repair.41 『十九層の春は神樹の息吹』
ニーリルによる破壊的ショートカットとリエイの決死の牽引を経て、一行はついに十九層へと降り立った。
十六階層以降の命を削るような吹雪が嘘のように、そこには穏やかな光が満ちていた。天井の水晶から降り注ぐ柔らかな輝きが、一面に広がる白銀の草原を淡く照らしている。
「……信じられない。こんな場所が下層にあるなんて」
ニーリル、ノエル、そしてメディスフィーナの三人が声を揃えて呟いた。
リエイはそんな彼女たちを背に、周囲を警戒する。以前訪れた時と同様、好戦的な魔物の気配はない。代わりに、ゆったりとした足取りで歩く「冷牛」たちが、青白い体躯を揺らしながら草を食んでいた。下層において、ここは奇跡的に成立したセーフゾーンだった。
草原の中央には、澄んだ魔力水がさらさらと流れる小川があり、そのほとりにあの穀物が群生していた。雪解け直前の春を思わせる、清涼で生命力に満ちた景色だ。
メディスフィーナがふらりと川辺に歩み寄り、膝をついて地面に手を触れた。
「……ここ、ただの階層じゃないわね。信じられないほど清浄な気が流れているわ」
彼女は驚きと喜びが入り混じった顔で、視線を小川の奥にある巨大な岩の隙間へと向けた。そこから、白く輝く細い「植物の根」のようなものが、脈動しながら地中に伸びている。
「見て、リエイ! 神樹の根よ。エルフの里にあるあの神樹の根が、次元を越えてここまで伸びてきているわ!」
神樹との契約者である彼女には、それがどれほどの奇跡か理解できたのだろう。彼女の声は弾んでいた。しかし、同時に表情を引き締めると、懐から特殊な香炉を取り出した。
「これほど貴重な場所を、無知な冒険者に荒らさせるわけにはいかないわ。神樹の守護者として、ここに強力な認識阻害の結界を張らせてもらうわね」
メディスフィーナが呪文を唱えると、柔らかな苔の胞子が風に乗り、十九層の入り口付近を淡い霧が包み込んでいく。これで、リエイたちのような特定の許可を得た者以外、この場所へ辿り着くことは困難になるだろう。
一方、ニーリルは「牛さんたちは増えすぎてもなさそうだし、今日は手を出さないでおいてあげるわ」と、意外にも大人しく杖を置いた。
「さあ、リエイ! あの美味しい穀物を採取しましょう。名前がないのは不便ね。……そうね、この輝きにちなんで『星滴麦』と呼びましょうか」
「星滴麦……いい名前だね」
「キラキラと輝く星の滴のような実がなる麦。この景色を見たことがなくても、美しい情景が浮かぶ素敵な名前ですね。流石です師匠」
リエイとノエルは協力して、熟した穂を丁寧に摘み取っていく。
採取が終わる頃には、小川のほとりに簡易的な調理台が設置されていた。持ち寄った新鮮な食材と、今しがた収穫したばかりの星滴麦。
清らかな魔力水のせせらぎをBGMに、迷宮の深層とは思えない、穏やかで贅沢な調理の時間が始まった。




