<短編ホラー> 金色様
うろ覚えなところは脚色するという前置きさせて貰うが、二十年前、これは私がまだ小学生だった頃の話。
初めてそれを見たのは、私が十歳になった誕生日だった。同じ市内ではあるものの、少し離れた場所に住んでいる祖父母の家に遊びに行った日のことだった。
祖父母の家は、隣の市へと続く国道沿いの長い坂道の途中にあり、更には僕の家から徒歩で三十分ほど掛かる場所だった。それでも当時は運動一筋、歩くのも走るのも好きだったため、街路樹や遠くに見える富士山を振り返りながら、その時間さえ楽しんでいたことを覚えている。
その日は日曜日ということもあって、祖父から『何か買ってやろう』という電話を受けて、いつもよりもずっと軽やかな足取りだったと記憶している。
喜び勇んで家を早く出てしまい、だからこそ、約束していた時間よりも早く到着してしまうことに気付いた。
今にして思えば、多少なりとも早く到着しようが、祖父母の迷惑にはならないだろうが、我ながら十歳にしては律儀な子供だった。
「どうしようかな?」
白いガードレールの下をぴょんぴょんと跳ねるバッタのような虫を追い掛けながら、私はフクロウが描かれたお気に入りの腕時計を見て呟いた。
そして、普段は通らない横道に入ってみることにした。
この辺りは盆地と呼ばれる山々に囲まれた土地のため、これが創作話の類なら山の奥に迷い込むところだろうが、麓は住宅街になっているため、何かに好奇心が擽られたわけでもなく、本当にただの遠回り以外の目的はなかった。
案の定、特筆して奇妙な雰囲気があるわけでもなく、祖父母の家から程近い場所であっても、今日まで存在を知らなかったパン屋や雑貨屋などを眺めながら、知識を増やしていった。
特に覚えているのは、パン屋の看板にあった『四種のチーズを使用した特製タルト!』という文言に対し、「混ぜて気付くのかな?」と可愛げのない感想を抱いたことだろうか。まぁ、そんなことは言っても、祖父母にせがんで買って貰った記憶はあるが。店の人には申し訳ないが、味の感想までは覚えていない。
「何だろう?」
それから十分ほど歩き続け、ようやく見覚えのある道に差し掛かったところで、少し長い階段の横に石碑を発見した。
一面に雑草が生え、背の低い木々に囲われた中心に鎮座する石碑は、住宅街の中では奇妙な存在感を放っていた。
とはいえ、子供は子供、石碑などに興味はなかったが、腕時計を見るとまだ早い。
だからこそ、何が書いてあるのかよく分からないまま、何となく見つめていると、ふと誰かの気配を感じて振り返ると、そこにはよくある黄色というよりは、金色に近い色の袈裟を纏った坊主が立っていた。
この辺りは曖昧だが、二十代から三十代くらいの顔立ちをしていたように思える。
「こんにちは」
何となく伝わると思うが、子供の頃は神主や坊主に対して、偉い人のようなイメージがあり、何よりも私は初対面の相手でも物怖じしない性格だったため、特に警戒心もなく挨拶した。
すると、坊主は微笑みながら、しかし、声は出さずに頷いた。それはとても優しい表情だった。
「どうぞ」
私が道を開けるためにその場を離れると、坊主はもう一度頷いた後、ゆったりとした足取りで歩を進め、石碑の前に両膝を下した。
そして、何かを唱えながら、両手を動かしている。
本当に短い時間で曖昧だが、その手の動きはおにぎりや泥団子を作るのような、何かを丸めるような仕草に似ていた。
しばらく呆けていた私だったが、ふと我に返って腕時計を確認すると、遅刻してしまうしれないと判断し、祖父母の家に急いだ。
そして、当時流行っていたゲームを買って貰い、ご満悦だったことを覚えている。
正直、坊主のことなど忘れていたため、祖父母からの『まさかアレを見たのか!?』という展開はなかった。
しかし、それから六年後。
確か夏休みに入る数日前のことであり、高校に入学してから四ヶ月ほど経った頃だろう。何故そういう流れになったのかは定かではないが、数人の友人たちと怪談を話していた時のことだ。
しかし、怪談と言っても、どこかで聞いたような恐怖を語るのではなく、誰かの発案で「オリジナルの話に限る」のような縛りをした結果、グダグダな即興を作り、笑い合うような、そんな流れだった。つまらなくても馬鹿みたいに笑い、輝いていた。今となっては、直視できないほど眩しい青春の一ページだ。
何故、私の人生はこうなったのだろうか。失礼、脱線した。
とにかく、そのような流れで即興怪談をしていたのだが、三周目にしてネタが尽きた私は、ふと小学生の頃の坊主の話をした。
もちろん、脚色して怖い話に仕立てたわけだが、そこで友人の一人、A君としておくが、彼がこんなことを言った。
「もしかして、それって無縁仏?」
正直、何の石碑なのかは知らなかったが、よくよく話を聞いてみると、A君の家は私の祖父母宅から近い距離にあり、その石碑に覚えがあるという。
十年前の誕生日以降、石碑の方に行ったことはないため、私が曖昧な記憶を頼りに大体の場所を説明すると、A君は「やっぱりな」と頷いた。
「あれ、無縁仏だよ。俺も小さい頃に気になって両親に聞いたことがある。正確には、継ぐ人がいなくなって無縁仏になったらしい。もう何十年も空き家なんだけど、元々はその家の墓だったんだってさ。撤去されない理由とか法律とかは知らんけど、まぁ、手入れもされていないし、子供だったからお前には何かの石碑に見えたのかもな」
「なるほど……じゃあ、あのお坊さんは何だったんだろうな」
私がそう呟くと、B君とC君が吹き出した。
一応は実話の体で話をした後なのだから、それも仕方がないだろう。
「人食いの化け物じゃなかったんか?」
「四つん這いで家まで追い掛けて来たんだろう?」
B君とC君はニヤつきながら突っ込んでくる。
「そんで最後はテレビに帰っていくんだろう?」
先ほどまで真面目な表情をしていたA君も空気を読んだのだろう。私が何かを答える前にそう言った。
「まぁ、流石に〇子の要素は無理があったな」
先週、リ〇グの再放送を観たばかりだったため、ついテレビの中に入って消えていったと口に出してしまったのだ。
とにかく、私がそう返すと、四人揃って大笑いした。
そして、怪談をしてから一週間以上は経っていたと思うが、夏休みに入り、暇を持て余していていたところでA君から着信があった。
普段はラ〇ンを利用しているため、電話が来ることは珍しい。
そのため、私は何か緊急の用事かと思いながら電話に出ると、A君は開口一番、興奮した様子でこう言った。
「お前はすごいのを見たっぽいぞ!!」
何が何やら分からない。
私は宥める様な口調で説明を求めると、どうやらA君は私の無縁仏と坊主の話を両親や祖父母、周辺に昔から住んでいる人達に話したらしい。
すると、昔から仲の良い隣家に住む四人家族の内の奥さんが、更にその話を自分の友人に、その友人が今度は自分の両親に伝えるという流れとなり、最終的には、友人の祖母に中る人から、似たような話が聞けたという。
ちなみにその友人は近くに住んでいるが、両親や祖父母は関西地方にいるため、あくまでも別の土地の話だという。
(随分と大きな話になって来てしまったな)
それが私の本音だった。
別に私が悪いわけではないとは分かっていたが、正直、そこまで掘り下げられるとは思っていなかったため、A君との間に温度差があったのは言うまでもない。
しかし、どちらにしても暇潰しにはなるかと、そのようなことを考えていたが、次にA君が発した言葉に更なる困惑が訪れた。
「お前、あれが人を食べていることを知っていたのか?」
「……はぁ?」
意味が分からない。
人を食べるどころか、坊主と石碑以外の全てが作り話だ。
「別に生きている人間じゃないけど、あのお坊さんって魂を食べているらしい」
「……ちょっと待って。一から説明してくれ」
ここでA君は話した内容は以下の通りだ。
お隣の奥さんの友人の祖母となるとややこしいため、Dさんとしておく。
関西地方の某所に住むDさんが中学生の頃、実家から線路沿いの道を通って登下校していた。その途中には寺と墓地があり、その中を近道として利用していたという。
そして、十一月の下旬。
友人宅で勉強した帰り道、それほど時間帯としては遅いわけではなかったそうだが、夕方でもすっかり辺りは暗くなってしまっていた。
しかし、Dさんはいつものように墓地を通って帰宅しようとしていた。
実際、全ての人が幽霊だの何だのを信じているわけもなく、そもそも彼女は小学生の頃から同じように利用としているため、何も恐れる理由などなかったという。
しかし、その日は墓地の中の一角に誰かが立っていた。
もちろん、墓地である以上、辺りが暗いとはいえ、何らかの理由があって訪れる人はいないわけではない。
ただし、目を凝らしてみると、その人は月明かりを反射しているのか、金色に見える袈裟を着ていたため、「あぁ、お坊さんか」と納得した。しかし、流石に十年以上、寺や墓地を通り抜けているため、住職に出会うことはあるし、すれ違えば挨拶もする。
だからこそ、周囲が薄暗く、距離が離れていても別人であることは分かったらしい。
「……何をしているんだろう?」
ここでDさんには大きな好奇心が芽生えてしまったという。彼女は遠回りするようにして通路を進み、その坊主の顔を覗き込むようにして、その横を通り過ぎようとした。
そこで坊主が何かを唱えていることに気付く。
正直、普通なら異常だと気付きそうなものだが、いや、実際のところ、気付いていたのかもしれないが、Dさんは足を止めてその様子を観察したという。
しかし、何を言っているのか全く分からなかった。
ただ、その坊主は膝をつくと、何かを集めるような仕草をしたらしい。
それこそ私が見たおにぎりを作るような動きだったという。
しばらくして、坊主は両手を口元に持って行く。
そして……
「じゅるるるるる」
とても汚い音だった。
食事をした際、麺類を啜るとかそういう時に出る音ではなく、とにかく、耳障りで、不快な気分になる音。
鼓膜どころか頭の中にまで響くような音を立てながら、それでいて坊主の表情は穏やかなのが、更に気色の悪さを感じさせたという。
その光景は体感で二、三分ほど続いたが、やがて坊主は立ち上がると、墓石に深々とお辞儀をした。
Dさんは逃げないとまずいと思いながらも足が動かなかった。そして、それと目が合った。
しかし、坊主は微笑みながら、軽く会釈をした。Dさんも動揺しながらも、会釈を返す。
それを見届けた坊主は、ゆったりとした足取りでどこかへと向かおうとした。
と、その時だった。
「んああああぁぁぁ!」
まるで盛りのついた猫のような声が響いた。そこで、Dさんが目を凝らすと、何か淡い光のようなものが坊主のいた場所に漂っていた。Dさんがその声が赤ん坊のものだと気付いた瞬間、坊主は静かな足取りが嘘だったかのように素早く振り返り、足早に光の元に向かうと、先ほどと同じように両手で包み、またしても口元に運んだ。
また、じゅるるるという音が響き渡る。
「……っ」
Dさんは悲鳴すら上げられず、ただその様子を見つめることしか出来なかったが、また坊主は彼女に会釈をすると、今度こそ、その場から去って行ったという。
そして、Dさんが坊主のいた場所に向かうと、今まで知らなかったことだが、そこには地蔵と墓石のようなものがあり、詳細までは覚えていないが、明らかに『水子供養』を表す言葉が刻まれていたという。
「というわけだ。ちなみに金色様って名付けたらしいぞ」
「金色様? あぁ……袈裟の色か」
「魂を食べるというダブルミーニングだってさ」
その語感を受けて、女子にも中二病ってあるのかななどと、私はそんなことを考えていた。
「で、感想は?」
A君はそう尋ねてくる。しかし、遭遇したと体験したは異なるのだから感想も何もない。
「……やっぱり日本って狭いんだな」
私が返せたのは、その言葉だけだった。




