仲良し婚約者に転生体として入ってしまったお邪魔虫ですが、この気持ちをどうしたら良いですか?
久しぶりのシリーズ物続編です。賛否両論あると思うのですが、お手柔らかにお願いします。
輪廻転生が神聖視されているこの国に、運悪く、中途半端に転生してしまった私、水瀬鈴。
私はリリン・バードン伯爵令嬢の身体に、彼女の記憶を持ったまま、転生してしまったようなのだ。そして彼女には仲睦まじい婚約者が居る。他の誰に気付かれなくても、彼を騙しきれるとは思えない。私は素直に彼に白状する事にした。
「昨日からリリンさんの身体に転生してしまった水瀬鈴と申します。ごめんなさい」
案の定、ヒューバード・エリスベルト侯爵令息は顔を真っ青にした。
この国は輪廻転生した者を王族の伴侶として保護する習慣があるのだ。
昨日まで仲睦まじく過ごしていた婚約者が転生体になったと知ればそれは絶望するだろう。
「あの、ミナセさん、と仰いましたか。今リリンはどう言う状態に?」
あら意外と頑張る。高ポイントです。どう言う状態、か…。
「リリンとしての記憶は私にもあります。貴方を好きな気持ちも、あります。ただ、水瀬鈴としての性格やら記憶やらも混ざってしまったと言いますか…」
「ミナセさんに失礼を承知でお聞きします。リリンだけを返していただく事は」
「現状難しいと思います。水瀬鈴には戻る身体がありません。リリンと無理に切り離そうとすれば、リリンにも相当なダメージがあると思います」
言わば二人は今上手く編まれた組紐みたいな状態だと思う。丁寧に解けば解けない事も無いのかも知れないが、その紐は元の様に真っ直ぐにはならないだろう。
「そこでヒューバード様にお聞きします。今の私を愛する努力をする事をお望みになられますか?それとも、私を、王家に差し出す事を望みますか?」
ヒューバード様はまだ青い顔のまま口を開く。
「……既に気づいている者は?」
「今のところ居ません。貴方に一番にお話するのが筋だと思いましたから」
ヒューバード様の真剣なお顔を見ていると、なんだか無意識にかっこいいなぁと思ってしまう。リリンの影響だろうか?そんな場合じゃないんだよ、残念ながら。
「例え、王家に背く行為だとしても、私はリリンを諦める事は出来ません。今の貴女を愛する努力をし、秘密を守る事も、協力します」
「ありがとうございます、ヒューバード様!良かった、リリンとして過ごした記憶と想いがある以上、王家に嫁ぐのはとても辛かったので…でも本当にごめんなさい。貴方はリリンが良かったのに。こうして知らない人格を含む様になって嫌ですよね」
「…正直、まだミナセさんの人となりが分かりませんから、嫌と言うより、不安はあります。ですが貴女は正直に私に打ち明けて、選択権までくれた。信じない訳には、いかないですよ」
少し困った様に笑うヒューバード様に私も笑いかけた。
するとヒューバード様は、何処か不思議そうな顔をした後、顔をそっと背けた。
それには触れず、私は頭を下げた。
「どうか私の事はリリンと。水瀬鈴はもう居ない人間です、それに万が一誰かに聞かれては困った事になります」
「ありがとう、でも、リンと、そう呼んでもいいですか?私としては、貴女も、彼女の事も、きちんと考えていきたいので」
「…本当にリリンを愛しているのですね。この気持ちは、ちょっと複雑ですね。私にはそんな権利はないのに」
「権利?」
「嫉妬を、してしまいそうになります。困ったものですね」
好意が私にもあるのだ。それがリリンのものだとしても、私の気持ちでもある。厄介だなぁ、この先やっていけるのかな。
「……参ったな」
「ごめんなさい。言うべきじゃないことでした」
「いえ、そうではなくて。リリンはそう言った事は隠していたのか、言うタイプでは無かったので。その、軽薄だと思わないで欲しいのですが、可愛いと、思ってしまいました」
驚いて顔を上げると、ヒューバード様が頬を少し赤くして、私を見ていた。
「君を愛する努力をするよ、リン。そしてリリン、君を愛しているよ。どうか二人に見放される事がない事を祈るばかりだ」
そうして私は学園を途中で辞める事にした。何かボロが出て王家に連れて行かれるのをヒューバード様が心配したからだ。幸いにもエリスベルト侯爵家の皆様が快く迎えて下さったので、私は婚儀が済むまでエリスベルト家に住むことになった。
「リン、不便は無い?」
「ふふっ、毎日お聞きにならなくても大丈夫ですよ。皆様よくして下さいます」
「そう、良かった。今日も少し話をしても良い?」
「どちらの?」
「意地悪を言わないでくれ。今の君のだよ。リリンの事は今も愛しているけれど、毎日可愛い事を言われたら俺もそろそろ限界なんだ。薄情者と、彼女は怒るかな?」
私は胸の内に問いかける。薄情者だと思う?答えは、分からない、だ。私はリリンの記憶があっても、やはり鈴なのだから。
「ごめんなさい、わからないです」
「俺こそごめん。君にそんな顔をさせるつもりは無かった。ただ、君が花瓶に花を活けたり、帰って来たらおかえりなさいと出迎えてくれたり、そう言う些細かもしれない事がとても特別で」
「リリンは花を活けるのはメイドの仕事だから取ってはいけないって怒るでしょうね」
「そう。ちょっとお姉さんぶりたいところがあって。リンはよく笑うし、好きな物が分かりやすいよね。助かるんだ。君の笑顔を見るとホッとする。リリンとは違う笑顔なんだけど。だから最初見た時、ときめいてしまった自分がショックだった」
「…ヒューバード様は、悪くないですよ。突然入った私が悪くて」
「そんな事言わないで。俺はリンで良かったと思ってるよ。そのままで居てね」
「淑女の仮面はヒューバード様と一緒だと剥がれてしまうんです。気をつけます」
「うん、俺と二人の時だけにして。最近、王家がちょっと騒がしいみたいなんだ。ここ数十年転生体が現れてないから、探してるとか、そう言う話を聞いて不安になって」
そうだ。私が転生体と知られたら王家に嫁ぐ事になってしまうんだ。最初はヒューバード様に拒絶されたら、王家に行くしかないと思っていたけれど、今はもうそんな事は思えない。
「私も、もうヒューバード様と離れるのは嫌です」
「リン、その、嬉しいけど、そう言う顔で見つめられると俺も我慢が出来ないって言うか…」
「…そろそろ、我慢しなくても良くないですか?私のこと、まだ、駄目ですか?」
「…駄目なわけ、無いよ。あぁもう本当に、可愛いな」
その日、私とヒューバード様は初めてキスをした。
『ヒューバードは私の婚約者だったのに!』
その夜。私は初めて夢の中でリリンに話しかけられた。
彼女は泣いていた。私はごめんなさい、と繰り返した。
この身体は彼女のものだ。私は後から入った転生体だ。それは覆せない事実なのだから。
『貴女なんか王家に嫁いでしまえば良いのよ!』
憎しみの籠った眼差しに、私は泣く権利なんてないのに、涙が溢れるのを止められなかった。
「それは、ヒューバード様も、そう思っていると思うの?」
私の言葉にリリンは私を突き飛ばした。私の身体は闇に落ちていく。
踠いても踠いても、闇は私に纏わりつく。
『貴女なんか大っ嫌いよ!!私はリリンよ!リンじゃない!なんであんな眼で貴女が見て貰えるのよ!?私とは、違う。私の事、愛していると言ったのに!ヒューバードも酷い!』
目を覚ますと、私はリリンの身体のままだった。もしかしたら、リリンだけになって、私は消えているのではと思った。
怖い。でもそれをヒューバード様に告げるのは卑怯な事では無いか。
それにもしもヒューバード様に『リリンに身体を返してあげてくれ』と言われたら、私は正気でいられるだろうか。
「リン、顔色が悪い」
「…ごめんなさい」
「謝ってほしいんじゃないよ。君が心配なんだ。何かあった?」
私は言っていいものか、言ったらこの優しい関係が壊れてしまわないか。悩んで、そっと背中を摩ってくれる温もりに、告げる決意をした。
「夢で、リリンに言われたんです。ヒューバード様の婚約者は自分だと、私なんか王家に嫁いでしまえと」
ヒュッと息を呑む音がした。
「私、嫌われていた。リリンに。当たり前です。貴方達、愛し合っていたのに。私が急に転生してきたりしたから…」
突然ぎゅうっと横から抱き寄せられた。
「俺はね、もう努力していないんだ」
痛いくらいに抱きしめられた身体は、喜んでいる。酷い女だ。今もリリンはきっと怒っているのに。
「リン、君に恋をしているから。もう努力する必要は無くなった。君が悪いんじゃない。中途半端にリリンを愛していると言った俺が悪かった。今思えば、あの時間は恋ではなかったよ。仲良くはあったけれど、俺はリリンを姉の様に思っていたんだと思う。同じ年なのに。失礼だよね」
「ヒューバード様、やめて。良いんです。悪いのは私で」
泣くのは卑怯だ。リリンは泣いても、もう庇って貰えない。私だけこうして慰めて貰える。それが嬉しくて、罪悪感で、押しつぶされそうで。
「君は悪くないよ。いや、悪くても、いいんだ。リンが隣に居てくれるなら、俺もその罰を背負うよ。ごめんね、もう手放してあげられない。君に恋をしている。愛しているんだ、リン」
そんな泣きそうな顔で笑わないで。そんな顔貴方にさせたいんじゃない。
私は一生この罪悪感と付き合っていかなければいけないんだろう。
それでも、この人と一緒に居たいと思うのは、心からそう思うのは、無理矢理離れる事より、私にとっては正しいことで。
『ばっかねー。こんな良い女を袖にするなんて』
「リリン?」
目の前に透けたリリンが立っていた。
『諦めがついたから、私も何処かに転生するみたい』
「え!?そんな…リリン、私、貴女から奪ってばかりで」
『あぁ、そう言うのもう良いわ。悲劇のヒロインっぽくて嫌い。いいこと?私の身体をあげるんだからとびきり幸せになりなさい』
「リリン、すまない。俺は、君を…」
『全く最後まで手のかかる弟だこと!貴方は好きな女を守ってやりなさい!王家に横取りされたら承知しないわよ!?』
「!あぁ、分かった、必ず、守る!」
最後にリリンは綺麗に笑って手を振った。
『幸せに、なりなさい』
翌日からヒューバード様は張り切った。既婚者になれば易々と手を出せなくなるだろうと私達の婚儀を最短で行った。
幸せに、なりなさい。と、その言葉を胸に刻みながら生きている。
そして。
「だからぁ、わたしもてんせいたいでしょー?ゆくゆくはおうひさまかもー!」
「ミリーナちゃん、王妃って大変なのよ…?」
「でもさぁ、やっぱりおとーさまみかえしたいじゃない?このくにいちのしあわせものになってやりたいわけよー!」
「お口にクリームついてるわよ」
「ミリーナ本当に王家に申請するのか?」
「するわ!おきさききょーいくははやいうちからしたほうがいいにきまってるもの!」
まさか、リリンが我が子として転生してくるとは思いもしていなかった。
そしてこんな野心深いとは。
「おかーさまはミリーナのみかたよね?よしみがあるものね?」
直訳→転生仲間だとばらされたくなければ協力しろ
「……申請、してくるよ」
「私お嫁行くからさっさと弟なり妹なり作りなさいねー」
やけにその言葉だけサラッと聞こえたのは私の気のせいだろうか。
仲睦まじかった筈の二人は、今は親子となり、そして頭が上がらない。
ミリーナが王家に嫁いでからも、いつ私の事をバラされるんじゃないかと冷や冷やしながらヒューバード様は年老いていった。
こんなおばあちゃんお嫁に貰う王族なんてもう居ませんよ、と言うと泣きそうな顔でホッとしながら、時々来るミリーナからの手紙を読んでは絶望している。
因みにミリーナは野心通り王太子妃になってしまった。執念って凄い。
読んでくださってありがとうございました。
チョロいヒーローってなんて略すんですかね?一応彼も葛藤した結果なのであまり責めないで下さると助かります。あまりに評判悪かったら消します。