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SF小説『異世界へ戦車に乗ってやってきた。』

作者: 虫松
掲載日:2026/09/12

挿絵(By みてみん)


目を覚ましたとき、最初に聞こえたのは鳥の声だった。


それも、聞いたことのないデカい鳥の声。


「キュルルルルルル……」


いや


鳥じゃない。


空を見上げると、翼を広げた巨大なトカゲが飛んでいた。


「……ドラゴン?」


俺は戦車の車長席から顔を出したまま固まった。


さっきまで俺たちは北海道の演習場にいた。


俺は陸上自衛隊の戦車部隊に所属している。


戦車の強みは大きく分ければ三つ。


走る。


撃つ。


耐える。


自走砲で強力な火力と機動力、そして装甲防護力を生かして戦うのが俺たちの仕事だ。


そして戦車は、一人では動かせない。


俺たちの戦車には三人の乗員がいる。


車長の俺。


砲手の田中。


操縦手の佐伯。


俺が周囲の状況を判断して指示を出し、田中が砲を扱い、佐伯が数十トンの車体を走らせる。


ついさっきまで、その三人でいつもの訓練をしていた。


それなのに。


「車長」


車内無線から田中の声がした。


「はい」


「俺、疲れてるんでしょうか」


「どうした」


「右前方に、ゴブリンみたいなのが二十匹います」


「奇遇だな。俺にも見える」


佐伯まで口を挟んだ。


「車長、左にスライムもいます」


見ると、半透明の青い物体が草原を跳ねている。


剣。


魔法。


ドラゴン。


ゴブリン。


スライム。


そして、その真ん中に日本の戦車。


俺はしばらく考えてから言った。


「……異世界だな」


「判断早くないですか?」


「ほかに説明できるか?」


誰も答えなかった。


こうして俺たち三人は、戦車ごと異世界へやってきた。


最初の敵はスライムだった。


「車長、前方にスライム」


「確認した」


「どうします?」


俺は少し考えた。


戦車砲を使うほどの相手には見えない。


「佐伯。そのまま前進」


「了解」


履帯が大地を踏みしめる。


スライムがこちらへ飛びかかってきた。


ぷるん。


次の瞬間。


戦車が通過した。


後方を確認する。


スライムの姿はもうない。


三人とも黙った。


田中が言った。


「……倒しましたね」


「ああ」


「経験値とか入るんですかね?」


「知らん」


その日、俺たちはスライムを何匹も踏み越えた。


俺たちにとってはただの移動だったが、異世界の住人にとっては伝説の始まりだったらしい。


近くの村へ到着すると、住民が家から飛び出してきた。


「鉄の魔獣だ!」


「逃げろ!」


「魔王軍だ!」


大混乱になった。


俺は慌ててハッチから身体を出した。


「待ってください! 人間です!」


農民たちが止まった。


「鉄の魔獣から人が生えたぞ!」


余計に混乱した。


誤解を解くのには半日かかった。


村長から聞いた話によれば、この世界では人間と魔王軍が何十年も戦争を続けているという。


魔王軍にはゴブリン、オーガ、巨大獣、飛竜。


人間側には騎士、弓兵、魔法使い。


典型的な剣と魔法の世界だった。


そして村長は俺たちの戦車を見上げた。


「これは……古代兵器なのですか?」


「違います」


「では魔法兵器?」


「違います」


「では、何なのです?」


俺は少し迷った。


「戦車です」


「センシャ……」


村長は神聖な言葉でも聞いたように呟いた。


その日の夕方。


魔王軍の偵察部隊が村へ現れた。


オーガが二体。


ゴブリンが数十匹。


騎士たちは剣を抜いた。


魔法使いたちは杖を構えた。


俺たちは戦車へ戻った。


「佐伯、前進」


「了解」


「田中、目標確認」


「確認」


戦車が動き始める。


ゴブリンたちは笑っていた。


巨大な鉄の箱。


彼らには、それが何なのか分からない。


オーガが巨大な棍棒を振り上げた。


そして――。


轟音。


異世界の空気が震えた。


村人たちは耳を塞いだ。


鳥たちが一斉に森から飛び立った。


オーガの前方で土煙が巻き上がる。


魔王軍の進軍が止まった。


二発目は必要なかった。


ゴブリンたちは武器を捨て、森へ逃げていった。


村人たちは呆然としていた。


やがて誰かが叫んだ。


「鉄の勇者だ!」


歓声が上がった。


俺は喜べなかった。


なぜなら、もっと重要なものを見ていたからだ。


残弾表示。


燃料計。


「田中」


「はい」


「問題がある」


「俺も同じこと考えてました」


俺たち三人は沈黙した。


戦車は強い。


だが、無限に戦えるわけではない。


砲弾は撃てばなくなる。


銃弾もなくなる。


燃料も減る。


部品だって壊れる。


整備用品も必要だ。


日本なら補給部隊がいる。


整備員がいる。


燃料が届く。


弾薬も補充される。


だがここは異世界。


補給部隊など来ない。


俺たちは強大な兵器を手にしていた。


同時に、とてつもなく大きな鉄の置物になりかねない兵器でもあった。


「魔王を倒すまで、燃料が持つと思うか?」


佐伯が即答した。


「無理です」


「砲弾は?」


田中も答えた。


「もっと無理です」


「だよな」


異世界無双。


そんな甘い話ではなかった。


王都へ行くと、俺たちは英雄扱いされた。


国王が玉座から立ち上がった。


「異世界より来たりし鉄の勇者たちよ! その力で魔王を討ち滅ぼしてほしい!」


俺は答えた。


「その前にお願いがあります」


「なんでも申せ!」


「油田を探してください」


「ユデン?」


「あと鉱山と工房。化学に詳しい錬金術師。それから精密加工ができる職人も」


国王の顔から笑顔が消えた。


「……魔王を倒す話ではなかったのか?」


「魔王を倒すための話です」


戦車を走らせるには燃料がいる。


戦い続けるには補給体制がいる。


俺たちは王国中を調査した。


油の湧く土地。


鉱山。


鍛冶職人。


錬金術師。


魔法使い。


最初、俺はこの世界の技術を遅れていると思っていた。


だが、それは間違いだった。


彼らには、こちらにはないものがある。


魔法だ。


火の魔法。


冷却魔法。


加工魔法。


収納魔法。


錬金術。


地中を探査する魔術まで存在した。


「これ……使えるぞ」


田中が言った。


俺も同じことを考えていた。


俺たちは戦車そのものを一から再現しようとするのをやめた。


この世界の技術を、この世界のやり方で組み合わせることにした。


鍛冶職人が金属部品を作る。


魔法使いが高熱を生み出す。


錬金術師が素材を研究する。


ドワーフたちが加工精度を上げる。


俺たちは知っている範囲で考え方や必要な性能を伝える。


それでも、簡単ではなかった。


一つ成功すれば三つ失敗した。


燃料は品質が安定しない。


部品はすぐ摩耗する。


複雑な装備は修理できない。


戦車は日に日に消耗していった。


そのたびに俺たちは理解した。


戦車一両が強いのではない。


それを作る人。


整備する人。


運ぶ人。


燃料を用意する人。


部品を作る人。


道を整える人。


膨大な社会の仕組みがあって初めて、戦車は戦車として動ける。


俺たちが異世界へ持ってきた最大の武器は、戦車ではなかったのかもしれない。


知識と、仕組みだった。


半年後。


魔王軍が王都へ総攻撃を開始した。


地平線を埋め尽くす魔物。


飛竜。


オーガ。


巨大獣。


その向こうには、黒い鎧をまとった魔王がいた。


王国軍は震えていた。


俺たちは戦車に乗り込んだ。


佐伯がエンジンを始動させる。


低い音が大地を震わせた。


田中が言った。


「車長」


「なんだ」


「残っている砲弾、少ないですよ」


「ああ」


「燃料も余裕ありません」


「知ってる」


「じゃあどうします?」


俺はペリスコープ越しに前を見る。


そこには戦車だけではない。


騎士がいる。


魔法使いがいる。


ドワーフの工作隊がいる。


補給用の馬車がいる。


半年かけて整えた道路がある。


そして後方には、この世界の技術で作った燃料を運ぶ者たちがいる。


俺は無線で命令した。


「全員、前進」


戦車が走り出した。


だが、もう俺たちだけではなかった。


魔法が空を走る。


騎兵が左右へ展開する。


戦車は巨大な魔物から味方を守りながら前へ出る。


俺たちは一発一発を選んで使った。


最後の砲弾を撃ったころには、魔王軍の陣形は崩れていた。


魔王を最後に倒したのは、俺たちではなかった。


この世界の勇者だった。


戦車が切り開いた道を駆け抜け、勇者の剣が魔王へ届いたのだ。


俺はそれでいいと思った。


ここは、彼らの世界なのだから。


戦争が終わった。


国王が尋ねた。


「これで、そなたたちは元の世界へ帰るのか?」


「帰れる方法が見つかれば」


俺は答えた。


「それまでは?」


俺たち三人は顔を見合わせた。


遠くでは職人たちが壊れた戦車を囲んでいる。


「この部品は作れるぞ!」


「魔法で代用できないか?」


「新しい燃料を試そう!」


もう誰も戦車を鉄の魔獣とは呼ばなかった。


俺は苦笑した。


異世界へ来たとき、俺は思った。


戦車があれば無双できる。


魔王だって倒せるかもしれない。


現実は違った。


魔王より恐ろしかったのは燃料不足。


ドラゴンより厄介だったのは交換部品。


そして世界を救うより難しかったのは、補給体制を一から作ることだった。


佐伯が戦車を叩く。


「車長。燃料入りました」


田中がハッチから顔を出した。


「どこ行きます?」


俺も車長席へ乗り込む。


遠くの街道に、スライムが一匹跳ねていた。


俺は笑った。


「とりあえず前進」


エンジン音が異世界の草原に響く。


スライムがこちらを見る。


そして逃げ出した。


少し賢くなったらしい。


俺たちも、この世界も。


たぶん同じだった。


短編小説『異世界へ戦車に乗ってやってきた。』


完結

漫画化しました。

https://rookie.shonenjump.com/series/TWpXKpYTL10/TWpXKpYrFrU

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