表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/5

第2話 沈黙の距離――逃げられない時間

引き返すことは、まだできたはずだった。


それでも――

私は、歩き続けていた。

駅からホテルまでの道のりは、

思っていたよりも短かった。


けれど、その時間はやけに長く感じた。


隣を歩く男は、何も話さない。


こちらも、何を話していいのか分からない。


ただ、足音だけが一定のリズムで響いている。


「……」


何度か、言葉を探そうとした。


でも、喉の奥で止まる。


話せば、すべてが現実になってしまいそうで――


怖かった。


少し前を歩く男の背中を見つめながら、

自分がどこへ向かっているのかを考える。


本当にこれでよかったのか。


何度目か分からない問い。


それでも答えは出ない。


出ないまま、時間だけが進んでいく。


通り過ぎる人たちは、誰もこちらを気にしていない。


当たり前の風景。

当たり前の日常。


その中にいるはずなのに、

自分だけが別の場所にいるような感覚。


現実感が、少しずつ薄れていく。


やがて男が立ち止まった。


「ここです」


視線の先には、静かな外観のホテル。


特別目立つわけでもない。

だが、その扉の向こうにあるものを想像すると、

胸の奥がざわついた。


「……」


足が止まる。


一歩が、出ない。


ここでやめることもできる。


今なら、まだ間に合う。


そんな考えが頭をよぎる。


だが――


「大丈夫ですか?」


振り返った男が、静かに問いかけてきた。


その声は落ち着いていて、

強引さは一切ない。


だからこそ、余計に迷う。


「……はい」


小さく頷く。


自分でも驚くほど、素直に言葉が出た。


その瞬間、逃げ道が消えた気がした。


男は何も言わず、ゆっくりと扉へ向かう。


自動ドアが静かに開く。


冷たい空気が流れ出てくる。


一歩、足を踏み入れる。


それだけなのに、

世界が変わってしまうような感覚があった。


受付を通り、エレベーターへ。


狭い空間に、二人きり。


沈黙が、さらに重くなる。


階数が表示されるたびに、

心臓の音が大きくなる。


ドクン、ドクン、と。


自分でも分かるくらい、早い。


「……」


何も言えない。


ただ、時間が過ぎるのを待つだけ。


やがて、軽い音とともに扉が開く。


廊下は静かで、人の気配はない。


歩くたびに、足音が響く。


逃げ場のない空間。


部屋の前で男が立ち止まる。


カードキーを差し込み、扉を開ける。


「どうぞ」


その一言。


シンプルで、逃げ場のない言葉。


一瞬だけ、迷う。


だが――


ゆっくりと、足を踏み出した。


その一歩で、すべてが変わる気がした。


部屋の中は静かで、整っていた。


どこにでもあるような空間。


けれど、自分にとってはまったく違う意味を持つ場所。


扉が閉まる音が、小さく響いた。


その瞬間――


もう戻れないと、はっきり理解した。


引き返せない場所へ。


静かに、確実に近づいていく。


次回、変化の始まり――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ