repair.36 『宴の夜と新たな遠征の予感』
ニーリルとメディスフィーナの容赦のない冷やかしを受け、リエイは赤面するノエルに苦笑しながらも、温かな空気を背に薬屋を後にした。工房兼住居へと戻り、探索用の重装備を脱ぎ捨てる。冷たい迷宮の空気から解放され、改めて鏡の前で身なりを整えた。
リエイは今回の土産として、例の穀物と相性が良さそうな芋を選り分ける。さらに、酒豪として名高いメディスフィーナのために塩蜂蜜を隠し味に加えた濃厚なブランデーを、酒に弱いニーリルのために口当たりの優しい果物酒を瓶詰めし、再び薬屋メディスへと向かった。
店の扉を開けた瞬間、鼻腔をくすぐったのは、香辛料が絶妙に調和した食欲をそそる芳醇な香りだった。空腹が一気に主張を始める。
「おかえりなさい、リエイさん。ちょうど今、温まったところですよ」
ノエルが満面の笑みでリエイを奥の食卓へと招き入れる。リエイが手土産を差し出すと、メディスフィーナは目を輝かせ、ニーリルは嬉しそうに果物酒の瓶を受け取った。
「これはいいわねぇ!最高の晩酌になりそうよ」
「リエイ、気を使わなくていいのに。でも、ありがとう。一緒に楽しみましょう」
食卓には、ふんわりと湯気を立てる柔らかなパンと、リエイが持ち帰った穀物がたっぷりと入った豚肉と根菜のスープが並んでいた。穀物のプチプチとした食感が豚肉の旨味を吸い込み、複雑なスパイスの香りが鼻を抜ける。それは驚くほどの絶品だった。
「美味しい……! これなら、いくらでも食べられそうだ」
リエイが感嘆の声を漏らすと、ニーリルはスープを一口啜り、勢いよく膝を叩いた。
「決まりね! これほど素晴らしい素材があるのなら、みんなで採取に行くわよ!」
あまりの勢いに、ノエルとメディスフィーナは一瞬呆気にとられたが、反対する者は誰もいなかった。むしろ、その美味しさを再確認するように深く頷いている。
「そうね、探索ついでに食料調達も悪くないわ」
「私もぜひ行ってみたいです!」
こうして、世間で縁起が良いと噂される週末に、岩山ダンジョンの氷の階層を探索することが満場一致で決まった。
腕利きの冒険者と、凄腕の薬師たちが揃うパーティーだ。火力だけで言えば過剰なほど強力な布陣だが、リエイはふと冷や汗を流す。
(このメンバーで十六階層以降に踏み込んだら……ダンジョンが崩壊せずとも、地形が変わるんじゃないか?)
しかし、そんな不安を打ち消すように、ノエルがリエイの皿にパンを添えてくれる。賑やかで、どこまでも温かな夜。翌週末の探索に向けた期待と、ささやかな日常の幸福が、薬屋の食卓を満たしていた。




