repair.10 『時を刻むのをやめた天球儀』
黄金鳥の歌声がまだ耳に残る翌日。リエイの作業台には、一抱えほどもある重厚な遺物が鎮座していた。深層で発見された古代の遺物、『星読みの天球儀』だ。
この天球儀は、星の動きと連動して迷宮内の魔力の潮流を予報する伝説的な道具。しかし、今はどの円環も固まったように動かず、鈍い銀色に沈んでいる。
「……歯車の噛み合わせじゃない。星の瞬きを読み取る『瞳』が、魔力の塵で曇っているんだな」
リエイは一昨日に完成させたばかりの極微魔力修復針を手に取った。
天球儀の心臓部。そこには髪の毛よりも細い隙間に、無数の魔力回路が積層されている。リエイはその一つひとつを精密鑑定でスキャンし、同期がズレている箇所を特定していく。
針の先で、ミクロン単位の「魔力の塵」を弾き飛ばす。それは、気の遠くなるような微細作業の連続だった。針先に宿した自身の魔力が、塵を吸着し、回路を浄化していく。かつてアナリストとして膨大なデータを処理していた頃の集中力が、今は一筋の針先に集約されていた。
数時間の沈黙の後、リエイは一度針を置き、深く息を吐いた。
少し疲れた目を休めるため、彼は棚から昨日作った「塩蜂蜜」の残りと、少しのブランデーを取り出した。それをお湯で割り、ゆっくりと喉を潤す。芳醇な香りと塩気が、張り詰めていた神経を穏やかに解きほぐしていく。
「さて……瞳の曇りを取り払うか」
リエイは再び天球儀に向き合った。
新調した魔力糸を定着式極小糸巻きから引き出し、天球儀の観測レンズと制御核を繋ぎ直す。自身の魔力を媒介にして、天球儀に「今の星の配置」を教え込むように、一本ずつ慎重に。
カチ、と小気味よい音が響いた。
それを合図に、固まっていた幾重もの円環が滑らかに回転を始めた。内部に閉じ込められていた光が溢れ出し、作業場の天井に迷宮の魔力潮流を示す「星図」が鮮やかに投影される。
「……ふむ。明日の潮流は南西に寄るか。これは冒険者たちに教えてやったほうがよさそうだな」
リエイは投影された星々を眺めながら、自分だけの秘密の予報を日誌に書き留めた。
静かな夜、再び動き出した星の輝き。修理師の日常は、こうした小さな充足の積み重ねでできている。




