repair.33 『氷の豊穣と二十層の番人』
十九層を突破し、二十層へと続く長い階段の中腹。リエイたちはここに二日目の拠点を構えることにした。切り立った氷壁に囲まれた踊り場に結界を張り、テントを設営する。外は相変わらずの吹雪だが、結界内には安堵の溜息が漏れた。
今夜の夕食は、道中で採取した「氷結肉」のスープだ。リエイが手際よく塩胡椒で下味をつけておいた肉を、持ち込みの乾燥野菜やハーブと共に煮込んでいく。そこへ、十九層で見つけた珍しい穀物を投入した。小麦に似ているが、穂に付いた無数の細かな実が特徴的な作物だ。
「……これ、いけるな」
スープを一口啜ったリエイの目が微かに見開かれた。プチプチとした小気味よい歯応えがあり、噛みしめるたびに肉の旨味とハーブの香りが染み出してくる。
「本当ね。北方の厳しい冬でもこれほどの味が出る穀物は珍しいわ。リエイ、これ……新しい食文化の開拓になるんじゃない?」
リエイはその問いに静かに頷きかえす。三人は声には出さぬ旨味への喜びを噛みしめ、温かなスープで身体を芯から温めた。過酷な調査の中で見つけた、確かな収穫だった。
翌日、探索最終日となる三日目の未明。
二十層の入り口に立った瞬間、三人は足を止めた。これまでの階層とは明らかに格が違う、威圧的な魔力の波動が肌を刺す。
そこには、壁や床を埋め尽くすほどに密集した「赤き氷海石」と、それを核として形成された異形の存在――「氷晶魔人」が三体、門番のように立ち塞がっていた。
「……石魔人の上位種か。それも三体同時とはね」
ムオンが盾を構えるが、一体を倒しても、背後の結晶群から魔力が供給され、即座に次の個体が再構成される。この無限の再生を止めるには、奥に密集する赤き氷海石を直接破壊するしかない。
「二人は魔人三体を引きつけ、正面から削り続けろ。再生が追いつかないほどの圧をかけるんだ。その隙に、俺が奥の供給源を断つ」
リエイが静かに歩き出す。ムオンが叫び声を上げ、大剣で三体の注意を惹きつける。ミュラが正確な射撃で魔人の核を狙い、戦場は激しい金属音と氷の砕ける音に支配された。
しかし、その激戦の渦中、リエイだけが異質だった。
「なっ……どうなっているんだ本当に、まったくもって一顧だにしないのか……!」
ムオンが驚愕の声を漏らす。三体の氷晶魔人は、目の前を通り過ぎるリエイを完全に「風景」として処理していた。リエイが魔人の脚元を抜け、その巨体の背後に回っても、魔物たちは執拗に武器を振るう二人だけを追い続ける。
門番の加護。
迷宮の一部として認識されているリエイにとって、この戦場に敵意は存在しなかった。彼は無防備に晒された「赤き氷海石群」の目の前まで、傷一つ負うことなく辿り着く。
「……固定し、砕け」
リエイは超振動ピッケルを振り下ろした。本来なら全力で守るべき急所を、リエイは作業でもするかのように淡々と、かつ徹底的に破壊していく。
ガチィィィン! と耳を貫く破砕音が響き、魔力の供給源が次々と沈黙していく。再出現が止まった刹那、リエイの合図が飛ぶ。
「今だ、仕留めろ!」
「待ってました! ムオン、合わせなさい!」
「応よッ!」
供給を絶たれ、再生能力を失った三体の魔人。その隙を逃さず、ミュラとムオンの連携技「旋風・双刃閃」が放たれた。
轟音と共に、氷晶魔人の巨体が内側から弾け飛ぶ。
静寂が戻った二十層の入り口で、三人はボス部屋の巨大な扉を見据えた。
「……さて。査定の最終仕上げといこうか」
リエイはポーションで二人の魔力を回復させ、状態を万全に整えると、ボス部屋の扉へと手をかけた。




