66.家庭教師
6月も残すところあと5日間。お兄ちゃんリマインダーと、叔父さんの監視によって、体調も良好。
でも綿貫さんとは2週間も会っていないから、心の寂しさはほんのりと。
「お疲れ様ー」
「大輝さんお疲れ様、早く551ください」
「はいはい、どうぞどうぞ」
今日のお昼は食堂ではなく、肉まんパーティー。お昼に帰ってくるというので、私の分は4つ頼んだ。このために牛乳もばっちりスタンバイ。
「あー、おいし!」
「妹が嬉しそうで何よりだ」
ピコンッ
「ん!?」
待って待って、最高のタイミングで最高な人から連絡きたんだけど!口いっぱいに肉まんを一気に飲み込み、クラゲのアイコンをクリック。
今はお昼だから、0秒既読も不自然じゃないよね?
『こないだ教えてもらったところの小テスト、結果が今日帰ってきました。まさか初めての満点(笑)。もし来週予定があえば、期末テストに向けて家庭教師を1日お願いできませんか?』
さすが綿貫さん!あんなに頭がいいんだから、そりゃ満点だよ。存在が満点なんだから。
……家庭教師?家庭教師ってお家に先生が行って教えるってやつ?私……家行くの!?
「ねえ、お兄ちゃん」
「待て!無理難題か?」
「なんで?」
「お兄ちゃんとは呼ばれたいけど、お兄ちゃんと言う椿のお願いは難易度高いんだよ」
確かに難易度は高い。夏休みシーズンは死ぬほど忙しい。そこに漬け込む悪いやつが、正直多すぎる。よって夏休み前のこの段階で潰さなきゃいけない。
「でもさ、私お家にお呼ばれしたんだよ?」
「……!?」
「このチャンス逃したくないよ!」
そこから私は死ぬほど駄々をこねた。現地調査から報告書まで、普段の1.2倍は引き受けると言った。これは他の人の2倍近い仕事をするということ。
「わかったわかった。日曜日ならどうだ?ちょっと聞いてごらんよ」
私のしつこい攻撃にやられた大輝さんは、佑樹さんに応援要請。デスクに3人でいる間、懇願した。もちろんカタカタと手はきちんと動かしながら。
『テストお疲れ様です!そしておめでとうございます。来週の日曜日なら空いてますが、どうですか?』
そして私は返事に涙した。
「今日は本当にありがとうございます。勉強、よろしくお願いします」
なんと13時に駅待ち合わせをして、綿貫さんの家でお勉強会をすることになった。
「お願いしておいてなんですが、今日は体調悪くないですか?」
「元気です!本当です!信じてください」
「信じますよ、すみません。ふふっ」
到着したのは茶色いアパートの2階。階段を1つ登るたびに、心臓が1つ跳ねる。
「すみません、狭くて」
「え、あ、いや、全然!」
え、なんか綿貫さんの匂いがする……って変態か!でもなんか綿貫さんの匂いがするんだもん。えー、なんかオシャレな家に見えるのは、私の綿貫さんフィルターのせい?
「あ、そ、せ、洗面所……お借りしてもいいですか?」
「もちろんどうぞ」
昨日10分悩みに悩み抜いた末に選んだ、小さい目玉焼きの刺繍が入ったハンカチを持って、手を洗う。
待って!私同じハンドソープ使ってるんですけど!?実質同じ香りを纏ってる事になりませんか?無香料だけど。
「あ、タオルこれどうぞ。って、可愛いハンカチですね」
「へ?」
褒められた!でも、貸してもらえるなら綿貫さんのタオルで手を拭きたかったよー!
「何飲みますか?お茶か、紅茶、コーヒーか」
「わ、綿貫さんは?」
「んー、コーヒーにしようかな」
「じゃ、じゃあ私もそれで!」
とにかく落ち着かない。見ちゃいけないと思いながらも、こっそり部屋の中を見てしまう。
予想通り大きな本棚があって、そこには小説から教科書?専門書のようなものも見える。
「お待たせしました。お砂糖いります?」
「あ、お、お願いします」
「すみません、これで」
渡されたのは、キッチンにあるお砂糖ケース。
「スティックシュガー、用意しておけばよかったですね。ははっ、恥ずかしい」
「いやいやいや、すみません、ありがとうございます」
無心でコーヒーをスプーンで混ぜていると、戻ってきた綿貫さんの手には教科書が2冊と、ノートが1冊。
「では佐藤先生、お願いします」
「……せ、先生?な、そ、え?」
「ふふっ、ふざけてすみませんでした。テスト範囲はこれなんですけど」
付箋のページを開くと、長文の文章読解が。すごいレベル高いな。そしてたくさん書き込まれている。えー、なんか大学生って感じ!
「綿貫さんは冠詞が苦手ですか?」
「はい、もう結構お手上げって感じで」
「んー、でも定冠詞はできてますよ。あ、じゃあ、えっと、どこか書いていいところあります?」
「あ、じゃあこのノートに」
「こういう表を……そしてここに……そしたら……」
綿貫さんは飲み込みが早い。私の大学生活を思い出す。綿貫さんと一緒に学校通ってみたかったなぁ。




