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ウルサクネックレス


「……いい加減にしろ、ルディン! 貴様、どの面下げて我が家に足を踏み入れた!」


爆音と共に扉が蹴り開けられ、父が噴火する火山のような勢いで乱入してきた。

顔を真っ赤にし、血管を浮き上がらせて怒鳴り散らすその姿は、まさに感情の爆発そのものだ。

こんな相手に話し合いなど出来るのだろうか?


「リシアもだ! この愚か者の甘言に惑わされるなと言ったはずなのに! そんなガラクタを握りしめて……っ」


父上がリシアの手にあるネックレスを奪い取ろうと手を伸ばした、その刹那だった。


「――お父様。その声量は、部屋の広さに対して過剰ですわ」


「な、なんだと……?」


「感情に任せた言葉は、伝達効率を悪くするノイズに過ぎません。……ですから」


リシアが電光石火の早業で父上の懐に潜り込むと、「駆動……」と小さな声で呟く。

その瞬間、ギギギと硬質な音が響く。


「なっ、リシア、何を……っ、…………ぁ、…………」


父上の言葉が、急激に熱を失う。

蒼い魔石が鈍く光り、彼の首元には『イタクネックレス』が装着されている。


「な、何だこれは……。顎の力が……入らん。……顔が、粘土みたいに、重い……」


「おめでとうございます、父様。それはたった今、『ウルサクネックレス』へと改名されました」


リシアはわざとらしい笑みを浮かべたまま、淡々と説明を続ける。


「首筋の痛覚と神経を適度にマヒさせることで、怒りによる表情の歪みを物理的に抑制し、感情的な発声を強制的にシャットアウトする―――いわばコミュニケーション最適化ツールですわ。……さぁ、これでようやくまともな会議ができますね」


俺は、隣で棒立ちになっている父親をまじまじと見た。

つい数秒前まで鬼の形相だった男が、ネックレスのせいで、仏像のように穏やかで、かつ生気のない無機質な表情で固まっている。

こんな顔で怒鳴るなど、確かに出来る気がしない。


「……お前、本当に恐ろしいものを作ったな」


「兄様。効率を妨げる最大の障害は、いつだって『感情』なんですよ」


リシアが冷徹な瞳で合図を送ってくる。

今だ、と言わんばかりに。

俺は咳払いを一つして、人生で初めて、落ち着いた状態の父親と向き合った。


「……親父。いや、男爵閣下。リシアのこの才能を見て、まだゴミ溜めだなんて言うのか?」


「……確かに、この魔道具……強制的に冷静さを強いる技術力は、認めざるを、得ないだろうな」


「やべぇな、これ」


あまりの落ち着いた声に、思わず感想が漏れた。

今さっきまで怒鳴り散らしていた男が、借りてきた猫みたいに消極的な声をしている。


「……だが、淑女が、持つべき技術では、ない……。貴族令嬢が、こんな事をしていたら、きっと……酷い目に」


「いいや、違うぜ。この技術は、きっとリシアを守ってくれるはずだ」


「……なに?」


「親父、あんたの会社は今、成熟期に入って停滞してるだろ? でもリシアなら、その状況を打開できる! 貴族のマナーや伝統を効率良くする商品で、新しいニーズを生み出せるかもしれねぇんだ」


「そ、そんなもの、」


「流行るものか」と言わせる前に、俺はテーブルを叩き、身を乗り出す。


「流行らせて見せろよ、父親だろ!」


「……!」


娘が一生懸命考えたもの。

新しい可能性。

それを実の父親が認めてあげなくて、誰が認めるんだ。

ただの親じゃない。

魔道具事業の経営者なのだから、娘の示したアイデアを真剣に考えないなどありえない。


「リシアをただの『跡継ぎ』という人形にするのは、シアフィン家にとって最大の損失だ。開発の自由を与えろ。コイツが作る魔道具を、あんたの会社で製品化すれば、シアフィン家は社交界のトレンドを支配するトップ企業になれる!」


「……しかし、娘の世間体は……どうなる?」


「そんなもん、リシアにとっては誤差だ! 妹は、親父が思うほどやわじゃねぇ!」


「っ……」


「現に今、あんたを黙らせてるのはリシアの魔道具じゃないか! 妹がシアフィン家の跡を継げば、周りの声くらい自分でねじ伏せる。自分の娘を、もっと信じてやりやがれ!」


父上は、しばらくの間、マヒした顔で俺とリシアを交互に見つめていた。

やがて、彼は重い口調で、だが以前のような棘のない声で言った。

「…………リシア。……このネックレスの『出力』を少し下げなさい。……もう、怒鳴りはしない」


リシアが、ほんの少しだけ目を見開く。

父親の言葉に対する動揺を、貴族モードの彼女でも隠せなかったという事だ。

俺も正直、こんな素直な親父は初めて見た。


「畏まりました、お父様。……もう、ウルサクネックレスを止めますわ」


俺は、静まり返った豪華な応接室で、ようやく肩の力を抜く。

どうやら、俺の妹は「不憫な犠牲者」なんかにならなかったらしい。

自分の人生さえも最適化してみせる。

それでこそ、世界で一番厄介で最高に面白い、俺の妹だ。


「……認めよう」


その日、リシアは許された。

自身の好きなこと―――魔道具作りを続ける事を。

跡継ぎとしてじゃなく、貴族としてでもない。

彼女の自由が、認められたのだった。

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