repair.20 『予兆の石と街の鼓動』
ギルドの喧騒を抜け、リエイは奥にある副ギルド長室の扉を叩いた。
「入るぞ、マイルズ」
「待っていたよ、リエイ。……その顔を見るに、また山が動いたな?」
デスクで書類の山と格闘していたのは、マイルズ。リエイとはかつて同じパーティで死線を潜り抜けた仲であり、現在は副ギルド長を務める男だ。彼とギルド長だけが、リエイがこの街の門番であることと、その特異な性質を承知している。
リエイは書き上げたばかりの調査報告書とマップを机に置いた。そして、手土産代わりに小さな革袋を差し出す。中から現れたのは、淡い蒼光を放ち、周囲の空気をわずかに凍てつかせる美しい鉱石だった。
「これは……『氷海石』か。十五層のボス部屋前で見つけたのか?」
「ああ。十六層から三十層が新たに生まれる予兆だろうな。この石が出るということは、次は寒冷地層、あるいは海系の環境になる。今のうちに冒険者たちへ、防寒装備と水属性対策の周知をしておいた方がいい」
マイルズは険しい表情で頷き、石を慎重に箱に収めた。
「助かる。お前の予測は外れたことがないからな。……さて、公務の話はここまでだ。次は個人的な、いや、街全体に関わる依頼を頼みたい」
マイルズが差し出したのは、重厚な刻印が施されたメンテナンス依頼書だった。
「中央時計塔を診てほしい。最近、魔力の循環に微かな揺らぎがあると報告が入っている」
通称『永久時計』。一度魔石に魔力を流せば、壊れない限り永久に時を刻み続ける古代の遺産だ。この複雑怪奇な永久機関を扱える者は、この都市でリエイ一人しかいない。かつて多くの技師が挑戦したが、魔石がその魔力を受け入れたのはリエイだけだった。門番としての加護ゆえか、それとも彼自身の資質か。リエイにも正確な理由は分かっていないが、彼はこの時計塔の唯一の守護者でもある。
「分かった。一時間もあれば一通り診て回れるだろう。夕食前には終わらせる」
リエイは時計塔へ向かい、巨大な歯車が噛み合う内部へと足を踏み入れた。
時層同調を使い、目に見えない魔力の奔流を指先でなぞる。数箇所の摩耗した歯車に魔法油を差し、魔石の循環回路を微調整すると、塔全体が心地よい重低音を響かせて再び安定した拍動を始めた。
仕事を終えたリエイを待っていたのは、夕闇に包まれた馴染みの酒場だった。
マイルズと向き合い、地酒のグラスを傾ける。
「そういえば、カイルの奴はどうしてる?」
「ああ、あいつは隣国の騎士団で教導官をやってるよ。相変わらず堅物すぎて、部下に怖がられてるらしいがな」
かつての仲間たちの近況に花を咲かせ、リエイの心は久しぶりに解き放たれた。
職人として、門番として、そしてかつての冒険者として。
多くの顔を使い分けながら、彼はこの街と迷宮のバランスを守り続けている。
「……いい夜だな、マイルズ」
「全くだ。お前がこの街にいてくれて、本当に良かったよ」
二人の笑い声は、新調された時計塔が刻む規則正しい音の中に、穏やかに溶けていった。




