リンカー
父上への「説得」から数日後。
俺の家には、当然のようにリシアが居座っていた。
「……リシア。親父に魔道具作りを公認されたのはいいが、なぜまた俺の家を実験場にしてるんだ。実家の立派なラボがあるだろ」
「兄様、それは非効率な質問ね。実家は父様の監視があるけれど、ここは自由のフロンティアなんですもの。……さあ、ついに完成したわ! 人類の情報伝達を根底から覆す、究極の効率化デバイスが!」
「あ!? おい!」
リシアが俺の腕に無理やり装着してきたのは、銀色の美しいブレスレットだった。
側面に蒼い魔石が埋め込まれており、どこか洗練された輝きを放っている。
「名付けて、『リンカー』よ! これさえあれば、あんな非効率な手紙という文化を、歴史のゴミ箱へシュートできるわ!」
「……手紙をゴミ箱に、だと?」
「ええ。このブレスレットに念じるだけで文字が送られ、相手のブレスレットに直接浮かび上がるの。わざわざペンを持って、便箋を用意して、数日待つ必要なんて一切なし。まさにコミュニケーションの革命よ!」
俺は腕に浮かび上がった【ニーサマ、メシ】という文字を見て、確かにこれは便利だと感心しかけた。
……が、忘れることなかれ。
これはリシアの魔道具だ。
タダで便利な思いをさせてくれるはずがない。
「……リシア、これ、文字が消えかけてるんだが」
「ああ、それね。魔力消費を最小限に抑えるために、メモリの保持時間を極限まで最適化したの。ちなみに、保持時間は30秒よ!」
「短すぎだろ!? 今、続きを読もうとしたら消えたぞ!」
「だからこそ、相手からの通知を見逃さないために、30秒おきに手元を確認し続ける必要があるのよ。常にリンカーを気にかけ、常に最新の情報を摂取する……。なんて密度の高い、有意義な人生になるのかしら!」
「それはもう効率悪いだろうが!!」
リシアはすでに自分の『リンカー』を30秒おきにチラチラと確認し、虚空に向かって高速で文字をフリック入力している。
その姿は、もはや会話を楽しんでいるというより、30秒ごとに襲いくるタスクを処理するマシンのようだ。
「ん?」
俺の腕が光る。
【ツギノ/シサクハ/ドコデモ/ネコ】
「……『どこでも猫』? おい、これどういう意味だ?」
質問しようと口を開いたが、リシアはすでに次の文字を入力することに必死で、俺の声など耳に入っていない。
「あん?」
またも俺の腕輪が光った。
【シツモンハ/リンカーデ/オネガイ】
「目の前にいるんだから普通に喋れよ!!」
「もう! 何で使わないの、兄様! リンカーで文通やってくれないと実験にならないでしょ!」
「今やると気まずいだろうが!」
俺の家に再びうるさい奴が戻ってきた事を、改めて実感した。
30秒ごとに腕を光らせ、妹からの無機質な文字情報に振り回される、とても非効率で、騒がしい日常。
俺は、かつて自分がリシアに送った、あの拙い手紙を思い出す。
あれを書き上げるのに、俺は一晩悩んだ。
リシアがそれを読むのにも、きっと時間がかかったはずだ。
あの「大切な時間」が、それを省略しようとしている今の俺たちに繋がっているというのは、何だか不思議な気分だ。
「また光った。何なんだよ、もう」
【オニイサン/アリガトウ/タスカッタ】
「……ああ、わかってるよ」
俺はため息をつきながら、30秒以内に返信を打つべく、不慣れな手つきで銀色のブレスレットを操作し始めた。
―――妹よ。
お前のおかげで、俺の人生は最高に「大変」で「楽しい」よ。
俺たち『兄妹』は、今日も今日とて、くだらない会話で笑い合っている。




