repair.48 止まった音色とゴーグルの真価
「……す、すみません。どなたかいらっしゃいますか?」
震える声に呼び戻され、リエイは先ほど実験に使った多機能ゴーグルを手に持ち、工房の扉を開けた。そこに立っていたのは、一抱えほどの古びた木箱を大事そうに抱えた若いきれいな町娘だった。彼女の瞳は不安に揺れ、心なしか赤らんでいる。
「修理の依頼かな? ちょうど今、最初のお客さんが帰ったところだ。中へ入りなよ」
リエイが促すと、彼女は恐縮しながらも作業台の前に座った。差し出されたのは、表面の彫刻が摩耗して滑らかになった、深い色合いの木製オルゴールだった。
「これ……亡くなった祖父の形見なんです。祖母が亡くなった日にお墓の前で聴かせてあげて以来、毎年、命日には必ず持っていって鳴らしていたのですが……」
彼女は消え入りそうな声で続けた。
「もうすぐ命日なので、念のために確認したら、音が鳴らなくなっていて。祖母の命日は二週間後なんです。どうか……それまでに直していただけないでしょうか」
リエイは黙ってオルゴールを受け取ると、まずは素手でその感触を確かめた。表面の木の温もり、そして僅かに伝わる内部の違和感。彼は簡易的な構造分析を行い、ゼンマイの巻き心地と歯車の噛み合わせを指先で探る。
「……なるほど。構造そのものはシンプルだが、内部で何かが引っかかっているな。二週間あれば大丈夫だ。一週間後に一度、様子を見に来てくれるかい?」
「本当ですか……! ありがとうございます、よろしくお願いします!」
深々と頭を下げて去っていく彼女を見送ると、リエイは再び工房の鍵を閉めた。
先ほどまで手に持っていたゴーグルを再び装着する。
「さて。早速、こいつの本当の出番のようだな」
ゴーグルを装着し、魔力を流し込む。視界が青白く発光し、オルゴールの木箱が透過され、内部の機構が立体的な設計図のように浮かび上がった。
「……ッ、これは……!」
リエイは息を呑んだ。
外見はただの古いオルゴールだが、ゴーグルが映し出す内部構造は、精密な魔導回路が複雑に絡み合う工芸品だった。ゼンマイの力を音に変えるだけでなく、周囲の微細な魔素を蓄積し、音色に記憶や感情を乗せるための特殊な増幅器が組み込まれている。
「ただの職人じゃない。これを作った職人は、相当な腕の魔導技師だったんだな」
ゴーグルの解析機能により、故障の原因は一瞬で判明した。経年劣化による魔力伝導糸の断線と、潤滑油の固着。だが、その配置が余りに緻密であるため、肉眼では解体すらままならない代物だ。
リエイはピンセットと極細の魔導工具を手に取り、神経を集中させた。
ゴーグルが示す最適解の順序に従い、一つ、また一つと、髪の毛よりも細い魔法銀の線を解いていく。部品の一つ一つを丁寧に解体し、特殊な洗浄液で長年の汚れを落としていく。
清掃を終えた部品たちは、氷の階層の素材を配合した魔法銀の溶液と、最高級の潤滑油を混ぜた特殊な槽へと浸された。
「……よし。一晩寝かせて、魔法銀と油をじっくり馴染ませよう」
作業台の上、月明かりを浴びて浸される小さな歯車たちは、明日にはかつての輝きを取り戻しているはずだ。
リエイは椅子に深く背を預け、解析を終えたばかりのゴーグルを見つめた。この道具がなければ、このオルゴールの真の価値に気づくことさえできなかっただろう。
「いい仕事になりそうだ」
リエイは静かに呟き、工房の明かりを落とした。




