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飲み会 (読み切り)

作者: San
掲載日:2026/06/16

駅前は金曜日の空気だった。


 仕事終わりの人々。


 居酒屋へ吸い込まれていく会社員。


 笑い声。


 呼び込み。


 焼き鳥の匂い。


 


 俺はスマホを見た。


 


 17:20


 


「……」


 


 もう一度見る。


 


 17:20。


 


 変わらない。


 


 当たり前だ。


 


 


 開始十八時。


 


 


 四十分前。


 


 


「何やってんだ俺……」


 


 


 思わず呟く。


 


 


 会社を出る時は完璧な判断だと思った。


 


 


 飲み会だし。


 


 遅刻したら嫌だし。


 


 初めて行く店だし。


 


 


 だが冷静になると。


 


 


 誰も四十分前には来ない。


 


 


 面接じゃない。


 


 飛行機でもない。


 


 


 ただの飲み会だ。


 


 


 しかも二時間。


 


 


 二時間。


 


 


 その数字を思い浮かべる。


 


 


「長いな……」


 


 


 まだ始まってすらいないのに。


 


 


 俺はため息を吐いた。


 


 


 目的地の個室居酒屋を見上げる。


 


 


 ビル三階。


 


 


 看板には。


 


 


【宴会コース】


 


【飲み放題付き】


 


【全九品】


 


 


 全九品。


 


 


 そこだけ反応する。


 


 


「ほう」


 


 


 飲み会そのものへの期待値は低い。


 


 


 だが。


 


 


 コース料理。


 


 


 それは別だ。


 


 


 俺は写真を見る。


 


 


 刺身。


 


 鍋。


 


 唐揚げ。


 


 ローストビーフ。


 


 締めのご飯。


 


 デザート。


 


 


「意外と良いな……」


 


 


 少しだけテンションが上がる。


 


 


 その時だった。


 


 


「お疲れー!」


 


 


 後ろから声。


 


 


 振り返る。


 


 


 課長。


 


 


 来た。


 


 


 敵じゃない。


 


 


 だが今日の主なダメージ源である。


 


 


「早いな!」


 


 


「課長も早いですね」


 


 


「いやー飲み会は早く着いちゃうんだよな!」


 


 


 それは分かる。


 


 


 だが。


 


 


 課長。


 


 


 あなたは飲み会が好きだからでしょ。


 


 


 俺は違う。


 


 


 帰りたい。


 


 


 まだ始まってないけど。


 


 


 帰りたい。


 


 


 やがて人が集まり始める。


 


 


 同僚。


 


 


 先輩。


 


 


 別部署の人。


 


 


 名前は知っている。


 


 


 でも話したことはない。


 


 


 そういう人が大量にいる。


 


 


 会社あるあるである。


 


 


 そして。


 


 


 十八時。


 


 


 店員に案内される。


 


 


「こちらです」


 


 


 個室。


 


 


 広い。


 


 


 想像以上だった。


 


 


 長いテーブルが二列。


 


 


 三十人近い席。


 


 


 学校の給食を思い出す。


 


 


 問題は。


 


 


 席だ。


 


 


 どこに座るか。


 


 


 これが重要。


 


 


 上座。


 


 


 危険。


 


 


 下座。


 


 


 安全。


 


 


 入口付近。


 


 


 店員対応が多い。


 


 


 真ん中。


 


 


 料理が来る。


 


 


「うーん……」


 


 


 考えた末。


 


 


 真ん中。


 


 


 失敗だった。


 


 


 後で気付く。


 


 


 ここは物流センターだった。


 


 


 乾杯まで十五分。


 


 


 誰も座っただけで始めない。


 


 


 微妙な時間。


 


 


 俺は烏龍茶を飲みながら待つ。


 


 


 すると隣の先輩が話しかける。


 


 


「最近どう?」


 


 


 来た。


 


 


 社会人の難問。


 


 


 最近どう?


 


 


 何がだ。


 


 


 人生か。


 


 


 仕事か。


 


 


 睡眠か。


 


 


 全部か。


 


 


「まあ普通です」


 


 


 万能回答。


 


 


 便利である。


 


 


 そして。


 


 


 ようやく乾杯。


 


 


 長い挨拶。


 


 


 長い拍手。


 


 


 長い乾杯。


 


 


 飲み会が始まった。


 


 


 最初の料理。


 


 


 サラダ。


 


 


 店員が端に置く。


 


 


 そして。


 


 


 誰も回さない。


 


 


 おい。


 


 


 サラダが孤立してる。


 


 


 助けろ。


 


 


 俺は立ち上がりそうになる。


 


 


 だが我慢。


 


 


 しかし二分経過。


 


 


 まだ回らない。


 


 


「回しますね」


 


 


 結局俺が救出した。


 


 


 物流センター開業である。


 


 


 それから。


 


 


 刺身。


 


 


 唐揚げ。


 


 


 ポテト。


 


 


 ローストビーフ。


 


 


 料理が来るたびに。


 


 


 話に夢中な人。


 


 


 料理を待つ人。


 


 


 無言で食べる人。


 


 


 取り分ける人。


 


 


 それぞれ性格が出る。


 


 


 面白い。


 


 


 その途中。


 


 


 事件が起きた。


 


 


 ローストビーフ到着。


 


 


 主役候補である。


 


 


 だが。


 


 


 俺の二人隣の席で。


 


 


 ほぼ消えた。


 


 


「えっ」


 


 


 思わず心で声が出る。


 


 


 早い。


 


 


 早すぎる。


 


 


 戦場か。


 


 


 俺のところへ来た時には。


 


 


 三切れ。


 


 


 三切れだった。


 


 


 悲しい。


 


 


 人はこんなにも争うのか。


 


 


 ローストビーフの前では。


 


 


 組織も友情も意味を失う。


 


 


 俺は一切れを取り。


 


 


 静かに食べる。


 


 


 うまい。


 


 


 余計に悲しい。


 


 


 その後。


 


 


 トイレへ向かう。


 


 


 廊下は静か。


 


 


 個室の外だけ別世界だった。


 


 


「平和だ……」


 


 


 思わず呟く。


 


 


 この五分が今日一番休めたかもしれない。


 


 


 そして席へ戻る。


 


 


 すると。


 


 


「席替えしよう!」


 


 


 誰かが言った。


 


 


 来た。


 


 


 イベント発生である。


 


 


 周囲が移動する。


 


 


 俺も移動する。


 


 


 結果。


 


 


 部長の隣。


 


 


 終わった。


 


 


 完全に終わった。


 


 


 そこから三十分。


 


 


 部長の若い頃の話。


 


 


 昔の営業。


 


 


 昔の残業。


 


 


 昔の失敗。


 


 


 俺は相槌を打つ。


 


 


「へえ」


 


 


「なるほど」


 


 


「すごいですね」


 


 


 社会人三種の神器である。


 


 


 だが頭の中では。


 


 


 鍋まだかな。


 


 


 それしか考えていなかった。


 


 


 そして終盤。


 


 


「ラストオーダーです」


 


 


 店員の声。


 


 


 来た。


 


 


 終わりが見えた。


 


 


 長いトンネルの出口だ。


 


 


 周囲が慌てて注文する。


 


 


 俺も頼む。


 


 


 飲み物ではない。


 


 


 デザートがあるか確認したい。


 


 


 重要事項である。


 


 


 そして。


 


 


 最後のアイス。


 


 


 それを食べ終えた時。


 


 


 時計は二十時を少し過ぎていた。


 


 


「二次会行く人ー!」


 


 


 


「どうする?」


 


 


 聞かれる。


 


 


「明日早いので帰ります」


 


 


 完璧な回答。


 


 


 社会人スキルである。




 


 店を出る。


 


 


 夜風が涼しい。


 


 


 駅前の喧騒が遠く聞こえる。


 


 


 俺は深く息を吐いた。


 


 


「終わった……」


 


 


 本当に終わった。


 


 


 二時間。


 


 


 長かった。


 


 


 でも。


 


 


 ローストビーフはうまかった。


 

 


 鍋もアイスも



 うまかった

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