repair.19 『不可侵の測量士』
翌日の早朝。
まだ街が眠りの中にあり、朝霧が岩山の裾野を白く包んでいる時刻。リエイは店の入り口に「本日休業」の立て札を掲げ、昨日入念に調整を終えた胸当てを装着して家を出た。
目指すは岩山ダンジョン。通常、冒険者たちがパーティを組み、命懸けで挑む魔境だ。
だが、リエイはたった一人、武器を抜くことすらなくその暗い入り口へと足を踏み入れた。
彼が通路を進むと、暗闇から無数の赤い目が光り、鋭い牙を剥くモンスターたちが姿を現す。しかし、彼らはリエイの姿を認めた瞬間、まるでそこに大きな岩か同族がいるかのように興味を失い、喉を鳴らして去っていった。
(……門番の恩恵、か)
ダンジョンと同じ魔力を有するリエイは、この迷宮そのものの一部として認識されている。モンスターから見れば、彼は襲うべき外敵ではなく、迷宮という巨大な生命体の中を巡る細胞のような存在なのだ。
この「不可侵」の特性こそが、リエイの調査を支えている。
彼は懐から羊皮紙を取り出し、胸当ての増幅回路を起動させた。周囲の空間構造が脳内へ立体的に投影され、昨日の調整通り、極めて明瞭な解像度で罠の設置場所や隠し通路を浮かび上がらせる。
「……四階層から五階層、一部の壁がせり出しているな。構造の拡張だ」
リエイは迷いなく筆を走らせる。
通常、腕利きのパーティでも二日は要する最下層十五階までの踏破を、彼は半日も経たずに成し遂げていく。五階ごとに待ち構える巨大なボスモンスターたちも、リエイがその横を通り過ぎる間、ただ静かに巨体を休めているだけだった。
調査を進めるにつれ、リエイの表情に険しさが混じった。
九階層と十階層、そして十四階層と十五階層。フロアの拡張に伴い、仕掛け(ギミック)はより複雑になり、モンスターのリポップ地点も増加している。何より、深層へ進むほど、フロアボスの放つ圧力が以前よりも格段に強化されていた。
(ダンジョンが成長している。冒険者たちが持ち込む経験値が、この山をより強固な『生き物』に変えようとしているんだな)
リエイは十五階層の最奥、まだ見ぬ十六階層へと続く予兆の揺らぎを確認し、調査を終えた。
地上に戻る頃には、日は高く昇っていた。
リエイの手元には、詳細に書き込まれた新たなマップと、異変を網羅した調査報告書が完成している。
「よし。これをギルドに回せば、無謀な突入で死ぬ奴も減るだろう」
修理師としてのリエイは、壊れた道具を直す。
だが、アナリストであり門番であるリエイは、こうして迷宮という巨大な歯車の狂いを読み取り、街の安寧を影から支えている。
彼は報告書を懐にしまい、馴染みのギルド職員が待つ場所へと歩き出した。




