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1.犯罪予測

夜八時を過ぎた薄暗い公園内を、鳴海彰人はひとり歩いていた。

都市の中心部から僅かに離れた場所にある緑地公園は、休日の昼間なら家族連れで賑わっていることだろう。

しかし平日の夜ともなると人気はほとんどなく、時おりすれ違うのは酔っ払った背広の男や、寄り添って歩く男女くらいのものだった。

静まり返った公園内に鳴海の足音がよく響く。

それが誰かへの警告になればいいと思っていたが、残念ながら願いは叶わなかった。

 

鳴海の前方五十メートルほど先を歩いていた男女に、別方向からやってきた男が小走りに近づいていく。

そして女のハンドバッグに手をかけると、男は一目散に駆け出した。


「ど、どろぼう!」


女がかすれた声を上げる。

運悪く犯人は鳴海と反対方向に走っていくが、だからと言って躊躇するつもりは毛頭ない。


「サイレン、オン。引ったくりだ」


一言呟いてから、鳴海は地面を蹴った。

途端、赤い光が点り、警告音が夜の公園の一角に響く。

女に同行していた男が追いかけようとしたものの、警告音に気付いて足を止めた。


『窃盗犯、止まりなさい。こちらは首都警察です。繰り返します、止まりなさい』


警告音とともに流れているのは、機械音声による停止命令だった。

犯人がちらりと振り返ったのが分かった。

その表情は見えなかったが、動きから動揺は伝わってくる。

まさか犯行現場に警察官がいるなど、予想もしていなかったはずだ。

しかし乗り物を使わずに引ったくりをするだけあって、動揺していても犯人の足は速い。

鳴海も瞬発力に自信がある方だが、それでも差はなかなか縮まらない。

このままただ追跡しているだけでは逮捕できない可能性もあるが、焦りはなかった。


「ラビ、ケイビ君との連携はどうなっている」

『この先、ケイビ君二機が待機。他もこちらに向かっています』


無機質で感情のこもっていない声が答えると、鳴海は目だけを動かして自分の左肩を軽く見やった。

そこに乗っているのは半球型のボディに、球型の小さな車輪が二つ付いた、バレーボールほどの大きさの機械だった。

先ほどからけたたましく鳴り響く警告音はこの機械の上部から発せられているが、特殊な構造により鳴海の耳にはそれほど大きく届かないようになっていた。


「ありがとう、ラビ」


鳴海が礼を述べると、ラビと呼ばれたロボットは、上部に左右対称に付けられたカバー部分を何度か開け閉めする。

情報処理で温まった機体を冷却するためにそうしたのかもしれないが、鳴海にはラビが喜んでいるように思えた。

この姿をウサギのように感じて以来、自分の相棒である自立走行型支援用端末をラビと呼んでいる。

ちなみに外灯が少なく薄暗い公園内でも鳴海の視界が明るいのは、ラビの外界や対象物を認識するためのカメラ、つまり目の部分の照明が点灯されているからだ。

肌寒い季節だが、全力で走り続けていると汗が額を伝っていく。

目に入りそうな汗を軽く拭いつつも、鳴海は足を緩めることはしなかった。


『五十メートル先、ケイビ君の待機地点です』


言われて目標よりも更に先へ視線を移しても、目視では何も確認できなかった。

通常、行動中のケイビ君は頭の赤色灯を点灯させる。

しかし今は逃走する目標を確保するため、全て無点灯で暗闇に身を紛れ込ませているようだ。


「了解。目標が間合いに入ったら捕獲だ」

『捕獲指示、ケイビ君へ伝達終了』


これであとはケイビ君、都警察本部が誇る警備型自動機械第二号が作る包囲網のところまで、目標を追いこむだけだ。

いまさら方向転換をされたところで見失うとも思えないが、それでもこのまま直進してくれることを鳴海は祈った。


『窃盗の罪により、現行犯逮捕します』


犯人がケイビ君の間合いに入った途端、待機していたケイビ君二機の赤色灯と前灯が突如光り、左右から挟みこむようにして網が発射された。

背後から迫る鳴海に気を取られていたおかげか、犯人は見事に頭から網を被った。

動けば動くほど身動きが取れなくなっていく形状の網は、もがく犯人の膝をあっという間に地面へ付けさせている。


『各方面への連絡は済みました。およそ五分で搬送準備が整います』

「ありがとう、ラビ」


本日二回目になる礼を述べて、鳴海はゆっくり息を整えながらいまだ悪あがきをしている犯人へと近づいていく。


「大人しくしろ。これから所轄の警察署に連行する」

「ずいぶんとタイミングがいいじゃねえか。点数稼ぎご苦労さんだな」


鳴海を見て、男が唾を吐き捨てながら悪態をついた。

実際は点数稼ぎにもなっていないのだが、それを説明してやる気にもならない。

淡々と搬送の準備に取り掛かろうと、犯人に絡む網を一部切断した時だった。

まだ警察官が一人しかいないことを好機だと捉えたのか、男がいつの間にか手にしていた警棒のようなものを振り回した。

鳴海の頭を掠めそうになったところで、肩にいたラビが大きく跳躍する。

視界のど真ん中で警棒がラビに衝突する様を、まるでスローモーションのように見ていた。

そして、激しい金属音が警告音の鳴り止んだ周囲に響いたかと思うと、次の瞬間にはラビが地面に転がっていた。


「ラビ!」


思わず叫んだが、それでも鳴海の視線は犯人にだけ向けられていた。

後ろ手に手錠を手早くかけ、男を地面に引き倒してからようやく、横に転がるラビへと視線を移す。

聞いたことのない起動音を出し、小刻みに震えている姿を見る限り、故障したのは間違いなさそうだ。

登録主を護る行動は、プログラムにある程度組み込まれている。

だからけっして先ほどの鳴海を庇う行動が特別ではないと分かっていても、鳴海の感情を揺さぶるものがある。


「なんだ、もう壊れちまったのか。警察のロボットとやらは、案外しょぼいんだな。この分じゃ、あのなんちゃらアイとか言ってるのも、どうせ大した働きしてないんだろうな」


当たり所が悪かったのだろうか、まだ修理できるだろうか、と考える鳴海の前で、男が小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「そのエルダイト・アイのおかげでお前の犯罪が予測されて、今こうした状況になっているんだが」


普段なら聞き流す悪態に半ば無意識で答えていた。

冷静さを保っているつもりでも、相棒を壊されたことは鳴海が考えている以上にきているようだ。

それがラビの自己犠牲によるものだから、余計なのかもしれない。


「嘘だ、人間の行動がクソ機械なんかに分かってたまるか」

「お前が思っている以上に、エルダイト・アイは優秀だよ」


エルダイト・アイ――博識な目という意味で名づけられた警察用のAIシステムは、過去の犯罪内容や現場、犯罪者などのデータを収集し、未来に起こる犯罪を予測することを目的として開発されたものだ。

まだまだAIのみの予測では不十分で、人の手を介入させる必要はあるものの、テスト運用三年、実運用から二年経った今ではかなりの成果を挙げていた。

現に鳴海がエルダイト・アイを使用したことで、犯罪発生場所や時間を予測した結果が今回の逮捕に繋がっている。


おかげで首都警察の管轄である新東京地区の治安は、劇的に良くなっていた。

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