repair.16 『南の門番と岩山の鼓動』
ゾルクスとの一件が落ち着き、店に穏やかな朝の光が差し込む頃。
岩山ダンジョンの麓にあるリエイの店に、一人の客が訪れた。
その人物は、ノエルと同じ淡い若草色の魔道衣を纏っていたが、放つ空気の密度が違った。透き通るような肌と、天を突くほどに鋭く、かつ優美な耳。ハイエルフである彼女の見た目はノエルと同年代に見えるが、その瞳には数百年を積み重ねた者特有の、底知れない理知が宿っている。
「ここがノエルの手紙に記してあった修理師の店だな。ダンジョンの近くで間違いない……。十中八九、リエイはこの岩山ダンジョンの門番なのだろう」
彼女の名はニーリル。かつて南の森ダンジョンが氾濫した際、その暴走を食い止めるためにダンジョンに選ばれた「最後の門番」である。
門番とは、ダンジョンコアと命をリンクさせ、その魔力の届く範囲でしか生きられぬ制約と引き換えに、自らの職業を迷宮の安定のために捧げる守護者だ。
「まずは挨拶といきますか」
ニーリルがドアを開けると、作業台で繊細な歯車を磨いていたリエイが顔を上げた。
「……いらっしゃい。見慣れない顔だが、何か修理の依頼か?」
「私の愛弟子、ノエルが世話になっているようでね。私はニーリル。彼女に魔法の基礎を教えた者だ」
リエイは手を止め、居住まいを正した。ノエルの師匠とあれば、無礼な真似はできない。
ニーリルは店内の棚に並ぶ修復済みの品々を鋭い視線で眺め、感心したように頷いた。
「ノエルの手紙は少々大袈裟かと思っていたが、この魔力の馴染ませ方……。なるほど、噂に違わぬ腕だ。ならば、これを診てもらおうか」
彼女が取り出したのは、ノエルが持っていたものとは比較にならないほど高位の『深翠の魔法鈴』だった。
古代樹の心材から削り出され、大精霊の加護が直接刻まれた逸品。だが、その表面には目に見えないほど細かなヒビが走り、音色が濁りかけている。
リエイは黙ってそれを受け取り、眼鏡をかけ直した。
構造解析を発動する。
一瞬で、鈴の内部にある膨大な魔力のパスが脳内に投影された。
「……精霊の力が強すぎて、鈴自体がその負荷に耐えきれなくなっている。器が小さすぎるんだな。ニーリルさん、あんたが放つ魔力がこの鈴の限界を超えている。修復するだけじゃ足りない。魔力の『逃げ道』を層状に作り直す必要がある」
リエイは迷うことなく、極微魔力修復針を手に取った。
覚醒したばかりの時層同調を応用し、古代樹がまだ若木だった頃の柔軟な魔力特性を引き出しつつ、現代の硬化した回路に馴染ませていく。
数分後、リエイが指先で鈴を弾いた。
リン、という音色が、作業場を通り抜けて岩山の岩肌にまで染み渡るような、深く清らかな響きとなって広がった。
「……素晴らしい。修復どころか、以前よりも響きが洗練されている。リエイ、君の腕は本物だ。ノエルが夢中になるのも無理はない」
ニーリルは満足げに微笑み、鈴を受け取った。
だが、その直後。彼女の眼差しが、店から見える岩山ダンジョンの入り口へと向けられた。
「技術は確かだ。……だがリエイ、尋ねたいことがある。君自身、自覚しているはずだ。この場所を選んだ理由、そして君がこのダンジョンから受けている『恩恵』の意味を」
ニーリルの問いに、リエイは静かに作業台を片付け始めた。
門番同士にしか分からない、重く、そして避けられぬ宿命の会話が、今まさに始まろうとしていた。




