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修理師リエイのほのぼのクラフト生活  作者: 弌黑流人


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repair.28 『霧氷の洗礼と氷の結界』

十五層の最奥、巨大な亀裂を抜けて十六階層へ足を踏み入れた瞬間、肌を刺すような峻烈な冷気がリエイたちを襲った。

視界は舞い上がるダイヤモンドダストによって白く霞み、吐き出す息は瞬時に凍りついて細かな結晶へと変わる。足元は磨き上げられた鏡のように滑らかな氷に覆われ、一歩ごとに細心の注意を払わねばならない。だが、それ以上にリエイが警戒したのは、空間に漂う魔力の質そのものだった。

「来るぞ。足元に注意しろ。無闇に武器を振るうな」

リエイが低く鋭く告げた直後、足元の氷の下から半透明の結晶魔獣、氷棘スライムが音もなく滑り出してきた。通常の魔物ならば、侵入者の体温を察知した瞬間に殺気立ち、鋭利な氷の触手を突き出してくるはずだ。しかし、先頭に立つリエイの姿を認めた魔獣たちは、まるで冷たい風に混ざるようにその動きを止め、困惑したようにその場に定位した。

「……やはり、門番の加護は通じるか。この階層もまだ、岩山の一部ということだな」

リエイが静かに道を開くように進むと、魔獣たちは道を開けるように端へと寄っていく。その後方に続くミュラとムオンは、信じられないものを見るような目で周囲を警戒していた。

「おい、冗談だろ。北方でもこんな光景は見たことがない。魔物が……まるであんたを階層の主か何かだと思ってるみたいじゃないか」

ムオンが驚愕を隠しきれずに呟く。姉のミュラもまた、寒冷地仕様の毛皮の襟元を引き寄せながら、リエイの背中を鋭い眼差しで見つめた。

「驚くのは後にして、ムオン。リエイ、あんたの言う通りだ。ここはただ寒いだけじゃない。この静寂……音や熱が、この凍てついた大気に吸い込まれていくような感覚があるわ」

「鋭いな。それが十六階層の洗礼だ。一日目の目標は明確だ。地形の把握と、固定モンスターの行動パターンの確認。そして何より、環境変化による着用者の魔力回路へのデバフ調査を行う」

リエイは時折足を止め、新調した採取具コールド・スライサーを掲げた。牙の核が微かに拍動し、周囲の気温や魔力の揺らぎを数値化してリエイの意識へ届ける。

「ミュラ、地面の凹凸に隠し通路や落とし穴の気配はないか?」

「今のところは表面的な氷だけね。でも、壁面に妙なひび割れが等間隔で並んでいるわ。隠し部屋というよりは、一定の負荷がかかったら作動する氷のギミック……あるいは感圧式の罠の可能性があるわね」

ミュラの報告に、リエイは頷きながら記録用の羊皮紙に素早く図を書き込んでいく。

「ムオン、左前方の氷柱の影に、地形と同化している氷トカゲがいる。そいつの感知範囲を確認したい。俺が三歩進む間に、あいつがどう動くか見ていてくれ」

「了解だ、監督役。……おい、あいつ、あんたが近づいても舌を出して温度を探るだけで、攻撃態勢に入らないぞ。本当にどうなってるんだ、あんたの体質は」

ムオンが呆れたように溜息をつくが、リエイは冷静だった。彼が意識を向けているのは、門番の加護に甘んじることではなく、背後の二人がこの冷気にどれだけ耐えうるかだ。時折、寒気による魔力の淀みが二人を襲いかけ、防具の回路が悲鳴を上げそうになる。その都度、リエイは補強した結界設置器具を手に取り、歩きながら微調整を施して二人の周囲に安定した魔力場を作り出した。

「リエイ、助かるわ。さっきから防具の保温魔法が空回りしそうになっていたけれど、あんたが調整してから魔力の流れがスムーズになった」

「過信はするな。まだ環境に適応しきれていないだけだ」

数時間の綿密な調査により、十六階層の入り口付近の生態系とトラップの傾向が概ね掴めてきた。吹雪は次第に激しさを増し、ダイヤモンドダストが視界をさらに奪い始める。これ以上の無理な前進は、明日の本格的な探索に支障をきたすとリエイは判断した。

「一度、十五層との階段の中間地点まで戻るぞ。転移陣周辺なら一階入口への逃げ道も確保されており、ここを拠点にするのが最も合理的だ。明日の本格的な踏破に向けて、まずは安全を確保する」

「異論はないわ。この環境で闇雲に動くのは自殺行為だもの。戻りましょう」

三人は慎重に氷の足場を確かめながら、来た道を引き返した。転移陣のある広場まで戻ると、リエイは背負っていた重い資材を下ろし、ミスリルで補強したばかりの結界杭を四方に打ち込んだ。

カツン、という硬質な音が響き、杭が氷の地面に固定される。リエイが魔力を流し込むと、青白い光の膜がドーム状に広がり、その内部が凍える世界から劇的に切り離された。結界内には、リエイが事前に仕込んでおいた安定した熱源が満ち、張り詰めていた空気が緩んでいく。

「よし。環境適応拠点の構築、完了だ」

「はあ……助かった。結界の中がこんなに天国に見えるのは久しぶりだよ」

ムオンが重い大剣を下ろし、安堵の息を吐く。テントの明かりが灯り、外で吹き荒れる吹雪の轟音と、結界内の穏やかな静寂が見事な対比を見せていた。リエイは冷えた手を温める間もなく、今日一日で見えた氷の迷宮の歪み、魔物の配置、そして二人の動きの査定内容を、羊皮紙へ克明に書き留め始めた。

職人としての分析と、門番としての直感。

それらが今、十六階層という未知のパズルを解き明かそうとしていた。

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