repair.14 『狂った歯車と導きの鈴』
音読書の修復に取り掛かって三日が過ぎた。
作業は、リエイの予想を遥かに上回る困難に直面していた。
物理的な回路の断線はすでに直した。魔力糸でのバイパス手術も完璧だ。だが、致命的な問題が解決しない。ページをめくるタイミングと、再生される音声の順番が、どうしても数行、あるいは数ページ分ズレてしまうのだ。
「……構造解析の結果では、同期回路に異常はないはずだ。なのになぜ、あべこべに再生される?」
リエイは数え切れないほどの仮説を立て、検証を繰り返した。だが、修正すればするほど、別の箇所でノイズが走る。まるで、本そのものが真実を語ることを拒んでいるかのようだった。
困窮に苛まれ、作業台の前で頭を抱えていたその時。
カラン、といつになく控えめな音でドアベルが鳴った。
「リエイさん、こんにちは。……あの、またお邪魔してもいいでしょうか?」
おっとりとした魔導師のノエルが、焼き菓子を包んだ小箱を手に立っていた。
ここ最近、彼女は何かと理由をつけては店を訪れている。
(……もしかして、俺に気があるのか?)
一瞬、そんな自惚れに近い考えが脳裏をよぎるが、リエイはすぐにそれを打ち消した。今の自分は、酒臭い男から預かった命懸けの依頼に手こずっている、ただの修理師だ。
「……ああ、ノエルさん。構わないよ。ちょうど行き詰まっていたところだ」
リエイは彼女を招き入れ、持ってきたクッキーを一枚口に運んだ。
「あの、リエイさん。その本……なんだか、すごく悲しそうな音がします。こないだ直していただいた私の鈴も、最初はそんな風に、自分の中で音が迷子になっているような感じでした」
ノエルは、リエイが以前直した魔法の鈴を指先で軽く揺らした。
チリン、と澄んだ音色が、重苦しい空気に満ちた作業場を震わせる。
「音が迷子?」
「はい。鈴の中に響きが閉じ込められて、どこから外に出ればいいか分からなくなっているような……。でも、リエイさんが『出口』を作ってくれたから、今は迷わずに響いてくれるんです」
彼女の何気ない言葉が、リエイの脳内で火花を散らした。
(出口……。そうか、俺は同期を『合わせよう』としていた。だが、この本は多層構造だ。過去の記憶と現在の再生が、一つの出口を奪い合っているんだ!)
閃きが奔流となってリエイの五感を支配する。
その瞬間、彼の視界が急速に色づいた。精密鑑定のさらに先、対象物の「時間の流れ」と「魔力の指向性」を完全に同調させる未知の領域。
新たなスキル、時層同調の覚醒だった。
「……分かった。ありがとう、ノエルさん。君のおかげで道が見えたよ」
リエイは彼女に向かって、自分でも驚くほど晴れやかな笑みを向けた。
ノエルは「えへへ、お役に立てたなら嬉しいです」と、少し照れたように頬を染めて、名残惜しそうに店を後にした。
リエイは再び作業台に向かい、極微魔力修復針を握り直す。
今なら見える。ページと声がバラバラに散らばった迷宮の出口が。
覚醒した感覚を指先に集約し、リエイは本の中に眠る「迷子になった声」たちを、あるべき場所へと導き始めた。




