エターナ・デュアル
「ルディン社長、風邪ですか? それとも、昨日の蛮族メイクが肌に合わなかったとか?」
「……いや、体調は万全だぞ、テオル。顔色が悪いのは……心の問題だ」
俺が立ち上げた武器製造会社『ルディン・ワークス』の工房。
魔導炉の唸る音と火花の匂いに包まれても、俺の胸に居座るモヤモヤは一向に晴れなかった。
作業台に向かう俺の首元に、女性社員のミーナが興味津々で顔を寄せてくる。
「あれ? 綺麗なネックレスですね〜! 社長、ついに意中の相手でも?」
「ああ、これは……『イタクネックレス』というらしい。駆動させると顔面の神経をバグらせて、痛覚を抹消する魔道具だ」
「ひえっ!? なんでそんな、拷問官の趣味みたいな代物つけてるんですか!?」
「妹からの……プレゼント、のようなものでな」
それをきっかけに、工房内はアクセサリー談義で盛り上がり始めた。
「見た目が大事だ」「いや、使い勝手だ」と、魔道武装を鍛造する手を動かしながら、賑やかな声が響く。
俺はハンマーを置き、ふと漏らすように聞いた。
「なぁ。もしお前たちの家族が、親からやりたくもない事を強要されてたら、どうする?」
「私なら何もしませんね。弟がいますけど、人生は自己責任。甘やかすつもりはないんで〜」
ミーナはあっさりと答える。
隣で魔石を磨いていた若手のテオルが、少し考えて口を開いた。
「僕は、裏方に回る気がします。愚痴に付き合ったり、悩みを聞いたり。逃げ道を作ってあげるのが、助けになるかなって」
それぞれ違う考え方だ。
どれが正解とも、間違いとも言えない。
当然、俺の考えも違っていた。
「……説得して、無理やり辞めさせるってのはどうだ?」
「それは一番ダメですよ、社長」
「え!?」
ミーナが真顔で釘を刺す。
「それ、ありがた迷惑の典型じゃないですか〜? やりたくないこと=悪いこと、とは限りませんし。自分の行動は、自分で決めてこそですよ」
「…………」
ぐうの音も出ない。彼女の言う通りだ。
リシアはリシアなりに覚悟を持って実家へ戻った。
その覚悟を、俺の勝手な善意で踏みにじっていいはずがない。
わかっている。
わかっているのだが。
―――納得がいかないんだ。
「ならミーナさん、僕は反論してもいいですか?」
テオルが俺にチラと視線を寄越すと、呆れたようにフッと笑う。
「なんだよ? テオル」
「『自分の行動は自分で決める』のが大事なら、『社長が妹を連れ戻す』という行動も、社長の自由じゃないですか?」
「……っ」
するとミーナは「テオルくん、それは独善的よ〜?」と眉をひそめる。
「相手のためになるかなんて、相手にしかわからないんだから」
「それでもいい、と僕は思います。だって、望まれた時しか助けられないなら、そこに『意志』なんてないじゃないですか。……社長、いつも言ってますよね。『ビジネスの価値は、意思の創造だ』って。何が必要とされるか、何を大事にさせるか。それって、独善的な人間じゃないとできないですよ」
テオルが、真っ直ぐに俺を見た。
「ルディン社長って、元から独善の塊みたいな人じゃないですか」
「…………」
俺ってそんな風に見られてたのか。
確かにテオル含め、従業員にはだいぶ無理も行ってきたけど……。
「……はは」
でも。
その通りだ。
俺は、確かにそんな人間だった。
「確かに……そうだな。俺って、そういう奴だったわ」
目が覚めたような気がする。
こんなことで悩むなんて俺らしくない。
6年前に親父の家を飛び出して、自分の腕一本で会社を作った俺が、今更「正しさ」なんて気にしてどうする。
リシアにとって良くない結果になるかもしれない?
だったら、リシアも俺も、納得できる落とし所を見つけるまで足掻けば良いだけじゃないか。
理屈じゃない。
俺が「どうしたいか」、それだけの話だった。
「ありがとう。……なんか、スッキリしたわ」
「それは良かったです。じゃあスッキリしたついでに、山積みの受注表も見てもらえます?」
テオルが意地悪く笑いながら、分厚い書類を差し出してきた。
「今回作るのは、貴族の護衛が使う『双剣』だそうです。うちでは初めての鍛造になりますからね……。社長、名前はどうします?」
名前、か。
適当でも良いが、顧客満足度の為にも納得感のあるものにしなければ。
と、その時ミーナが「ハイハーイ」と手を挙げた。
「思いつきましたよ! 『エターナ・デュアル』なんてどうですか?」
「……どういう意味だ?」
「古い言葉で、『二人はずっと一緒』って意味です。バラバラに動いても、本質は一つ。そういう双剣、素敵じゃないですか〜?」
「エターナ・デュアル、か……。悪くないな」
俺はイタクネックレスを指で弾き、火の入った魔導炉に向き直った。
「よし、みんな、仕事だ! 独善も自己満足も上等。最高の双剣を作ってやろうぜ!」
バラバラになってしまっても、収まるところは一緒がいい。
それが兄妹ってもんだろ、リシア。




