『記憶の回廊第4章 幸を求め 【4】社長に未来を託す
人生の節目には、過去と未来を結ぶ大切な対話があります。
颯太は故郷での体験を胸に、柳社長へ自らの思いを語り、信頼と励ましを受け取りました。
また、結婚という新たな門出を決意し、その背後で支えてくれる人々の存在に心を動かされます。
仕事と家庭、そして未来への希望が交差する場面です。
『記憶の回廊』第4章 幸を求め 【4】社長に未来を託す
留萌での日々を終え、颯太と恵子は東京に戻った。
父の「年に一度会いに来てくれれば十分だ」という言葉、母の「娘ができて嬉しい」という笑顔――胸の奥に温かな余韻が残っていた。
数日後、颯太は社長室に柳社長を訪れた。
「失礼します」
「おう、鈴木君、留萌はどうだった?」
社長は机から顔を上げ、穏やかな視線を向けてきた。
「はい。恵子も父母に会えて嬉しそうでした」
「営業所には旧友が勤務していました」
「街の現状は思っていた以上に厳しく思いました。人口は減り、新しい事業の芽も見つからず……正直、胸が痛みました」
「そうか。地方はどこも似たような課題を抱えている。で、お前はどう感じた?」
社長の問いに、颯太は一呼吸置いて答えた。
「故郷を見捨てたくはありません。ただ、今の自分には大きな力はないと分かりました」
「だからこそ、自分の力をつけて、いずれは会社の仕事を通じて故郷に関わりたい。そう考えるようになりました」
「北海道は未開発の地域もあり、工夫しだいで新しい事業の可能性があるのではと思いました」
「友人も在社しています、きっと力になってくれると感じました」
「ご両親との生活については、相談はしたのか?」
「同居については、『それが目的で颯太を養子にしたのではない。颯太の向学心に期待した、前に進む姿を見ていたい』と言って受け付けませんでした」
柳社長はゆっくりとうなずき、椅子に背をあずけた。
「うん、素晴らしいご両親だ、それを無にするなよ」
「営業所についても、そういう思いを持つこと自体が貴重だ。いずれ必ず活きてくる」
「ありがとうございます、これからもよろしくお願いします」
颯太は少し安堵したように息を吐いた。
「それと……私事ですが、結婚式を考えています。彼女と共に歩む人生を大切にしながら、仕事にも誠実でありたいと思います」
「そうか。それはめでたいな。家庭を持つことは、仕事を続けるうえで大きな力になる。安心して励めばいい」
柳社長の言葉は、父からの励ましと重なって聞こえた。
颯太は深く頭を下げ、胸に小さな決意を刻んだ。
翌日、颯太は桑崎教授を訪ね、特許の最終確認をした。
「これで今回の書類は完成されました」
「一安心ですね」
教授は微笑んでから、ふと尋ねた。
「そう言えば、鈴木さんは留萌に行かれてどうでした?」
颯太は父からの提案や、社長に報告した内容を詳しく話した。
「その折に、結婚式を挙げたいとお伝えしました」
「二人には親族も少なく、招く人も居ません。ですから軽井沢の教会で、ひっそり挙げたいと思っています」
「社長に話したのですか?」
「この件は、まだお話していません」
「それは少し寂しいですね。せめて私と柳社長ご夫妻にお願いしたらどうですか」
「私からは言えません」
「任せてください」
教授の温かな言葉に、颯太は胸の奥が熱くなるのを感じた。
この回では、颯太が「自分の人生をどう築くか」を考え始める姿を描きました。
社長との対話は彼の道を照らす羅針盤となり、教授の思いやりは、孤独になりかけた心を温かく包みます。
結婚式を控え、颯太と恵子の歩みは確かな形となり、物語は次の大きな転機へと向かいます。