repair.30 『迷宮の拒絶、砕かれた氷の心臓』
結界の境界に、巨大な氷の槍が突き刺さる。その衝撃で青白い光の膜が悲鳴を上げ、亀裂が走った。
「くっ、ただの魔獣じゃない……階層そのものが防衛機構を発動させているのか!」
ムオンが盾を構え、結界を揺らす猛攻を受け止める。吹雪の中でうねるのは、特定の個体ではなく、この十六階層の「意思」そのものだった。
リエイは瞬時に事態を分析した。この拒絶反応は、門番の加護さえも一時的に無効化するほど強烈だ。加護が効かない以上、力押しで突破しても消耗し、全滅する。
「二人とも、あそこを見ろ!」
リエイは採取具であるコールド・スライサーの牙を全開に稼働させ、吹雪の向こうにある魔力の渦の「核」を特定した。そこには、通常の氷海石とは明らかに色の異なる、濁った赤を帯びた巨大な氷の結晶が浮かんでいる。
「あれだ! あの『特異な氷海石』が、この拒絶反応の起点になっている!」
「あれを砕けばいいのか? でも、どうやってあの吹雪の障壁を抜けるんだ!」
ミュラが叫ぶ。その間にも、結界の維持にリエイの魔力が激しく削られていく。
リエイは判断した。ただ砕くだけではない。コールド・スライサーの「固定」の性質を利用し、あの一瞬の魔力の歪みを強制的に停止させる必要がある。
「俺が結界を一点に集中させて、障壁に穴を開ける。同時に、お前たちの魔力を俺の採取具に流し込め! 一撃で貫くぞ!」
「了解!」
リエイは迷うことなく結界を操作し、ドーム状の守りを前面一点に収束させた。防御を捨てたその刹那、隙を突こうと氷の槍が殺到するが、リエイはそれを左腕で受け止めるような姿勢を取り、胸当ての増幅回路で魔力障壁を部分展開して弾き飛ばした。
「今だ、ムオン、ミュラ!」
二人の魔力がリエイの採取具へと注ぎ込まれる。コールド・スライサーが極限まで凍てつき、青い輝きが限界を超えて白光へと変わる。
リエイはそのエネルギーを、吹雪を割るような一振りの投擲へと変えた。
白銀の軌跡が迷宮を切り裂き、咆哮する吹雪を押し退けて目標へと突き刺さる。
衝突の瞬間、赤き結晶は鈍い音を立てて硬直した。魔力の奔流がその内部で飽和し、次の瞬間、膨張した光が内側から弾け飛ぶ。爆音すらも凍らせるような静寂の中で、結晶は塵となって霧散した。
「……ッ!」
その直後、暴れ狂っていた吹雪が嘘のように凪いだ。
階層そのものが激しい痙攣を起こし痛みをこらえたかのように静まり返る。荒れ狂っていた氷の槍は、ただの硬い氷の欠片となって地面に落ちた。
「終わったのか……?」
ムオンが荒い息を吐きながら、砕け散った氷の破片を見つめる。
リエイは静かにその破片の一つを拾い上げた。砕かれた特異な氷海石は、触れると熱を発するほどに激しく振動している。
「ああ。どうやら、この階層には『心臓』があるらしい。……これは、俺たちが思っていた以上にこのダンジョンは生きているな」
冷気が去り、静寂が戻った空間で、リエイは確信した。十六階層は単なる階層ではなく、岩山ダンジョンが自らの意思で形成した「免疫系」なのだと。
三人は顔を見合わせた。初日の夜にしてはあまりにも過酷な洗礼だったが、それは同時に、この階層の攻略法を一つ見つけたという証でもあった。




