飲み会 (読み切り)
駅前は金曜日の空気だった。
仕事終わりの人々。
居酒屋へ吸い込まれていく会社員。
笑い声。
呼び込み。
焼き鳥の匂い。
俺はスマホを見た。
17:20
「……」
もう一度見る。
17:20。
変わらない。
当たり前だ。
開始十八時。
四十分前。
「何やってんだ俺……」
思わず呟く。
会社を出る時は完璧な判断だと思った。
飲み会だし。
遅刻したら嫌だし。
初めて行く店だし。
だが冷静になると。
誰も四十分前には来ない。
面接じゃない。
飛行機でもない。
ただの飲み会だ。
しかも二時間。
二時間。
その数字を思い浮かべる。
「長いな……」
まだ始まってすらいないのに。
俺はため息を吐いた。
目的地の個室居酒屋を見上げる。
ビル三階。
看板には。
【宴会コース】
【飲み放題付き】
【全九品】
全九品。
そこだけ反応する。
「ほう」
飲み会そのものへの期待値は低い。
だが。
コース料理。
それは別だ。
俺は写真を見る。
刺身。
鍋。
唐揚げ。
ローストビーフ。
締めのご飯。
デザート。
「意外と良いな……」
少しだけテンションが上がる。
その時だった。
「お疲れー!」
後ろから声。
振り返る。
課長。
来た。
敵じゃない。
だが今日の主なダメージ源である。
「早いな!」
「課長も早いですね」
「いやー飲み会は早く着いちゃうんだよな!」
それは分かる。
だが。
課長。
あなたは飲み会が好きだからでしょ。
俺は違う。
帰りたい。
まだ始まってないけど。
帰りたい。
やがて人が集まり始める。
同僚。
先輩。
別部署の人。
名前は知っている。
でも話したことはない。
そういう人が大量にいる。
会社あるあるである。
そして。
十八時。
店員に案内される。
「こちらです」
個室。
広い。
想像以上だった。
長いテーブルが二列。
三十人近い席。
学校の給食を思い出す。
問題は。
席だ。
どこに座るか。
これが重要。
上座。
危険。
下座。
安全。
入口付近。
店員対応が多い。
真ん中。
料理が来る。
「うーん……」
考えた末。
真ん中。
失敗だった。
後で気付く。
ここは物流センターだった。
乾杯まで十五分。
誰も座っただけで始めない。
微妙な時間。
俺は烏龍茶を飲みながら待つ。
すると隣の先輩が話しかける。
「最近どう?」
来た。
社会人の難問。
最近どう?
何がだ。
人生か。
仕事か。
睡眠か。
全部か。
「まあ普通です」
万能回答。
便利である。
そして。
ようやく乾杯。
長い挨拶。
長い拍手。
長い乾杯。
飲み会が始まった。
最初の料理。
サラダ。
店員が端に置く。
そして。
誰も回さない。
おい。
サラダが孤立してる。
助けろ。
俺は立ち上がりそうになる。
だが我慢。
しかし二分経過。
まだ回らない。
「回しますね」
結局俺が救出した。
物流センター開業である。
それから。
刺身。
唐揚げ。
ポテト。
ローストビーフ。
料理が来るたびに。
話に夢中な人。
料理を待つ人。
無言で食べる人。
取り分ける人。
それぞれ性格が出る。
面白い。
その途中。
事件が起きた。
ローストビーフ到着。
主役候補である。
だが。
俺の二人隣の席で。
ほぼ消えた。
「えっ」
思わず心で声が出る。
早い。
早すぎる。
戦場か。
俺のところへ来た時には。
三切れ。
三切れだった。
悲しい。
人はこんなにも争うのか。
ローストビーフの前では。
組織も友情も意味を失う。
俺は一切れを取り。
静かに食べる。
うまい。
余計に悲しい。
その後。
トイレへ向かう。
廊下は静か。
個室の外だけ別世界だった。
「平和だ……」
思わず呟く。
この五分が今日一番休めたかもしれない。
そして席へ戻る。
すると。
「席替えしよう!」
誰かが言った。
来た。
イベント発生である。
周囲が移動する。
俺も移動する。
結果。
部長の隣。
終わった。
完全に終わった。
そこから三十分。
部長の若い頃の話。
昔の営業。
昔の残業。
昔の失敗。
俺は相槌を打つ。
「へえ」
「なるほど」
「すごいですね」
社会人三種の神器である。
だが頭の中では。
鍋まだかな。
それしか考えていなかった。
そして終盤。
「ラストオーダーです」
店員の声。
来た。
終わりが見えた。
長いトンネルの出口だ。
周囲が慌てて注文する。
俺も頼む。
飲み物ではない。
デザートがあるか確認したい。
重要事項である。
そして。
最後のアイス。
それを食べ終えた時。
時計は二十時を少し過ぎていた。
「二次会行く人ー!」
「どうする?」
聞かれる。
「明日早いので帰ります」
完璧な回答。
社会人スキルである。
店を出る。
夜風が涼しい。
駅前の喧騒が遠く聞こえる。
俺は深く息を吐いた。
「終わった……」
本当に終わった。
二時間。
長かった。
でも。
ローストビーフはうまかった。
鍋もアイスも
うまかった




