を踏んでしまわないようにと、室内で歩く練習をして待っているうちに侍女が戻ってきた。

 とても綺麗だ。茶色の目と髪の色にあわせて着ている衣装と化粧はよく似合っていて、楚々とした雰囲気に華やかなものも加わり見とれるほどだった。

 侍女とは言っても兄が国王の幼い頃から側にいられるほどの身分はあり、彼女は貴族のお嬢様なのだ。

 王城では人の世話をする立場でも、実家ではされる立場なのは間違いない。

 仕草や食事については彼女を真似しようと思いながら、娘は連れ立って食事の間に向かった。



 広い食事の間では細長い食卓の正面に国王、その両脇の近いところから娘、向かいに王弟、娘の横に侍女、王弟の横に団長と席がしつらえてあった。

 本来なら娘は国王の向かいに座るべきらしいが、今回は座が親密になるように、また娘が気詰まりにならないように配置されたようだ。

 実際侍女と食べ方や食材についておしゃべりに花が咲き、食事は思ったよりも楽しかった。

 斜め横の国王の存在さえなければ。

 国王は王弟や団長と政治的な話もしつつ、機械的に食事をしていた。

 弟からは娘に謝罪をするように促されているが、どう切り出せばよいかと思うとなかなか難しい。

 機会を窺っているうちに、食後の菓子まで出されてしまっていた。

 その皿も下げられ食後の飲み物が供され、そこで座が沈黙した。


 皆、国王の出方を窺っているようだ。

 国王も覚悟を決めて娘を見つめた。


「話がある」



 食事の間ではそぐわないとの理由から、小さめの部屋に移動する。小さめの卓には二人分のお茶が用意されて、国王と娘以外は隣室で待機する。

 扉を少し開けて待っているからと侍女に微笑まれ、娘は国王と向かい合うことになった。


「お話とはなんでしょうか」


 娘が国王に聞いた。いつもは目を隠している前髪も侍女の手によって手が加えられていて、黒い瞳を晒している。それがまっすぐに国王を見た。


「いつまで遊んでいるつもりだ」

「次の人が召喚されるまでです。好きなことをして過ごせとおっしゃったのは陛下です。客室に押し込められているより、今の生活は楽しくて有意義です。この国にも良い人がいるのだと分かりましたし」


 痛烈な皮肉に国王は奥歯を噛み締める。


「随分無礼なことを言う」

「この国に良い人がいると申しただけです。ほめているのに」

「もういい。お前は本当に帰るつもりなのか。召喚はできてもその逆は今回が初になる。成功の確率も危険性も未知数だが」


 娘は国王を見つめて、にっこりと笑った。

 笑顔を向けられたのは初めてで、国王はそれに目を奪われた。


「あなたの顔なんて見たくないからどこかに消えて。死んでくれたらせいせいするから」


 娘の言葉に国王は息を飲んだ。頭ががんがんしてきて、知らず剣に手がかかっていた。剣が椅子に当たった音で我にかえる。

 そこで気付いた。娘の口元は笑っていても目が笑っていないことに。


「あなたが初対面の私に言ったのは、こういうことです。今感じていらっしゃる怒りを私も感じました。どんな人間にだって自尊心はある。

 あなたが国王だからって、それを踏みつけにしていいはずがないんです」


 国王は懸命に怒りを静めた。自分が暴言を吐き、死罪にしようとし、牢に入れたのは紛れもない事実だったからだ。

 いざ自分に向けられると、ここまで心を抉られるようなものであったのかと今更思い知らされた。

 ――それを親を亡くしたばかりの娘に投げつけてしまったのか。


「――余が悪かった。赦せ」


 こぶしを固く握りしめて、低い声で国王は謝罪した。

 娘も国王が謝罪するなどとは思ってもいなかったので、聞き間違いかと思った。

 謝り慣れていないのだろう、表情は苦々しげでそっぽを向いている。

 言い方も態度も本当に悪いと思っているのだろうか。ただ神官から国王の謝罪は国の威信を揺るがしかねないので、余程のことだと言われたことを思い出す。

 人に頭を下げる必要のない国王にしてみればこれで精一杯なのだろう。


「謝罪の意思は分かりました。私が許すかは別問題ですが」

「余が謝罪したのだぞ」

「謝ったからといって即、水に流せるほど心は広くありません。赦せなんて加害者が言っても説得力がないんです」


 国王は娘への甘やかな感情などどこかに消えてしまうかと思った。

『国王の謝罪』の意味を知っていて、なお別問題とする娘の冷静さをねじ伏せたい気になる。

 

「余が再召喚しないと言えば、お前はこのままなのだぞ」

「国王なら発言に責任を持ちましょう。持ってくれないと困ります。そうやってすぐに権力を振りかざす」


 娘は内心は少しだけ慌てている。

 再召喚してもらわなければ、元のところに帰れない。ずっとここにいるのなら、王妃にという話が現実になってしまう。

 それだけななんとしても避けなければ。


「黒髪で黒い瞳であれば誰でもいいのでしょう? 陛下に反抗する私ではなくて素直な人を召喚して、陛下のお心に添うように遇してあげればいいんじゃないですか。それか」


 手をたたいて、いい考えが浮かんだとばかりに娘はにんまりする。


「黒い髪と瞳の等身大の人形でも作って、衣装を着せてそれを抱いて皆に手を振ればいいんです。絶対陛下に反抗しない、陛下がどんな風に扱おうとも文句も言わない。この世界の女性と子供を作れば召喚されて泣く人も出ない。いいこと尽くめじゃないですか」


 何が悲しくて、この年で抱き人形を作らなくてはならないのか。

 娘の提案を呆けたように聞いていた国王は我に返った。その光景を想像するとぞっとして、鳥肌が立ちそうになる。


「余に人形遊びの趣味はない」

「ならお面でも作らせて黒髪を付けて、お好きな女性にかぶらせれば。私は喜んで髪の毛を提供しますから」


 短くしてでも丸坊主でも、どんな悲惨な髪型になろうとも帰れるのなら構わない。

 綺麗に結い上げた髪の毛に手をやる娘に国王は慌てた。

 短い髪の女性などこの世界では非常識だ。放っておけば、娘は本当に髪の毛を切りかねない勢いだ。


「その案も却下だ。分かった、再召喚はする。ただそれまでの間、余と話はしろ。お前の世界のことを聞かせるのだ」

「何故ですか? 何故私と関わろうとするんですか?」


 昼間団長にした質問を、娘は本人にぶつけた。

 娘からすれば、自分を嫌っている相手にわざわざ関わろうという気にはならない。精神衛生上いいことなど何もないからだ。

 だから何故国王が執拗に接触を持とうとするのか、理解に苦しんだ。



 娘は押せば引きたくなる、引けば追いかけたくなる国王の性格を知らなかった。

 むしろここまで意のままにならない存在など初めてで、それゆえに余計に振り向かせたいとする思考回路も理解していなかった。



「異世界の情報はなんであれ欲しい。それに余を前に嫌がるお前を見ているのも面白そうだ。余を相手にどこまで無礼を貫けるかやってみるがいい。

 お前に、余の顔を見ない自由など与えない。毎日、ここでは誰の庇護の下にあるかを思い知れ」


 傲岸不遜に言い放つ国王に、今度は娘の方が唇を噛み締めることになった。

 ――この国王は、とんでもない俺様だ。

 さっきまで謝罪していた人間とは思えない変わりよう。

 喧嘩を売られたか。ならば応酬するしかないだろう。拒否権など与えられない娘は対決の意を強くした。




 隣室では二人の様子を三人がはらはらしながら見守っていた。

 声は全部聞こえるわけではないが、剣呑な雰囲気だけは伝わっている。


「どう見ても口説いているようではないな」

「そうですね。むしろ怒らせているような……空気が冷たい気がします」

「もう陛下ったら。子供みたい、どうしようもありませんわね」


 口々に言い合いながらも目は二人から離れない。

 国王と相性が良いらしい娘と、なぜああもこじれられるのだろう。

 強情なところは似ているのかもしれないと、ため息まじりにその点だけはお似合いだと三人は思った。




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