repair.4 『記憶の道筋と自己更新の鍵』
リエイは静かに目を閉じ、脳内マッピングによる仮想体験を開始した。
それは、自身の記憶の中に構築された迷宮の三次元モデルと、現在目の前にある不完全な地図を同期させる作業だ。地図上の焼き切れた魔力回路に指を触れると、リエイの意識は一気に深層の静寂へと沈み込んでいく。
「……第四層の『嘆きの回廊』か。ここは風の魔力が強く、通路の形状が風食で変わりやすい場所だ」
リエイは自身の過去の知識と、現在の地図に残された微かな魔力の残滓を照合していく。もしここが、彼が以前に踏破した時と地形変化を起こしていない場所であれば、彼の魔力を流し込むだけで地図は失われた情報を自己修復できる。
しかし、この自己更新型の地図が焼き切れているということは、持ち主が予想だにしない大きな変異に直面した証拠でもあった。
「よし、ここから先は予測フェーズだ」
リエイは精密鑑定のギアを一段階上げた。
構造解析によって判明した回路の断裂面に、自身の魔力を糸のように細く紡いで接続する。脳内の仮想迷宮に、現在の迷宮が発している微細な振動をフィードバックさせ、本来あるべき「道の形」を導き出していく。
「地形の歪みは三度。風の流れが以前より南に寄っているな。ならば、消失した北側の通路は……こう繋がるはずだ」
リエイの指先が羊皮紙の上を滑る。
彼が導き出した「正解」に合わせて、煤けていた地図の表面に、青白い光の筋が走り始めた。魔法回路がリエイの予測を核として再構築され、焼き切れていた羊皮紙の端が、まるで生き物のように再生していく。
それは、かつて彼がチームの先頭に立ち、誰も知らない暗闇に光を灯したあの頃の感覚に似ていた。
「……ふう。回路のバイパスは繋がった。あとはこの地図自身が、現場で今の魔力を吸い上げれば、完全な最新版に書き換わるはずだ」
リエイは目を開け、眼鏡を軽く指で押し上げた。
地図の上には、以前よりも精緻で、かつ強固な魔力経路が描き出されている。
「お待たせ。修復は完了だ。以前俺が潜った時と地形が変わっていない区画は自動修復しておいたが、第五層の入り口付近は大きく変異している。そこは慎重に進んでくれ。この地図なら、もう迷うことはないはずだ」
依頼人の男は、魔法の輝きを取り戻した地図を手に取り、信じられないものを見るような目でリエイを見つめた。
「……噂以上の腕前だ。あんた、本当にただの修理師なのか?」
「ああ。今はただの、しがない修理屋さ。でも、道に迷う奴を放っておけない質でね」
リエイはそう言って、少しだけ誇らしげに口角を上げた。
使い慣れた工具を片付けながら、彼はふと思う。自分の知識が誰かの帰るべき場所を示す灯火になるのなら、この隠居生活も案外、悪くない。




