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コスメ銃・改


数年ぶりに訪れた男爵家は、俺が家出した頃の面影など微塵もない、冷徹なまでに立派な屋敷へと変貌していた。

父上が心血を注いできた事業の成功が、そのまま屋根の高さと装飾の過剰さに現れている。


「……趣味悪ぃ。リシアなら非効率って言いそうな家だ」


俺は首元の『イタクネックレス』に指をかけ、重厚な扉を叩く。

出てきた使用人に、不審者を見るような目を向けられながらも「ルディンだ。リシアに、……令嬢に面会を」と告げた。

しばらく待たされた後、俺は以前の家より何倍も広い、だが息の詰まるような応接室へと通され、

―――そこのソファに、リシアは座っていた。


「……兄様。本当にお見えになるなんて、如何なされたのですか?」


立ち上がりもせず、深窓の令嬢として完璧な姿勢で座るリシア。

だが、その顔には、俺の家を占領して笑っていたあの無邪気な笑顔は欠片もない。

貼り付けられたような、薄く冷たい微笑。

それはイタクネックレスで無理やり固定した表情よりも、ずっと不気味で寂しいものだった。

俺は真っ直ぐに彼女を見据え、単刀直入に切り出す。


「リシア。……この家から、逃げ出したいか?」


「え……?」


まさか出会い頭にこんな事を聞かれるとは思わなかったのだろう、彼女の目は見開いた。

数刻の沈黙。

けれど、リシアは静かに、だが迷いなく首を振る。


「そんなことは、思いません。わたくしはこの家の跡継ぎですもの」


「じゃあ、……もう魔道具作りは、できなくてもいいのか?」


その問いに、リシアの指先がピクリと跳ねる。


「…………」


再びの静寂。

まるでここにオトスウプ皿でも置かれたかのよう。

彼女は俯き、長い沈黙のあと、やはり首を横に振った。


「やりたい……けど」


「けど……、なんだ?」


「許されるわけ、ありませんわ。そんな時間、もうありませんもの」


「なら、俺が親父を説得してやる。貴族の嗜みとして、魔道具作りを認めさせてやるよ」


「っ!? 父様を納得させるのですか?」


「そうだ。お前のあの『企画開発力』は、会社の利益にもなる。親父だって、メリットがあれば――」


「……無理です」


リシアが、俺の言葉を遮る。

その声は震えていた。


「お父様をこれ以上、困らせたくないのです。わたくしの勝手な趣味のせいで、お父様の顔に泥を塗るわけには参りません。魔道具作りなんて、淑女にふさわしくない……非効率で、無意味な遊びですから」


お父様が心配するから。迷惑をかけるから。貴族らしくないから。

リシアは、次々と「正しそうな理由」を並べていく。

自分を納得させるための、分厚い盾を積み上げるように。

それを見ているうちに、俺の腹の底から、熱いものがせり上がってきた。


「……リシア。お前、さっきから何を言ってんだ?」


「兄様?」


「お前がそんな風に理由を並べて、やりたいことを我慢し続けること。……それこそが、人生において一番『非効が悪い事』だってことに、気づかないのかよ?」


リシアが目を見開く。

俺は一歩、彼女に歩み寄った。


「いいか。お前が持つその情熱や技術は、この世界で唯一無二の資産だ。それを『誰かのため』なんていう曖昧な理由で腐らせるのは、愚の骨頂。無駄の極みだ。あのクソ親父を心配させないために自分を殺す? そんなことをしても、お前がいつか壊れたら、それこそ親父にとって最大の損失になるんだぞ」


「それは……でも……っ」


「理由をつけるな。お前の十八番だろ、リシア。最短距離で、最高の結果を出すのが『効率的』じゃないのか? お前の心が死んでいる状態で、いい跡継ぎになんてなれるわけがねぇ」


俺は、懐から取り出した『イタクネックレス』を、リシアのテーブルの上へと放り出す。


「痛みを消す必要なんてない。不満があるなら叫べ、作りたいなら作れ。……お前の『独善』を見せてみろ。俺は、一人の技術屋として、お前の兄貴として、あのヘンテコな魔道具の新作が見たいんだよ!」


その時、彼女の瞳がキラッと光った気がした。


「痛みを……消さなくて、いい……」


「ああ」


「不満が、あっても、いい」


「ああ!」


「つまり、コスメ銃は痛いままでいい!」


「ああ?」


あれ? 話、変わった?


「そっか……。そっかぁ!」


リシアの瞳に、ようやく「熱」が宿る。

それは、社交界の令嬢らしくない、あの不敵な発明家の輝きだった。

これでこそ我が妹。

ようやく調子を戻した事に安堵する、と同時にちょっと冷や汗が出た。

俺の選択……間違ってないよな?


「兄様!」


「お、おう」


「……兄様の理屈は、いつも無茶苦茶ね」


「ま、まぁ俺は、独善の塊らしいからな」


あと無茶苦茶具合ならお前に負けてるよ、と内心付け加える。

リシアは震える手で、テーブルの上のネックレスを握り締めた。

その時、応接室の扉が、激しい音を立てて開く。

そこに立っていたのは、顔を真っ赤にして憤慨する、俺たちの父親だ。


「何をしに来た!? ルディン!」


「よう、クソ親父。6年ぶりに、親孝行しに来たぜ」

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