SF小説『異世界へ戦車に乗ってやってきた。』
目を覚ましたとき、最初に聞こえたのは鳥の声だった。
それも、聞いたことのないデカい鳥の声。
「キュルルルルルル……」
いや
鳥じゃない。
空を見上げると、翼を広げた巨大なトカゲが飛んでいた。
「……ドラゴン?」
俺は戦車の車長席から顔を出したまま固まった。
さっきまで俺たちは北海道の演習場にいた。
俺は陸上自衛隊の戦車部隊に所属している。
戦車の強みは大きく分ければ三つ。
走る。
撃つ。
耐える。
自走砲で強力な火力と機動力、そして装甲防護力を生かして戦うのが俺たちの仕事だ。
そして戦車は、一人では動かせない。
俺たちの戦車には三人の乗員がいる。
車長の俺。
砲手の田中。
操縦手の佐伯。
俺が周囲の状況を判断して指示を出し、田中が砲を扱い、佐伯が数十トンの車体を走らせる。
ついさっきまで、その三人でいつもの訓練をしていた。
それなのに。
「車長」
車内無線から田中の声がした。
「はい」
「俺、疲れてるんでしょうか」
「どうした」
「右前方に、ゴブリンみたいなのが二十匹います」
「奇遇だな。俺にも見える」
佐伯まで口を挟んだ。
「車長、左にスライムもいます」
見ると、半透明の青い物体が草原を跳ねている。
剣。
魔法。
ドラゴン。
ゴブリン。
スライム。
そして、その真ん中に日本の戦車。
俺はしばらく考えてから言った。
「……異世界だな」
「判断早くないですか?」
「ほかに説明できるか?」
誰も答えなかった。
こうして俺たち三人は、戦車ごと異世界へやってきた。
最初の敵はスライムだった。
「車長、前方にスライム」
「確認した」
「どうします?」
俺は少し考えた。
戦車砲を使うほどの相手には見えない。
「佐伯。そのまま前進」
「了解」
履帯が大地を踏みしめる。
スライムがこちらへ飛びかかってきた。
ぷるん。
次の瞬間。
戦車が通過した。
後方を確認する。
スライムの姿はもうない。
三人とも黙った。
田中が言った。
「……倒しましたね」
「ああ」
「経験値とか入るんですかね?」
「知らん」
その日、俺たちはスライムを何匹も踏み越えた。
俺たちにとってはただの移動だったが、異世界の住人にとっては伝説の始まりだったらしい。
近くの村へ到着すると、住民が家から飛び出してきた。
「鉄の魔獣だ!」
「逃げろ!」
「魔王軍だ!」
大混乱になった。
俺は慌ててハッチから身体を出した。
「待ってください! 人間です!」
農民たちが止まった。
「鉄の魔獣から人が生えたぞ!」
余計に混乱した。
誤解を解くのには半日かかった。
村長から聞いた話によれば、この世界では人間と魔王軍が何十年も戦争を続けているという。
魔王軍にはゴブリン、オーガ、巨大獣、飛竜。
人間側には騎士、弓兵、魔法使い。
典型的な剣と魔法の世界だった。
そして村長は俺たちの戦車を見上げた。
「これは……古代兵器なのですか?」
「違います」
「では魔法兵器?」
「違います」
「では、何なのです?」
俺は少し迷った。
「戦車です」
「センシャ……」
村長は神聖な言葉でも聞いたように呟いた。
その日の夕方。
魔王軍の偵察部隊が村へ現れた。
オーガが二体。
ゴブリンが数十匹。
騎士たちは剣を抜いた。
魔法使いたちは杖を構えた。
俺たちは戦車へ戻った。
「佐伯、前進」
「了解」
「田中、目標確認」
「確認」
戦車が動き始める。
ゴブリンたちは笑っていた。
巨大な鉄の箱。
彼らには、それが何なのか分からない。
オーガが巨大な棍棒を振り上げた。
そして――。
轟音。
異世界の空気が震えた。
村人たちは耳を塞いだ。
鳥たちが一斉に森から飛び立った。
オーガの前方で土煙が巻き上がる。
魔王軍の進軍が止まった。
二発目は必要なかった。
ゴブリンたちは武器を捨て、森へ逃げていった。
村人たちは呆然としていた。
やがて誰かが叫んだ。
「鉄の勇者だ!」
歓声が上がった。
俺は喜べなかった。
なぜなら、もっと重要なものを見ていたからだ。
残弾表示。
燃料計。
「田中」
「はい」
「問題がある」
「俺も同じこと考えてました」
俺たち三人は沈黙した。
戦車は強い。
だが、無限に戦えるわけではない。
砲弾は撃てばなくなる。
銃弾もなくなる。
燃料も減る。
部品だって壊れる。
整備用品も必要だ。
日本なら補給部隊がいる。
整備員がいる。
燃料が届く。
弾薬も補充される。
だがここは異世界。
補給部隊など来ない。
俺たちは強大な兵器を手にしていた。
同時に、とてつもなく大きな鉄の置物になりかねない兵器でもあった。
「魔王を倒すまで、燃料が持つと思うか?」
佐伯が即答した。
「無理です」
「砲弾は?」
田中も答えた。
「もっと無理です」
「だよな」
異世界無双。
そんな甘い話ではなかった。
王都へ行くと、俺たちは英雄扱いされた。
国王が玉座から立ち上がった。
「異世界より来たりし鉄の勇者たちよ! その力で魔王を討ち滅ぼしてほしい!」
俺は答えた。
「その前にお願いがあります」
「なんでも申せ!」
「油田を探してください」
「ユデン?」
「あと鉱山と工房。化学に詳しい錬金術師。それから精密加工ができる職人も」
国王の顔から笑顔が消えた。
「……魔王を倒す話ではなかったのか?」
「魔王を倒すための話です」
戦車を走らせるには燃料がいる。
戦い続けるには補給体制がいる。
俺たちは王国中を調査した。
油の湧く土地。
鉱山。
鍛冶職人。
錬金術師。
魔法使い。
最初、俺はこの世界の技術を遅れていると思っていた。
だが、それは間違いだった。
彼らには、こちらにはないものがある。
魔法だ。
火の魔法。
冷却魔法。
加工魔法。
収納魔法。
錬金術。
地中を探査する魔術まで存在した。
「これ……使えるぞ」
田中が言った。
俺も同じことを考えていた。
俺たちは戦車そのものを一から再現しようとするのをやめた。
この世界の技術を、この世界のやり方で組み合わせることにした。
鍛冶職人が金属部品を作る。
魔法使いが高熱を生み出す。
錬金術師が素材を研究する。
ドワーフたちが加工精度を上げる。
俺たちは知っている範囲で考え方や必要な性能を伝える。
それでも、簡単ではなかった。
一つ成功すれば三つ失敗した。
燃料は品質が安定しない。
部品はすぐ摩耗する。
複雑な装備は修理できない。
戦車は日に日に消耗していった。
そのたびに俺たちは理解した。
戦車一両が強いのではない。
それを作る人。
整備する人。
運ぶ人。
燃料を用意する人。
部品を作る人。
道を整える人。
膨大な社会の仕組みがあって初めて、戦車は戦車として動ける。
俺たちが異世界へ持ってきた最大の武器は、戦車ではなかったのかもしれない。
知識と、仕組みだった。
半年後。
魔王軍が王都へ総攻撃を開始した。
地平線を埋め尽くす魔物。
飛竜。
オーガ。
巨大獣。
その向こうには、黒い鎧をまとった魔王がいた。
王国軍は震えていた。
俺たちは戦車に乗り込んだ。
佐伯がエンジンを始動させる。
低い音が大地を震わせた。
田中が言った。
「車長」
「なんだ」
「残っている砲弾、少ないですよ」
「ああ」
「燃料も余裕ありません」
「知ってる」
「じゃあどうします?」
俺はペリスコープ越しに前を見る。
そこには戦車だけではない。
騎士がいる。
魔法使いがいる。
ドワーフの工作隊がいる。
補給用の馬車がいる。
半年かけて整えた道路がある。
そして後方には、この世界の技術で作った燃料を運ぶ者たちがいる。
俺は無線で命令した。
「全員、前進」
戦車が走り出した。
だが、もう俺たちだけではなかった。
魔法が空を走る。
騎兵が左右へ展開する。
戦車は巨大な魔物から味方を守りながら前へ出る。
俺たちは一発一発を選んで使った。
最後の砲弾を撃ったころには、魔王軍の陣形は崩れていた。
魔王を最後に倒したのは、俺たちではなかった。
この世界の勇者だった。
戦車が切り開いた道を駆け抜け、勇者の剣が魔王へ届いたのだ。
俺はそれでいいと思った。
ここは、彼らの世界なのだから。
戦争が終わった。
国王が尋ねた。
「これで、そなたたちは元の世界へ帰るのか?」
「帰れる方法が見つかれば」
俺は答えた。
「それまでは?」
俺たち三人は顔を見合わせた。
遠くでは職人たちが壊れた戦車を囲んでいる。
「この部品は作れるぞ!」
「魔法で代用できないか?」
「新しい燃料を試そう!」
もう誰も戦車を鉄の魔獣とは呼ばなかった。
俺は苦笑した。
異世界へ来たとき、俺は思った。
戦車があれば無双できる。
魔王だって倒せるかもしれない。
現実は違った。
魔王より恐ろしかったのは燃料不足。
ドラゴンより厄介だったのは交換部品。
そして世界を救うより難しかったのは、補給体制を一から作ることだった。
佐伯が戦車を叩く。
「車長。燃料入りました」
田中がハッチから顔を出した。
「どこ行きます?」
俺も車長席へ乗り込む。
遠くの街道に、スライムが一匹跳ねていた。
俺は笑った。
「とりあえず前進」
エンジン音が異世界の草原に響く。
スライムがこちらを見る。
そして逃げ出した。
少し賢くなったらしい。
俺たちも、この世界も。
たぶん同じだった。
短編小説『異世界へ戦車に乗ってやってきた。』
完結
漫画化しました。
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