repair.38 『二日酔いの朝と予期せぬ来訪者』
突き刺さるような頭痛と共に、リエイは目を覚ました。昨夜の酒場での光景――ミュラの突撃プロポーズと、マイルズの不器用ながらも温かい返答。あの歓喜の余韻が、今も思考を甘く痺れさせている。
「……のみすぎたな。悪くない痛みだが、これは動けそうにない」
日差しは既に高く、工房兼住居の時計は昼過ぎを指していた。予定していた調整作業にも手が付かず、リエイが毛布にくるまって情けなく溜息を吐いていたその時、控えめだが確かなノックの音が扉を叩いた。
「リエイさん、いますか? 昼を過ぎても閉まっているなんて珍しいので、様子を見に来たのですが……」
聞き慣れたノエルの声に、リエイは慌てて寝癖を整え、重い頭を抱えながら扉を開けた。そこにいたのは、心配そうな表情のノエルと、その隣でどこか面白そうに頬を緩めているメディスフィーナだった。
「やあ、ノエル。……すまない、昨夜は少しばかり深酒をしてしまってね」
「ふふ、昼前に閉まったままの店の前を通ってからノエルがずっと心配していてね、帰りもまだ開いていないし、週末の打ち合わせも兼ねて、顔を出したってわけよ」
メディスフィーナはそう言うと、手慣れた様子でリエイを奥へ押しやり、「ほら、台所を貸してちょうだい」とノエルを促した。ノエルは慣れた手つきでハーブティーの準備を始める。迷宮の険しい表情とは対照的な、柔らかで優しい手つきだ。リエイはふと、その背中から目が離せなくなっている自分に気づく。甘い花とハーブの香りが立ち込める中、彼女が立ち回る姿は、まるで昔からずっとこうしていたかのような不思議な馴染み深さがあった。
「……本当にお似合いね」
突然、耳元でメディスフィーナの小声が響いた。リエイが驚いて振り向くと、彼女はニヤリといたずらっぽく笑みを深めている。
「ふふふ。なんだか若奥さんって感じがして新鮮ね。リエイ、あんたもまんざらじゃない顔してるわよ」
図星を突かれ、リエイは顔が熱くなるのを感じた。心臓が跳ね、先ほどまでの二日酔いの頭痛が、別の意味での高揚感に塗り替えられていく。
「ち、違う! ただ、その……」
言い訳を探して口ごもるリエイを見て、メディスフィーナはケラケラと笑う。ちょうどその時、ノエルが淹れたてのハーブティーを運んできた。彼女は、リエイが少し顔を赤らめていることには気づいていないのか、純粋に心配そうにカップを差し出した。
「これ、二日酔いにも効くハーブティーです。ゆっくり飲んでくださいね」
カップから立ち上る湯気と、彼女の優しい眼差し。
迷宮の階層を壊しかねないほど強力なメンバーで挑む週末の探索――その準備の時間は、リエイにとって何よりも代えがたい「平穏」という名の休息になっていた。




