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01  いきなり死罪で牢?

 光が満ち、それが消えた時に召喚の陣の真ん中に人が立っていた。

 伝説の通りに黒い髪、見慣れぬ服装。


「成功――か?」


 眩しさにくらんだ目を細めて国王と神官は、伝説の人物を見極めようとする。

 黒一色の飾り気のない服を着ている。衣服はこの国の常識からはあるまじき長さで、膝から下がさらされて黒く透ける薄物を履いている。

 国王は近づいてその顔を確かめ――吐き捨てた。


「なんだこれは」


 黒髪は伝説の通りだ。しかし目蓋は腫れて目は細く、その周囲を中心に皮膚は赤くまだらになっている。

 瞳の色さえ分からない。要約すると、この女は国王の好みではなかった。

 国王は傍らの神官を振り返る。


「おい。伝説の娘とやらは何故こんなに不細工なのだ。余にこれを娶れと?」

「陛下、お言葉が過ぎましょう。この方はまごうことなき陛下のお相手として、神に選ばれしお方なのです」

「やめよ、何が悲しくてこんな目蓋の腫れた、愚鈍そうな女を王妃に据えねばならぬのだ。すぐに召喚をやりなおせ」


 目の前で不遜な言い方をする男と、それに返事をしながら焦っている男を見ながら、娘はぼんやりとしていた。ひどく不確かなありように思考がついていかない。

 何故自分がここにいるのか、そもそもここがどこで目の前の男達は誰なのか。

 確か、葬儀を終えて親戚も引き上げた家のソファに座り込んでいたはずなのに。


 しかも聞いているとどうやら目の前の男は人の容姿をあげつらっている。

 あげつらうだけに、確かに容姿はいい。美形といっていいだろう顔立ちをしている。

 金褐色の髪の毛と青い瞳で背は高く、がっしりとしている。

 着ているものもあちこちに刺繍がしてあったり、無駄に豪華な感じだ。


 ただ。腰に剣を下げているのが異様で、娘の世界にはそぐわない。

 もう一人は男だろうに長髪で、こちらは体の線をかくすような長い衣装を着ている。

 要するにどちらも非現実的な格好なわけだ。

 今いるところも普通じゃない。石の床と何本もの円柱が支える天井の高い空間は、どこかの神殿のようだ。


 まだ不毛な言い争いを続けている男達の耳に、別の声が割って入った。


「お話中失礼ですが、ここはどこであなた方はどなたですか?」


 虚をつかれて声の方向を見やれば、召喚した娘がこちらを向いている。

 落ち着いた声だが、中にわずかに怯えを含んでいる。

 話しかけようとした神官を制して国王が返事をする。


「ここはお前の世界とは異なる世界だ。余の王妃となる娘を召喚したがお前は全く余の好みではない。歴代の王妃は皆美人ぞろいなのに、なぜ余だけがこんな不細工を迎えねばならぬ。召喚をやり直すので、お前は余の視界から消えうせろ」

 


 勝手に訳の分からない世界に呼び出しておいて、好みではないから消えうせろとな。


 初対面から礼儀もわきまえずに、よくここまで悪し様に言ってくれるものだ。

 怒れば怒るほど、すうっと冷えていく性質の娘は戦闘態勢に入った。


「私もあなたは好みではありません、気があいますね。視界から消えるので私を元のところに戻してください。ああ良かった。あなたのような人が夫だなんて、冗談でも受け入れられるものではありませんから」

「女、今なんと申した」

「消えるので元のところに戻せ、私もあなたは好みではないと」

「不細工な上に無礼か。近衛よ、これの首を刎ねよ」


 遠巻きにいた武装した男達が、陛下と呼ばれた男の命令で幾分困惑気味に近寄ってくる。

 口答えしたら死罪か。随分とこの陛下に権力が集中しているらしい。

 娘は幾分青ざめながらも逃げることなく、その場に立っていた。


 近衛兵に腕を取られたところで、陛下の横の男から焦った声が上がる。


「お待ちください。神の選びし娘を死罪になどすればなにが起こるかわかりません。第一、陛下の御心にかなう娘が召喚できるかも不明です。ここは、次の娘が召喚できるまででも命をとらずにおいておかれた方がよろしいのでは」


 長衣をまとった男の提案に陛下とやらは考えこんだ。


「お前の言うことも一理ある。ではこの娘は地下牢に放り込んでおけ。新たな娘が召喚できればその時に処分を決める」


 連れて行け、と近衛兵が促されて両脇から娘の腕をつかんで移動しようとした。

 その際に、長衣の男が近寄って娘の耳に赤い耳飾をつけた。


「お待ちください。今は召喚陣の上にいらっしゃるので言葉が通じますが、ここを出ればおそらく通じなくなります。

 この耳飾はそれを補うための道具です。身につけておいてください。それから――」


 囁くように、主の無礼をお許しくださいと続いた。


「あなたが悪いのではありません。迷惑はしていますが」


 若い娘に似合わない台詞をのこして、娘は衛兵に連れられて召喚の間をあとにした。


 後姿を眺め、陛下と呼ばれた男はふんっ、と鼻をならす。


「なんだあの可愛げのなさは。首を刎ねると聞かされても泣きもしないとは」

「――陛下」

「うるさい、聞かぬ。お前は召喚をやりなおせ」


 国王の命令にため息を押し殺して、神官は召喚の呪を唱え始めた。

 先程の娘の様子に集中力を乱されているのを自覚しながら。




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