4.二人の後輩
三人で入ったのは、イタリアン居酒屋だった。
牛丼屋で十分だと思う鳴海が小洒落た雰囲気の店に免疫がついてきたのは、鳥越や三瓶がこういう店に詳しいからだ。
個室な上に、こちらの職業を理解してくれている店主のおかげで気兼ねなく話せる。
更に酒を頼まなくても豊富なメニューがありよい店だと思うが、二人と一緒でなければ縁のなかった店だっただろう。
乾杯してから、鳴海が三瓶に何を頼んでいるのかを説明すると、鳥越は整った顔が台無しになるくらい大声を上げて笑い出した。
普段、冷静で淡々と仕事をこなす鳥越のこういう顔を知っているのは、警察内では鳴海と三瓶くらいなものだ。
「すごく先輩らしいですね。僕の方でも何か手伝えることがあったら言ってください。なんて言っても、ロボ研仲間ですし」
「お、いいこと言うね、コッシー。我等ロボ研、一蓮托生」
ひとりだけ酒を飲んでいる三瓶が、機嫌よくワイングラスを掲げた。
「お前らみたいな後輩を持てて、嬉しいよ」
鳴海が何の計算もなく口にすると、後輩二人が顔を見合わせてから笑った。
「何言ってるんですか、僕たちがどれだけ先輩にお世話になっているか」
「そうですよ。試験対策から学食の裏メニュー、はたまた教授の扱い方まで、全部先輩が教えてくれたんですよ」
「そうだったっけ」
大学時代の話になるといつも後輩二人は饒舌になるが、鳴海はそれほど覚えていない。
ロボ研は楽しかったし、どんなロボットを製作していたかを思い出すのは簡単だが、二人のように細かなエピソードは言われてようやく少しだけ思い出すという程度だ。
「けど、三人で警察官になったとはいえ、まさか同じ首都警察本部に配属になるとは、驚きですよね。こういうのも、縁ですかね」
若干頬を朱に染め始めた三瓶が、しみじみと口にする。
「二人は同じAIにかかわる側で、しかもキャリアですけど、こっちに出向してくるなんて思ってもいませんでしたよ」
「エルダイト・アイは、まだ首都警察しか導入していないですしね。そろそろ、第四方面にも導入する予定みたいですが」
「ええ! そうなの?」
その話は鳴海も聞いているが三瓶は初耳だったようで、少し腰を浮かせて鳥越を覗き込んだ。
「まだ予定の話で、確定はしていないけどね。AIの移植テストは、そろそろうちの方で始まると思う」
「じゃあ、先輩とかコッシーの異動もあるってこと? そんなあ」
三瓶がふてくされたようにテーブルに伏した。
彼女の言う通り他の地方で導入が決まれば、ノウハウを知っている鳴海や鳥越がそちらに異動となる可能性は非常に高い。
ものぐさな鳴海としては引越しなど面倒なので極力避けたいところだが、辞令が出てしまえばそうも言っていられない。
「コッシーはともかく、先輩が行っちゃったら、誰が先輩の髪を強制的に切らせるっていうんですか? 誰が先輩の食事摂取の確認してくれるっていうんですか? 絶対先輩は外に出しちゃいけないんですよ」
「僕はともかくってなんだ」
「だって、コッシーは自分のこと結構AIに任せてるって言ってたじゃない。ご飯とか、洗濯とか。だったら別に心配ないでしょ。先輩なんてAIに任せろって言っても拒否するんだから」
このご時勢、家に備え付けられたAI搭載家電機器に家や人間の管理をして貰うことはそう珍しいことではない。
食材を予めセットしておけば献立を考え、調理も行い、洗濯や掃除も勝手にやってくれる。
心拍数や呼吸、体温などから体調管理するだけでなく、異常があった際に病院との連絡すらもしてくれる。
かかりつけ医との連携があれば、適宜投薬を促すことすら可能になっていると聞いたことがある。
鳥越は職業柄かこういったものを積極的に取り入れ、一人暮らしを快適に過ごしているのは鳴海も知っていた。
しかし、なら自分もどうかと問われるとどうしても受け入れられない部分がある。
日々エルダイト・アイに監視されているせいか、家でくらいはのんびり過ごしたいと無意識に思っているのかもしれない。
「確かに、先輩をAIに任せれば安心できるな。最低でも、バランスの取れた食事は出てくるようになるし」
「俺、そんな心配されるほどなのかな」
後輩二人からの評価に鳴海が思わず尋ねると、二人が驚いた顔をこちらに向けた。
「先輩、自分の生活力のなさ、自覚していないとか言わないでくださいよ? 何も言わなければヒゲだって何週間も剃らないじゃないですか。本部の女の子たち、先輩のビフォーアフターの差がありすぎて、アフターの時誰か分からなくて困惑しているんですよ。ビフォーの時は警察にいるのに、不審者だから職質した方がいいんじゃないかって、私言われたんですから」
「僕が誘うまで、二日間ほとんどまともに食事をしていなかったこと、忘れたとは言わせません」
二人の言う通り、自分は食事にも、身なりにも興味がない。
着る必要がなくても防刃仕様の首都警察制服を普段から着用しているのはスーツを選ぶ必要がないからだし、ひとりだったら昼食をとらないことなど日常茶飯事だ。
「そうか。お前たちがいつも食事に誘ってくるのは、そういうことだったのか」
「今更ですか? 先輩、本当に自分に対してはポンコツですよね。仕事できるし、面倒見もすごくいいのに」
「本当、仕事は完璧なのにな」
鳴海の呟きに、二人が呆れ顔を向けてくる。
特に三瓶は言い足りないのか、テーブルの向こうから身を乗り出して顔を近づけてきた。
「先輩、少しは仕事への情熱を自分の身なりに向けたらどうですか? 先輩のおかげで犯罪予測の制度が上がっているのは分かりますけど、さすがに酷いと思います」
「考えておくよ」
それほど酷いと言うのなら考える必要があると思うが、明日には忘れているだろうと考える自分もいる。
「先輩が身なりに気をつけるのはいいけど、犯罪予測の精度が下がるのだとしたら、それは考え物ですね」
「少しくらい良くない? 先輩ちょっと頑張りすぎだし。っていうか、そもそも犯罪予測自体、先輩いなきゃ成り立たないってのはどうなのよ、コッシー。もう少しAIの精度あげてよ」
三瓶に突かれて、鳥越が不服そうに眉を寄せた。
「色々やっている。だけど、どうしても先輩の精度に届かないんだから、仕方ないだろう」
「AIだって学習していくのに、何が違うのよ」
「それが分かったら、苦労なんてしない。むしろ先輩は一体、どうやって抽出しているんですか?」
真剣な目を鳥越に向けられ、鳴海は小さく唸った。
エルダイト・アイは、犯罪予測をするだけではない。
首都警察のあらゆるシステムや情報と連動し、情報収集や解析、そして指示まで出していく。
また、監視カメラとエルダイト・アイが同期しているのもあり、事件事故発生を警察が認識するまでの時間もかなり短縮された。
ひとたび事件事故が発生すれば人員やケイビ君を的確に配置し、組織がより円滑に機能するようにしているのだ。
犯罪予測はあくまでその円滑さの中の一部であるため、三瓶の言うようにエルダイト・アイの予測精度を上げるというのは簡単なことではない。
「どうやって……とりあえず外灯が少ない場所、これまでの犯罪発生率が高い場所、週末なんかは繁華街周辺とか、あとはなんか、勘かな」
「勘とか、そんな不確かなものに頼るって、どうなんですか」
「あれだけの的中率があるのだから、勘というより経験則と言うべきでしょうね。それは、今のAI技術ではまだたどり着けない部分でもあります。AGIに移行できたらいいのですが、現段階の技術ではまだ実用に不安があります」