repair.46 『銀鱗の槍と琥珀色の再会』
ザルガの巨大な十字槍を作業台に乗せると、リエイの意識は一瞬で「職人」へと切り替わった。
「少し、刃の鳴きを聞かせてもらうよ」
リエイは懐から、氷の階層で採取したばかりの氷海石を極薄の円盤状に加工した、特殊な魔導具を取り出した。それを槍の穂先に添え、わずかに魔力を流す。
キィィィ……と、針の先を撫でるような微かな高周波が工房に響く。それは普通の人間や並の冒険者には決して届かない音域だが、索敵能力に長け、アナリストとして感覚を研ぎ澄ませてきたリエイの耳には、槍が上げる悲鳴のように克明に聞こえていた。
「なるほどな。水陸の切り替え時、魔力回路の接合部が熱膨張でわずかに浮いている。これじゃあ伝導率が落ちて当然だ」
リエイの動きには一切の迷いがなかった。専用の魔導ドライバーで石突の隠しネジを回し、柄を三分割に解体する。露出した内部の回路へ、寒冷階層の素材から精製したばかりの「高純度魔力安定剤」を惜しみなく流し込み、微細な魔力刻印をピンセット一本で数ミリだけずらして固定し直した。
カチリ、と心地よい音がして槍が組み上がる。
「よし、終わりだ。ザルガ、握ってみてくれ」
「……何? もうか?」
ザルガは半信疑で槍を手に取った。だが、その指が柄に触れた瞬間、リザードマンの瞳が大きく見開かれた。以前は感じられた微かな熱の反発が消え、まるで自分の腕の延長であるかのように、魔力が滑らかに、かつ力強く循環している。
「……信じられん。ものの数分で、この偏屈な槍がここまで大人しくなるとは。リエイ、貴公の腕……もはや神業に近いな」
感嘆の声を漏らすザルガに、リエイは照れくさそうに鼻を擦った。
「なに、素材が良かっただけさ。さて、報酬の話だが……。提示した修理費とは別に、一つ条件がある」
「何なりと言え。この槍の輝きに比べれば安いものだ」
「今日の昼飯、付き合ってくれ。ザルガ、お前の持ってる『例のやつ』が食べたいんだ」
リエイの言葉に、ザルガは喉を鳴らして豪快に笑った。
「ははは! 承知した。ちょうどいい獲物が手に入っていたところだ」
ザルガがマジックパックから取り出したのは、地下水域の清流で獲れたばかりの新鮮な魚だった。既に香草で丁寧に下ごしらえが済んでいる。二人は工房の裏手にある小さなテラスへ移動し、即席の調理場を作った。
ザルガの巨体に似合わぬ器用な手付きで、魚が焼かれ、蒸され、香ばしい匂いが漂い始める。仕上げに、カラリと油で揚げた白身魚を厚切りのパンに挟み、リエイが特製の粒マスタードをたっぷりとかけた。
「これだ、これ。カイルの奴は『騎士として品位に欠ける』なんて言って嫌がってたけど、俺はこれが一番好きだったんだ」
昼間から贅沢に白ワインの栓を抜く。琥珀色の液体がグラスに注がれ、乾杯の音が響く。サクサクのフィッシュサンドを頬張りながら、二人は尽きることのない昔話と、現在の活動について話に花を咲かせた。
「カイルの奴、隣国で教導官なんて、あいつらしいよな。新兵たちが同情できるぜ」
「マイルズの赤面事件も傑作だ。あの守銭奴が女一人に振り回されるとは」
笑い声と共に、話題はリエイの現状にも及んだ。三ヶ月の出禁という現状を聞いたザルガは、グラスを傾けながら静かに頷いた。
「三ヶ月か……。だがリエイ、この休息は貴公にとって必要な『調整』なのかもしれん。この槍と同じようにな」
心地よい酔いと、旧友との穏やかな時間。修理屋としての第一歩は、最高のご馳走と、変わらぬ信頼の味と共に刻まれていった。




