3.三瓶比奈乃
「どうしても、直せないか?」
「直せないことはないですけど、もう互換部品もなくなってきてますし、性能が相当落ちることになります。なので、修理したところで装備課としては携帯を許可できないです。毎度無茶をする先輩の端末なら、余計です」
「そうか……」
「破棄する前に、データだけ抜き出せないかやってみますよ。記憶媒体が生きていれば、少しは復活できるかもしれません」
肩を落とす鳴海を気の毒に思ったのか、三瓶の口調は先ほどまでの責め立てるようなものから一変して、柔らかくなっていた。
三瓶の言葉に頷きそうになってから、鳴海はふと考えて頭を上げた。
「直せないことはない、か」
「いやいや、何考えてるんですか。先輩がラビちゃんを大事にしてきたのは知ってますけど、ダメですって。許可できないって言ったじゃないですか」
「装備課としては、だよな」
「私個人としても許可できないです。今回はラビちゃんの動作が間に合ったから、先輩は怪我しなかったんですよね? 修理しても動作が遅くなったら、どうなると思いますか? そんなの、許可できるわけないじゃないですか」
詰め寄ろうとする鳴海に、三瓶は強く、そしてどこか言い聞かせるような口調で返してくる。
じっと鳴海を見つめる彼女の大きな瞳には、その意思の強さが現れていた。
「大丈夫。新しい端末を申請するし、それを携帯もするよ」
鳴海が軽く笑ってみせると、一瞬だけ安心した様子の三瓶だったが、すぐにこちらの意図に気づいたようで呆れた表情になった。
「先輩、それってつまり、私に不正をしろって言ってますよね」
「全損で破棄する端末を再利用したいだけなんだけど、それって不正になる?」
「なりますよ、思いっきり。要は横領と同じですからね。破棄する際はバラせるだけバラして、二度と使用できないようにする、が鉄則です」
三瓶が人差し指を鳴海に突きつけた。
ラビが完全にバラされた状態を想像すると、胸が締め付けられる想いがする。
初めてラビを支給された日の感動は、今でも忘れられない。
ロボット研究会に所属していたものの、製作したロボットはあくまで研究会の物であって、鳴海個人の物ではなかった。
もちろん個人用に自作したロボットは数え切れないくらいあるが、個人ロボット用のAIを正常に起動させるために必要な機器や部品は高価で、一般人がおいそれと手を出せる物ではない。
初めての自分専用AI搭載ロボットに想い入れがあるのは、ずっと憧れていた者なら当然だ。
「バラしたあとは?」
あきらめきれずに鳴海が三瓶を見つめると、彼女はしばらく黙ったまま大きな瞳で見つめ返してきた。
しかし、数秒経ったところで、大きく息を吐く。
「バラしたあと、基本的に記録媒体は専用の機械により粉砕、それ以外は再利用することもあります」
言いながら三瓶はしまったというような顔をした。しかし耳に入ってしまったあとではもう遅い。
「じゃあ、記録内容を移してから処分して、他の部品は俺が再利用して再度組み立てるっていうのもできなくはないよな」
嬉々として身を乗り出す鳴海の提案に、三瓶は頭に手を当てて唸り出す。
「だから、それが不正利用や横領になるんですってば。部品であろうとも、すべて警察の所有物なんですから」
「できるだけこの見た目を保ったまま、ラビを復活させたいんだ。個人用として。もちろん警察関係の情報は全部消すつもりだし、もしもの時は俺が脅迫したとでも言ってもらっていい。破棄処分の書類を作成してくれれば、あとは全部俺の方でやるから、頼むよ」
唸り続ける三瓶の前で懇願するように頭を下げると、ひときわ大きなため息が頭上から降ってきた。
恐る恐る顔を上げた視界の先、腰に手を当ててこちらを睨みつける彼女の姿が見えた。
「先輩がラビちゃんを思う気持ちは、よく分かりました。それに、こういう時の先輩が何を言ってもしつこいのは、学生時代から嫌ってくらい知ってます」
「そ、そうだっけ」
「そうですよ。普段は冷めてるくせに、変なところで頑固で熱いんですから」
冷めているとか頑固などと言われても、鳴海にはよく分からなかった。
ただ、ロボットに関することだと熱くなりやすいのだけは、自分でも理解している。
情報工学を専門に学び仕事にしている鳴海だが、時おり三瓶のように工学に特化して整備をする側になればよかったと思うことがある。
そのせいか、休日には自宅で機械いじりをすることが多かった。
ここ数年はラビのメンテナンスに時間をかけてきたのもあり、ついつい熱くなってしまったが、冷静に考えれば後輩に不正をさせるなど酷い話だ。
あきらめる気はないが、安全な、三瓶を極力巻き込まない方法を考えるべきだと、鳴海は一度咳払いをした。
「なんか、色々迷惑かけてるみたいで、すまないな。今回の件も、ずいぶん勝手なことを言った。不正利用の件はもういいから、駄目もとで修理させてくれないか? もしかしたら、ある程度は使えるようになるかもしれないし、俺は別に性能を求めているわけじゃないから」
ラビがラビであることにこだわっているだけで、鳴海にとって性能は二の次だ。
自分よりずっと自立走行型支援用端末に詳しい三瓶の言葉を疑うわけではないが、一度試してから答えを出しても良いのではないだろうか。
そう考える鳴海の額を、三瓶が指で弾いてきた。
「先輩、人の話は最後まで聞いてくださいよ。私はまだ、やらないなんて一言も言ってないじゃないですか」
予想外の言葉に鳴海は呆けた顔で後輩を見つめた。目が合った三瓶は、悪そうな笑みを浮かべていた。
「私だって、ロボットを破棄処分にするの、好きじゃないんです。普通の人からしたらただの無機質なロボットだとしても、私にとっては皆かわいい子ですもん。それに他ならぬラビちゃんのためですからね。この子って先輩のいじり方のせいか、なんだか他の端末と違う行動や言動するでしょう」
壊れたラビを慈しむように撫でながら、三瓶が微笑んだ。
彼女の言う通り、ラビは他の端末と比べると少し異質な存在になっていた。
本来、自立走行型支援用端末は署や本部に戻る度、アップデートやデフラグなどを兼ねて大元の首都警察本部AI、つまりエルダイト・アイと接続しなくてはならない。
その際、記録してきた全てを共有することでエルダイト・アイと各端末は成長していくのだが、それはあくまで『個』ではなく『全』としての成長であり、結果として『個』を消すことに繋がる。
だから鳴海は、ラビをエルダイト・アイと極力接続しなかったのだ。
面倒だからとか、忘れたとか言い訳しながらも、接続を避け続けた結果、ラビは少しだけ『個』になりつつあった。
「だから、いいですよ。先輩のために一肌脱いであげます」
「ありがとう、三瓶。今度奢るよ」
ありがたい申し出に鳴海が頭を下げると、三瓶が「当然です」と力強く口を開いた。
「しばらく奢ってもらいますよ。というか、今からまず、第一弾に行きましょう」
「第一弾って、そんな何度もたかる気か?」
腕を掴まれた鳴海は、恐怖から思わず後ずさりをする。
ラビをどうにかして復活させたい気持ちは揺らがないが、それでも相談する相手を間違ったかもしれないとすら思えた。
「かわいい後輩に不正までさせるんですから、第五弾くらいまでは頑張ってもらわないと」
「不正とは、穏やかじゃないね」
若干三瓶の声に被さるように、誰かの声がした。
廊下に向かって歩き出した三瓶と、彼女に引きずられる鳴海が、若干緊張しながら声の主へと視線を向けた。
「なんだ、コッシーか。驚かさないでよ」
三瓶があからさまに胸を撫で下ろしたが、鳴海も同じ気持ちになっていた。
いつの間にか入室していたのは、整った顔立ちで平均よりも背丈のあるスーツ姿の男、鳥越正志だ。
鳥越は二人と同じ大学で、同じロボット研究会に所属していた元サークル仲間でもある。鳴海にとっては同じ学部の後輩でもあるため、三瓶よりもむしろ鳥越の方が近しい存在だ。
また彼は鳴海と同じように警察庁から首都警察本部に出向している警部補であり、総務部情報管理課でエルダイト・アイの開発や調整を行っている。
「僕だったから良かったものの、二人ともそういう話をする時はもっと周囲に気を回してくださいよ」
どうせ二人で何か企んでいるんでしょうけど、と鳥越は失笑しながら付け加えた。
「結果としてコッシーだったんだから、問題なしでしょ」
「また三瓶はそうやって適当な……先輩、こいつがまた何か迷惑かけているんじゃないですか?」
「ちょっと、私は迷惑なんてかけてないし。どちらかっていうと今回は先輩が……」
「先輩、困った時は言ってくださいね。僕が三瓶を締め上げますから」
「いや。今回ばかりは、どちらかと言わなくても俺が完全に迷惑をかけているよ」
鳴海が軽く頬を掻きながら言うと、鳥越が信じられないと言わんばかりに目を見開いた。
その前で、三瓶がそれ見たことかとふんぞり返る。
「失礼なことを言ったコッシーにも奢らせてあげるから、ご飯に行こう。こんなところに来たってことは、私を探していたんでしょう?」
「三瓶じゃなくて、先輩をね」
「同じ同じ。先輩と私がご飯行くなら、どうせコッシーも来るんだから」
三瓶に強引に腕を引かれて、鳥越は不服そうに「同じじゃない」と言いながらも、同行すること自体に異論はないようだ。
「三人でご飯とか、久しぶり。何食べようかな」
「先週も行っただろ」
「もう一週間も前の話なら、久しぶりって言うの」
軽く言い争いをしながら歩き出す後輩たちを微笑ましく思いながら、鳴海も足を踏み出した。
三人が警察官になったのは大学時代に警察が大改革を行い、AIや個人用端末、パトロール用機械などの開発、導入に力を入れ始めたからだ。それぞれ分野は違うものの、ロボットに心酔しているのは三人とも同じだった。
だからだろうか。
犯罪で弟を失った鳴海にとって、二人の後輩は弟と妹のように大事な存在だった。