表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
修理師リエイのほのぼのクラフト生活  作者: 弌黑流人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/21

repair.11 『文字が消えゆく叙事詩』

天球儀が再び星の潮流を刻み始めた翌日の朝。

リエイは作業を開始する前に、馴染みの食材卸の業者から今朝早くに届いたばかりのリンゴを手に取った。小ぶりだが皮に張りのある見事な赤だ。


「……いいリンゴだ。朝食にありがたく使わせてもらおう」


リエイはそのリンゴを丁寧にソテーし、カリカリのベーコンとともにパンに挟んだ。甘じょっぱい組み合わせが、これから始まる難業に向けて頭をスッキリさせてくれる。熱いコーヒーで流し込み、リエイは居住スペースから作業場へと戻った。


作業台に置かれたのは、一冊の分厚い書物。特定の家系に伝わり、代々の冒険譚が自動で綴られる魔法の書『真実の叙事詩エピック』だ。しかし、最新の数ページは文字が掠れ、まるで記憶が薄れるように白紙へ戻ろうとしていた。


「物理的な劣化じゃないな。代々受け継がれてきた想いの経路が、どこかで滞っているんだ」


リエイは、極微魔力修復針と魔力糸を作業台に並べた。

使い込まれ始めたミスリル製の道具たちは、静かな光を放ちながら主の指先を待っている。


彼は本の表紙にそっと手を触れ、構造解析を開始した。

本の背表紙から各ページへと広がる魔力の供給路は、まるで毛細血管のように細く、複雑だ。リエイの精密な鑑定眼は、その奥深く、数百年前の記述と現在の記述が交差する結節点に、黒く澱んだ「魔力の目詰まり」を発見した。


「……ここか。積み重なった歴史の重みに、回路が耐えきれなくなったんだな」


リエイは定着式極小糸巻きから、光に透けるほど細い魔力糸を引き出した。

針の先で、その黒い澱みを慎重に、そして根気強く突いて解していく。強引に行えば、これまでの歴史ごと本が崩壊しかねない。かつてアナリストとして迷宮の構造を解き明かした時のように、リエイは慎重に正解の道筋を探り当てていった。


数時間の格闘の末、詰まっていた魔力が、堰を切ったように本全体へと流れ出した。

白紙だったページに、羽ペンで書いたような美しい文字が次々と浮かび上がってくる。それは、現世代の冒険者たちが今まさに迷宮で刻んでいる、生きた証だった。


「よし。これでこの物語は、次の世代へ無事に繋がる」


リエイは満足げに本を閉じると、大きく背伸びをした。

黄金鳥、天球儀、そしてこの叙事詩。三つの難題を、新調した道具たちと共に救い出すことができた。

窓の外を見れば、夕闇が街を静かに包み込もうとしている。


馴染みの若手戦士たちが「ただいま戻りました!」と賑やかに店の前を通り過ぎるのを見送りながら、リエイはゆっくりと店仕舞いの準備を始めた。


「さて、今日の夕飯は何にしようか。……今朝のリンゴ、まだ半分残っていたな。今度は焼きリンゴにして、温かい紅茶と一緒に楽しむとしよう」


黄金の指先を持つ修理師の、穏やかで誇り高い一日は、こうして静かに幕を閉じていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ