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2.総務部装備課

所轄の署に犯人を引き渡し、担当者に報告を済ませた鳴海が首都警察本部へ戻れたのは、十時を回ったあとだった。

時間が時間なだけに、本部は日中よりも閑散としていた。

大きな事件でも起こらない限り、本部には残業中か待機勤務の者以外残っていない。


「遅いお帰りだな」


総務部装備課へ向かおうとする鳴海の背後から、呆れたような声がした。

振り返った先にあったのは予想通りの顔で、鳴海は相手に分からないようにため息をついた。

細身のスーツを着込んだ糸目の男は柿谷皓樹という、警察学校で同期だった男だ。

出身大学は違うが年齢も同じで、寮の部屋も近かったことから話す機会は多かったが、仲が良いかと問われると首を傾げたくなる。

二年前に首都警察本部刑事部捜査一課に配属された柿谷は、鳴海の課が気に食わないのか知らないが、顔を合わせる度になぜだか絡んでくるのだ。

正直、仕事以外のことに煩わされたくない鳴海にとっては、できるだけ会いたくない相手だった。見回りのあとなら、余計だ。


「ちょっと見回りに行っていてね」

「知ってる。無事、コソ泥を捕まえたんだって? 相も変わらずわざわざ出向くとは、ご苦労なことで」


柿谷が嫌味ったらしく言いながら、肩を叩いてくる。

彼が言いたいことなど、言われなくても分かっている。

そもそも鳴海は技術者として警察庁に採用され、エルダイト・アイの運用のために首都警察本部へ出向している身だ。

エルダイト・アイで要注意区域が算出されても、現場を見回るのはケイビ君と所轄の警察官の仕事であり、鳴海の仕事ではない。

そんなことは耳にタコができるくらい、柿谷以外からも言われてきている。

だが誰に何を言われようと、鳴海は実際の見回りを止めるつもりなどなかった。


「捜一が現場に足を運ぶのと、そう変わらないだろ」

「そんなに現場が好きなら、技術枠じゃなくてさっさとこっちに来りゃいいんだ。お前みたいな体力馬鹿なら、いつでも推薦してやるぜ。ま、その時には、その不精ヒゲとぼさぼさの頭をどうにかしてもらうけどな」


痛いところを突かれて、思わず鳴海は苦笑いを漏らす。

身なりについても、散々周囲から言われていることだ。

見回りについては簡単に突っぱねられるが、こちらは自分でもさすがにまずいと思うこともあるので、いつものらりくらりとかわすしかなかった。


「お前にこき使われるのは、ごめんだって。それに、俺は事件捜査に向いていないんだ。データとにらめっこするだけで手一杯だよ」


鳴海を評価しているのかいないのか、よく分からない男だ。

捜査一課では次々と犯人検挙の手柄を立て優秀な男だが、つかみどころがない、というのが柿谷に対する周囲の評価だ。

仕事ぶりは熱心でも、彼の私生活を知る者はほとんどいない。

それどころか、こうして無駄話をする相手は鳴海くらいなものだとも聞いている。

柿谷を相手にする必要などないのについつい返してしまうのは、警察学校で同期だったせいもある。

しかしそれ以上に、結局のところ本気で嫌われてはいないと分かっているからだろう。


「いつもいつも動き回っているくせに、よく言うぜ。あんまり所轄の手柄を取ってやるなよ、治安維持部情報分析調査課AI運用係さん」


鼻で笑いながら、痛いくらいに鳴海の背中を叩いて柿谷は悠然と立ち去っていく。

今日はすんなりと解放されたことに安堵した鳴海は、左手に抱えたラビをそっと撫でながら歩き出した。


あれから何度か再起動を試みたものの、ラビは全く反応を示さない。

自分でばらしながら修理をするのもいいが、専門家の意見も聞いておきたい。

もうずいぶんな時間だが、どうせあの機械マニアは残っていることだろう。

薄暗い階段で本部の地下へ下り、の扉を開けると中は薄暗かった。

床に埋まった非常灯のような明かりを頼りに歩みを進めていくと、奥の作業台前で目当ての人物を見つけた。


「おい、三瓶」


背後から呼びかけてみても、白衣姿のその人物は振り返らない。

さらに近づいた鳴海は、彼女の左耳からイヤホンを抜き取ってから再度「三瓶」と声をかけた。


「わっ!」


慌てた様子で耳を押さえた白衣の女、三瓶比奈乃が振り向いた。


「ちょっとお、驚かさないでくださいよ、先輩。普通に呼びかけてくださいって、毎度言っているじゃないですか」

「毎度普通に呼んでも気付かないのは、お前だろ」


お下げにした髪を揺らして頬を膨らませる三瓶の額を鳴海が軽く小突くと、彼女は「そうでしたっけ」ととぼけてみせる。

装備課の巡査部長として主に機械端末類の管理や修理などを担っている三瓶は、鳴海の大学の後輩だ。

二人とも学科は違うが同じ工学部で、その上ロボット研究会というサークルに所属していたのもあって、長年親しくしている。

彼女は機械いじりが三度の飯よりも好きで、暇さえあればずっとこの装備課の部屋に篭っている。

今日もこんな時間にもかかわらず、警備型自動機械第二号の修理を行っていたようだ。


「それで何の用ですか、先輩。ケロちゃん、というかラビちゃんの魔改造をしたいとかなら、お断りっていう建前を言いつつも、相談に乗りますよ」


ケロちゃんというのは三瓶が警察の自立走行型支援用端末に付けたあだ名で『警察ロボット』を略したものだ。

毎度自立走行型支援用端末というのも面倒なので、鳴海や他の警察官も総称としてはケロと呼ぶことが多い。


「それはありがたい申し出なんだが、事態はもっと深刻なんだ」


言いながら鳴海は両手でしっかりと包みこんで、ラビを差し出した。


「え、まさかラビちゃん故障ですか?」


小柄な三瓶はラビを覗き込むと、次第に眉間にしわを作っていく。

彼女のことだ、すぐにどれだけの状態なのか想像がついたのだろう。


「ちょっと失礼しますね」


断ってから三瓶はラビを手に取って、再起動用ボタンを押したり全方向から状態を確認したりしだした。

一通り見終わった彼女が、静かに息を吐いて首を横に振った。


「確実なことはもう少し見てみないと分かりませんが、多分全損扱いになると思います。先輩が旧型にこだわっていたからもともと耐久度も低かったってのもありますけど、一体どうしたんですか、これ」


覚悟はできていたとはいえやはり全損、つまり破棄扱いになると聞くのは辛かった。

三瓶の言う通り鳴海は警察学校で全ての工程を終えた四年前に初めて支給されてから、部品交換や整備だけを行い、ずっと同端末を使い続けてきた。

通常なら二、三年単位で完全に端末交換をするところを、無理を言ってここまで引き伸ばしてきたのだ。

いくら補強してきたとはいえ、最新の端末より強度が劣るのは仕方がない話だった。


「さっき、引ったくり犯に棒で殴られたんだよ。やっぱり当たり所が悪かったのか……」

「そうですね。ちょうど集積回路付近がやられてしまったんだと思います。多分それでショートを起こしたせいで、他にもハード面がかなりやられていますね。この状態からラビちゃんを元通りにするというのは、相当大変ですよ。装備課として、端末交換しか提案できないです。というか先輩、また見回り行ったんですか?」


厳しい結果にうつむく鳴海を、呆れたような顔で三瓶が覗き込んだ。


「え、あ、うん」

「先輩、自分の仕事分かってます? エルダイト・アイの運用が、先輩の仕事。算出結果を元にパトロールするのは、ケイビ君と所轄の警察官の仕事です」

「現場に行くのも、立派な情報収集だろ」


いつもと同じ言い訳を返すと、三瓶は大げさにため息をついてみせる。


「だから、その情報収集もケイビ君と所轄の仕事ですってば。先輩が行く必要ないんですよ。犯人逮捕とか、ケイビ君が主にやることなんですからね、このご時勢。先輩、前時代に生きすぎですよ」

「今回も犯人確保はケイビ君がやったよ。ただ、搬送を円滑に進めようと思って手錠をかけようとしたら、ちょっと反撃されて」

「それで、この有様ですか?」


じっとりと睨み付けられて、鳴海は苦笑いを浮かべるほかなかった。

自分があの場で大人しくしていれば、ラビが壊れることなどなかったのだ。

現場に行ったことに後悔はないが、その点において悔やむに悔やみきれない想いはあった。

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