repair.5 『職人の昼餉と使い込まれた相棒』
地図の修復という大仕事を終えたリエイは、心地よい空腹感を感じていた。
作業台を丁寧に清掃し、奥の居住スペースを兼ねた小さなキッチンへと向かう。
今日のお昼は、お気に入りのサンドイッチと決めていた。
冷蔵庫から取り出したのは、今朝市場で仕入れたばかりの瑞々しいレタスとトマト。そして、自家製のポテトサラダだ。
リエイは棚の奥から、年季の入った鉄のフライパンを取り出した。
表面は真っ黒に焼き締められ、鏡のように鈍い光を放っている。このフライパンは、彼がまだ駆け出しの探索者だった頃から使い続けている、文字通りの「相棒」だ。
(……これの修理には、苦労したな)
厚切りのベーコンを並べ、弱火でじっくりと脂を引き出していく。パチパチとはぜる音を聞きながら、リエイは数年前の出来事を思い出していた。
深層でのキャンプ中、不意の魔物強襲。混乱の中でこのフライパンは岩壁に叩きつけられ、無残にひしゃげてしまった。普通なら捨てて買い換えるような代物だったが、リエイは諦めなかった。
あのアナリスト特有の精密鑑定で、鉄の結晶構造が壊れていない箇所を見極め、魔法銀を極微量ずつ配合しながら、数夜かけて元の形状へと叩き直したのだ。
「あの時、焼き入れの温度を一分でも間違えていたら、今のこの焼き色は出なかっただろうな」
独り言をこぼしながら、リエイは手際よく調理を進める。
ベーコンは理想的なカリカリ具合に仕上がり、その脂で目玉焼きを焼く。ポテトサラダには少し多めの胡椒を振り、軽くトーストしたパンに次々と具材を重ねていった。
最後に、温めておいた濃厚なコーンスープをカップに注ぐ。
「いただきます」
大きな口でサンドイッチに噛み付くと、野菜のシャキシャキとした食感とベーコンの香ばしさが口いっぱいに広がった。ポテトサラダの甘みと卵のコクがそれを包み込み、完璧な調和を生んでいる。
熱いスープを一口啜れば、午前中の作業で使った神経がゆっくりと解きほぐされていくようだった。
食後、リエイは相棒のフライパンを丁寧に洗い、油を馴染ませてから定位置に戻した。
「さて、午後も腕を鈍らせないようにしないとな」
リエイは再び作業場に戻り、日課である「修理訓練」を始めた。
それは、あえて複雑に魔力経路を絡ませた練習用の魔石や、意図的に歪ませた極細のネジを、目隠しに近い状態で元の完璧な状態へと戻す過酷な反復練習だ。
誰に見せるわけでもない。だが、いざという時に「あと一歩」の精度を出すためには、この地味な積み重ねが欠かせないことを、リエイは知っている。
静かな工房に、カチカチと金属が触れ合う音だけが響く。
彼は、次のお客さんがドアベルを鳴らすその瞬間まで、自らの「黄金の指先」を研ぎ澄ませ続けるのだった。




