repair.100 『絶望の残響と再誕の鼓動』
岩山ダンジョンの最深部に、不気味なほどの静寂が戻った。扉は固く閉ざされ、そこには新たな守護者として覚醒したシエルの姿と、気を失ったノエル、ニーリル、カドモンたちの姿しかなかった。
リエイが立っていた場所には、ただ一つ、使い込まれた魔導レンチだけが、主を失ったことを示すように転がっている。地上では、迷宮から噴き出した未曾有の魔力暴発により、都市の建物の半数が損壊し、空には消えることのない、禍々しくも美しい魔術的なオーロラが刻まれていた。
「……リエイ、さん。……リエイさん」
ようやく目を覚ましたノエルが、震える声で周囲を見渡す。だが、どれほど瞳を凝らしても、愛用していた眼鏡の持ち主の姿はない。アルス・マグナは、地面に落ちたレンチを光の腕で拾い上げ、かつてないほど沈痛な面持ちで深淵を見つめていた。
『……馬鹿者が。己を「充填剤」にして、迷宮の傷を塞ぎおったか。稀代の職人かと思えば、これ以上ないほど不器用な男よ。我という伝説を目の前にして、先に逝くなど許されるはずもなかろうに』
その時、シエルの琥珀色の瞳から、一筋の光の雫がこぼれ落ちた。それは感情を持たないはずの自動人形が流した、初めての「涙」。
その一滴が、迷宮の底に沈んだ、消えかけたリエイの因果を繋ぎ止めるための、唯一の道標となった。迷宮の奥底で、リエイの魔力とダンジョンの心臓が、激しく、そして深く共鳴し続けている。
国を滅ぼしかねない暴発の果てに、リエイは人間としての形を失い、迷宮そのものと完全に同化した。それは「門番」という役割を超え、この空間の理そのものとなった再誕の瞬間でもあった。シエルはその共鳴を感じ取り、静かに呟く。
「……聞こえますか、リエイ様。貴方の心音は、まだ、ここで響いています。迷宮の脈動となって、私の核と重なっています。私が、この音を……決して絶やしたりはしません」
シエルの祈りに応えるように、迷宮全体が微かに、だが力強く震えた。それは、誰にも直せなかった「世界の故障」を修理した男が、新しい命として産声を上げた瞬間でもあった。修理師リエイの物語は、ここで終わったわけではない。むしろ、人としての制約を脱ぎ捨てた、真の修復が始まろうとしていた。
その直後、リエイを飲み込み続けていた極限の輝きが、さらなる爆発的な膨張を見せた。
もはや視覚で捉えることさえ不可能な激しい光の放出が、瞬く間に、地下から地上、そして空の果てまで、世界全体を覆い尽くし、すべてを無に返した。




