repair.17 『門番の宿命と救済のスキル』
ニーリルの言葉は、静かだが鋭い楔のようにリエイの胸に打ち込まれた。
彼女は知っている。かつて南の森ダンジョンが限界を迎え、モンスターが地上へ溢れ出した「ダンジョンブレイク」の惨劇を。そして、その終焉を看取った者として、迷宮という巨大な生命体が門番に与える、呪いにも似た恩恵の正体を。
「南の森での私の役割は、いわば介錯だった」
ニーリルは遠い目をして、自らの掌を見つめた。
「私が受けた恩恵は、魔力の増幅。たった一人で迷宮ごとすべてを焦土に変え、暴走を強引に幕引きさせるための、残酷な最大火力。それが、ダンジョンが私に充てがった最後の救済措置だったのだよ」
ダンジョンは一つの生き物だ。
その世代ごとに、導き、育成し、管理し、増幅させ、そして最後には看取る役割の者を門番として選ぶ。冒険者が持ち込む経験値や、彼らが流す汗と疲労という名の生命エネルギーを糧に成長する迷宮は、自らの存続のために門番の職業を最適化させる。
「対して、この岩山ダンジョンはまだ若い。最下層は十五層……発展途上の段階だ」
ニーリルはリエイを真っ直ぐに見据えた。
「管理と修復、そして冒険者を正しく導く役割。アナリストである君がここに店を構え、この若き迷宮を診ているのは偶然ではないはずだ。リエイ、君が受けている恩恵は何だ?」
リエイは眼鏡のブリッジを指で押し上げ、静かに応えた。
「……スキル発現、だ」
先日、音読書の修復中に目覚めた時層同調を思い浮かべる。
本来、アナリストという職業は後方支援であり、直接的な修復や創造のスキルを持つことは稀だ。だが、このダンジョンはリエイに修復の力を与えた。それは、自分という迷宮を壊さず、健やかに育て上げるための保守点検の役割を彼に求めているからに他ならない。
「スキル発現か。若く、生きようとする意志の強いダンジョンらしい選択だ。君のその技術は、冒険者の遺物を直すだけではなく、この岩山そのものを導くために与えられたものなのだな」
ニーリルは納得したように深く頷いた。
門番はダンジョンコアとリンクし、その魔力の届く範囲に縛られる。リエイがこの麓から離れられないのは、彼がこの岩山の心臓の一部となってしまったからだ。
二人の間に、門番同士にしか通じぬ重い沈黙が流れる。
だが、表から軽快な足音が近づいてきた瞬間、二人は同時に「職人と客」の顔へと戻った。
「リエイさーん! 今日も差し入れ持ってきましたよー!」
扉を勢いよく開けて現れたのは、ノエルだった。
彼女の手には、ほかほかと湯気を立てるミートパイの包みが握られている。
「あ、あれ……? お師匠様!? なんでここにいるんですか!?」
驚きで目を丸くし、持っていた包みを落としそうになる愛弟子の姿に、ニーリルは先ほどまでの厳格な表情を霧散させ、茶目っ気のある笑みを浮かべた。
「やあノエル。君が手紙で熱心に語る修理師殿の腕を、少し確かめにきたのだよ。私の鈴も、実に見事に直してくれてね。今はちょうど、難しい魔道具の構造について議論していたところだ」
「ええっ、熱心だなんて……そんなこと書いてませんよぅ! もう、お師匠様ったら!」
顔を真っ赤にするノエルと、それを楽しげに眺めるハイエルフの師匠。
誰にも明かせぬ宿命の会話は、昼下がりの穏やかな空気の中に、ひとまず秘匿された。




