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10  指摘と焦り

 昼を少し過ぎた頃に、団長は国王の執務室にいた。広く、重厚な内装に相応しい大きな机の上には書類がのっている。

 未処理と処理済を二つの山に分けているが、未処理のものはもう随分と減っている。

 団長は国王の執務に区切りがつくまで、直立不動でいた。

 ふう、と一つ息をついて、国王が筆記具を机に置く。絶妙の間で書記官が書類の束を持ち去った。

 侍従が軽食の用意をしているところに、国王は団長をいざなった。

 普段は折り目正しく主従の一線を越えない団長も、人目がなければ幼馴染の学友だ。雰囲気が少し砕けたものになる。


「それで、あれはどうしている?」

「よく動きますね。門の衛士のところに昼食を届けてくれるようになりました」

「それは下働きの仕事なのか?」


 お茶を飲みながら国王が尋ねる。王太子時代には騎士団に放り込まれて汗を流したこともあるので、騎士団のことならある程度の内情は知っている。

 あの頃よりも色の白くなった国王に、団長は目を合わせる。こちらはうっすら日に焼けて、精悍な印象をかもし出している。


「ええ、ですが従騎士だけでは手が回らないので、昼食の少し前に作らせたものを運んでくれています。何ですか『配達』とか『宅配』のようなものだとおっしゃっていました」


 他にも午前に馬に乗る練習をしていると聞かされ、国王は面白くない。

 着々と自分の目の届かないところで世界を広げている娘に、自分だけが関われていない。

 そのことが非常に歯がゆかった。




 控えめに扉がたたかれ、侍従が顔を出した。客人の来訪を告げるつもりだったようだが、それより早く当の本人が顔を出した。


「兄上、ただいま戻りました」


 立とうとする団長を手で制し、国王を兄上と呼んだ男性が入ってくる。

 国王よりはわずかに小柄で細身だが、非力というより優美な印象を与える。髪の色は国王とよく似た金褐色、目の色は茶色だった。


「殿下、お久しぶりです」

「うん、久しぶり。相変わらず訓練三昧か? よい体しているね」


 王弟の華やかな雰囲気で、座が明るくなったようだ。

 侍従に追加の皿とお茶を運ばせて、王弟は遠慮なく軽食に手を伸ばす。


「これが今回の概要です。詳細な報告書は後ほど改めて。やはり東はきなくさいですね。あまり人相のよくない人間の往来が増えたようです」

「……傭兵か」


 国王の呟きに団長も表情を引き締め、王弟は頷く。

 南に海が面している関係で東、北、西に国境を接するこの国は、国王の即位に関する騒動から落ち着いてからまだそう間がない。

 国内外にくすぶる火種を必死に消して回っているのが現状だ。

 幸い側近には恵まれ、王弟も治世の助けをしてくれている。

 だが火種はなかなかしぶとく、消えたと思ったその下でなお息を潜めて永らえている。




「叔父上か。大人しくしていたと思っていたのだが」


 東に広大な所領を持つ父の弟。自分と腹違いの弟との王位争いの黒幕なのは分かっていたのに、どうしても尻尾がつかめなかった。

 今は公爵――大公として東の屋敷にこもりがちで、時折王都にやってくる叔父の顔を思い浮かべた。


「ご本人に表立っての動きはありませんが。訪問したら下にも置かないもてなしをしてくれました。結婚はまだかと、せっつかれたのには参りました」

 

 ぺろりと食べあげてお茶を飲んだ王弟は、にこりと笑った。

 この笑顔が曲者で男女問わずついつい警戒心を解いてしまうが、猫のかぶり具合が半端ではない。

 東の件は監視を強め万が一の対応を強化することで、意見の一致を見た。




「そう言えば兄上、召喚の儀を執り行ったんですよね。義姉上にご挨拶したいんですがどちらにおいでですか?」


 王弟の言葉に国王は茶器に手を伸ばしたまま固まり、団長は飲みかけの茶にむせそうになった。

 ややあって国王が呻くように答える。


「……食堂だ」

「食事の間ですか? 昼食をとられているんですか。では午後のお茶の時間にでも」

「違う、騎士団の食堂だ」

「は? なんでそんな所に。騎士団の閲兵でもされているんですか?」

「いいえ、今の時間ですと皿洗いをされているかと」


 団長の言葉が飲み込めずに、王弟はしばらく国王と団長の顔を交互に眺めた。

 苦虫を噛み潰したような国王の代わりに、団長がかいつまんで事情を説明する。



「つまり、召喚したら気に入らずに暴言を吐いて、反論されたので首を刎ねようとした。次の召喚まで置いておくことにして牢に入れた。

 改めて見ると美人だったから、兄上は側に置こうとして思いっきり拒絶されたと」


 弟の反芻に国王の機嫌は悪くなる一方だった。


「しかし、兄上。何故そんなひどいことを」

「直前に伯爵から娘を後宮にとしつこくされていた。伯爵の娘の性格の悪さは知っているだろう? ただでさえお飾りになりやすい王妃が不細工では貴族達がなんと言うか。これ幸いと娘達をごり押しするに決まっている。

 国が安定していないのに、後宮が荒れてみろ。夜も眠れん、気が休まらない」


 ああ、と王弟が頷く。


「つまり八つ当たりなんですね。それにきっちり反論されて頭に血が上ったと。兄上、悪癖がよりによってその場で出たんですか」

「お前、一生側において子供をなさないといけない相手が、目がどこにあるかも分からないほど腫れあがった顔をしてみろ。萎える」


 そんな兄を見て、王弟はにやにやしている。

 王弟の本質からは、よほどこちらの笑みの方が似合っている。

 団長は一方的に遊ばれている国王の様子を窺っていた。



「しかし、面白そうな娘ですね。名前はなんと言うんですか? 年は?」


 王弟にしてみれば何の気なしの質問だった。

 国王は一言で切って捨てた。


「知らん、本人が言わない」


 王弟は唖然として、団長を見る。団長はいささか複雑な顔をしながらも国王の言う通りだと頷いた。


「待ってください、兄上。そこまで、そこまで嫌われているんですか? どうするんですか。伝説の娘を伴侶に出来なかった国王なんていないんですよ」

「言われなくても承知している。現在は再召喚の準備をさせているところだ」


 再召喚、と呟いて王弟は難しい顔になった。

 歴史に例がないことは知っている。それをしようとする国王の真意を図った。

 ややあって自分なりの結論に達したのだろう。

 王弟は対外用の笑みを浮かべた。



「兄上、相当に気に入られたのですね。再召喚だなんて、自由にしてやろうとするくらいに」

「違う! どうやったらその解釈になるんだ。あんな強情な娘はこちらから願い下げだから再召喚をするのだ」

「はいはい、そういうことにしておきましょう。団長、今から騎士団の食堂に行きたいけれど大丈夫かな?」

「勿論です。殿下がお顔を見せれば団員が喜ぶでしょう」


 国王をよそに話をまとめて、王弟は席を立った。

 団長も顔を出すべく辞去の礼を取る。

 弟にからかわれた国王は、勝手に行けと言いかけて言葉を飲み込んだ。


「余も行く」


 午後の執務開始を少し遅らせる手はずを整えて執務室を後にした。




 道すがらにも娘のことを聞いていた王弟は、兄上に意地っ張りなところは似ていると揶揄した。

 ただし怒ると兄は熱するのに、娘は冷えるのが異なるとも。

 ある意味団長が最高の護衛だが、それでも後ろに近衛を連れて騎士団の食堂に現れた国王達に、それまでがやがやとうるさかった食堂は一瞬で静まり返った。その分厨房での声や物音がよく聞こえる。


「あの、困ります」


 確かに娘の声での言葉に国王は知らず厨房へと足が向いた。

 今まで厨房になど王城のものであっても足を踏み入れたことはなかったのに、いまだ忙しく料理を作っている料理人をよそに、目は洗い場に立っている娘に吸い寄せられた。下働きの服をつけ、上掛けをして腕まくりをしたまま娘は困ったように、横に立つ男を見ていた。

 どうやら娘の手から布巾を奪って皿を拭いているのは、身なりからすれば従騎士のようだ。


「それは私の仕事です。お構いなく」

「ああ、いいのいいの。二人でやったほうが早く終わるだろ? 時間が余ったら話をしようよ」


 従騎士は軽く言いながら、皿を拭いては重ねていっていた。




「随分と暇そうだな。他人の仕事を手伝う余裕があるか」


 何かを言いかけた国王より早く、低い声が背後から聞こえた。

 戦場や刺客を前にした時にしか聞かれない、声音。滅多にないが機嫌を損ねている時の口調だった。

 硬直した従騎士は恐る恐る振り返る。その時には娘も振り返っていて、国王と団長の出現に驚いていた。


「え、あの、団長。何故ここに……」

「時間が余るのならちょうどいい。訓練をしていくか」


 ざわっと食堂内が波立つ。団長が訓練と言い出す時は、しかも機嫌がよろしくなさそうな時は間違いなく過酷な、とか地獄のとかの枕詞がつく訓練になる。明日が非番の者はいい、そうでなければ、まず明日の勤務は疲れ痛んだ体に鞭打つものになる。

 顔面が蒼白になっている従騎士の手からそっと布巾を取り返して、娘は目を伏せた。


「各自持ち場に戻る、手のすいている者はこの後演習場に来い」


 手を打ち鳴らして団長が場を治めた。



 国王は再び皿を洗い始めた娘の後姿を見つめる。腕まくりをして、かちゃかちゃと音をさせながら皿を洗って重ねていく。

 ある程度の枚数になるとすすいで、布巾で水気をとっている。

 娘は見事なまでに国王を無視していた。だが人目があるので、うかつに声はかけられない。

 それにしても。いまだかつて皿洗いをする王妃も伝説の娘もいなかった。ある意味衝撃の光景に国王は見入っていた。


「兄上、あの方ですか?」


 小声でうかがう弟に上の空で頷く。

 興味を持った王弟だが、この場で話しかけるには身分の隔たりが大きすぎることに気付いた。

 国王に囁く。


「夕食をご一緒させてください。団長から話を通せば逃げないでしょう」

「夕食? ああ、そうか、そうだな。団長にも同席させよう」


 よい考えだと思った。呼び出すなと釘は刺されたが、そうも言っていられない。

 娘と会わなければ。何故そう思うのか自覚のないまま、国王は団長に話を持ちかけた。




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