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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ダンジョンの美少女

作者: はの

 動画配信全盛期。

 ユーチューバーに、ブイチューバーに、ライバーに、あらゆる職業を名乗るインフルエンサーたちが視聴者を取り合う戦国時代。

 時に祭りくじの闇に迫り、時に日本から遠く離れた異国の光景を映し、時に専門知識を持って一般人を知識の海へと沈めていく。

 スマートフォンと言う小さな画面には、数多のエンターテイメントが詰まっていた。

 

 そんな時代に視聴者が最も求めたのは、『ダンジョン配信』であった。

 ダンジョンと呼ばれる異空間で、地球上に存在しない異形の生物――魔物たちを倒しながらより深い階層を目指すその姿は、視聴者たちを熱狂させ、一大ブームを引き起こした。

 

「うぃっす、うぃっす。YUUKIです。本日は、神龍のダンジョン地下四十四階を攻略していこうと思います」

 

『YUUKIキターーーーーー!!』

 

『神龍の四十四攻略したら、世界初だ! 超期待!』

 

 午後八時。

 ダンジョン配信のスーパールーキーと名高いYUUKIは、いつも通りダンジョン配信を開始する。

 ダンジョン配信用に開発されたカメラが、浮遊しながらYUUKIの姿を写し、YUUKIの姿を全世界に配信する。

 また、カメラの上にはホログラムのスクリーンが映し出され、スクリーンにはカメラが映すYUUKIの姿と、配信を見ている視聴者からのコメントが映し出されている。

 YUUKIはカメラに手を振りながら、スクリーンに流れてくるコメントをピックアップして読み上げる。

 

「けんしょうさん、『絶対四十四階突破してください』。ありがとー! 絶対突破してみせます! えーっと、斎藤眼鏡さん、『全裸待機してました』。服着てくださいねー。美少女のパンチラとか出ないんでー」

 

 動画開始直後の様式美である応援コメントを返し終えた後、YUUKIは背中に背負っていた鞘から剣を引き抜いて、天井に向かって高々と剣を掲げた。

 

「じゃあそろそろ、潜りますか!」

 

『うおおおおおおおおおお』

 

『行け行けYUUKI』

 

 ダンジョンの通路には、安全ゾーンと呼ばれるエリアと危険ゾーンと呼ばれる二つのエリアがある。

 名が表す通り、安全ゾーンとは魔物が入ってこない安全なエリア、危険ゾーンとは魔物が人間を襲い始める危険なエリア。

 潜るとは、安全ゾーンから危険ゾーンに移動することを意味する。

 

 YUUKIが一歩危険ゾーンに足を踏み出すと、先程までYUUKIに興味を示さなかった周囲の魔物たちが、一斉にYUUKIに視線を向けた。

 

「グオオオオオ!」

 

「シャアアアア!」

 

 ダンジョンは、階層が深くなればなるほど、攻略する難易度が上がる。

 深くなればなるほど、道が複雑で、強い魔物が現れ、魔物の数も増えるからだ。

 例えば、地下五階や十階であれば、安全ゾーンの周辺に魔物がいることはほとんどない。

 しかし、地下四十九階にもなれば、安全ゾーンの周辺のどの方向を見ても魔物がいることが当然だ。

 

「さっそく来たな!」

 

 YUUKIは剣を横に構えて、向かってくる三匹の魔物を確認する。

 肌の硬さに定評のあるサイ型の魔物――アイアン・ライナースレスが一匹。

 毒の滴る牙と縦横無尽な動きに定評のあるヘビ型の魔物――ポイズン・スネイクが二匹。

 

『うわー。あのサイ、剣きかないだろ』

 

『どうするYUUKI』

 

 YUUKIは突進してくるアイアン・ライナースレスとの距離を意識しながらも、ポイズン・スネイクに向かって走る。

 ポイズン・スネイクの毒の牙は、一撃かすっただけでも全身が麻痺し、噛み疲れれば一分と持たず絶命する恐ろしい牙だ。

 アイアン・ライナースレスの一撃も重く驚異だが、図体が大きい分だけ、不意打ちされるリスクは少ない。

 よって、YUUKIはポイズン・スネイクを最初に仕留めることとした。

 

 二匹のポイズン・スネイクが何度も体を交差させながら、YUUKIに向かって這って来る。

 YUUKIはポイズン・スネイクが射程範囲に入るよりも早く剣を振り、剣を投げた。

 

『ちょwwwマジかwww』

 

『剣投げんなwww』

 

 槍のように飛んだ剣は、片方のポイズン・スネイクの顔を切り落とし、即座に絶命させた。

 もう片方のポイズン・スネイクは仲間の死を悲しむこともなく、むしろ武器を失ったYUUKIを格好の獲物だと言わんばかりに這う速度を速めた。

 射程範囲に入るなり、ポイズン・スネイクは自身の体を折りたたみ、バネの要領でYUUKIに向かって跳んだ。

 

 が、そんなポイズン・スネイクの行動を予想していたYUUKIは、飛んでくるポイズン・スネイクの首根っこを掴み、そのまま走り抜けて地面に刺さった剣を引っこ抜いた。

 ポイズン・スネイクは噛まれれば驚異となる魔物だが、噛まれなければただのヘビだ。

 首根っこさえ握ってしまえば、握る手に牙が届くことはなく、無害な魔物へと成り下がる。

 

「シャアアア!」

 

「これで二匹!」

 

 YUUKIは叫ぶポイズン・スネイクの首を躊躇いなく剣で斬り落とし、残された魔物であるアイアン・ライナーレスに向かって上段に剣を構える。

 

「グオオオオオ!」

 

「来いやあああああ!」

 

 アイアン・ライナーレスの巨大な角と、YUUKIの剣がぶつかり、火花を散らす。

 YUUKIの体が数十センチメートルほど後ろへ下がったところで踏みとどまり、互いの圧が拮抗する。

 

「グオオオオオ!」

 

「っはあ! 重いなあ!」

 

 浮遊するカメラが、YUUKIとアイアン・ライナーレスの押し合う姿を写した後、徐々にYUUKIの顔をズームしていく。

 YUUKIは自分の表情がスクリーンに映し出されたことを確認した後、カメラの先にいるだろう視聴者に向かって大声で叫んだ。

 

「四十四階の魔物は、確かに強い! 正直、俺一人じゃあ勝てるかどうかわからない! だから、視聴者の力が必要だ! どんどん拡散して、俺に力を貸してくれ!」

 

 ところで、ダンジョン配信が一大ブームを引き起こした理由は、もう一つある。

 YUUKIが手に持っている剣の素材――ビューアー・マテリアルの存在である。

 ビューアー・マテリアルは、ダンジョン内で発見された、人から見られれば見られるほど強度を増していく未知の物質だ。

 つまり、ビューアー・マテリアルを素材として作られた武器は、人から見られれば見られるほど強い武器となる。

 この特性が、配信と言う世界中の人間の視線を集める技術と相性が良く、視聴者が拡散によって他の視聴者を集めれば集めるほど配信者が強くなるという、視聴者と配信者の一体感を作り出した。

 まるで自分も配信者と共に冒険しているような一体感は、視聴者たちの承認欲求を満たし、熱狂させた。

 

 YUUKIは、チャンネル登録者数二十八万三百六十一人の配信者。

 現在の同時接続者数は、八千三百二十八人。

 

『YUUKI行け!』

 

『拡散しといた!』

 

『ゆーき! ゆーき!』

 

 YUUKIのダンジョン配信の視聴者たちは、SNSでYUUKIの配信を拡散する。

 飛び交うハッシュタグは、『#YUUKI配信』に『#スーパールーキー』に『#YUUKING』。

 全てが、YUUKIを応援する視聴者による、YUUKIを指す言葉。

 

 拡散によって、同時接続者数の数字が増え始める。

 

「おらあっ!」

 

「グオオッ!」

 

 増えた数字を維持するのは、YUUKIの仕事だ。

 YUUKIは大げさに剣を振り回し、アイアン・ライナーレスとの戦いを映えるように演出する。

 より、視聴者が食いつくように。

 より、切り抜きやすいように。

 

『行け! そこだYUUKI!』

 

『押せ押せ!』

 

 同時接続者数は、八千五百七十四人。

 契機が、訪れる。

 

『トレンド! トレンド乗った!』

 

 ハッシュタグ『#YUUKI配信』が、SNSのトレンドに乗る。

 トレンドに乗れば、YUUKIのチャンネルを登録していない層にまでYUUKIの配信が届き、暇を持て余していた人々が配信へと流れ込んでくる。

 同時接続者数は増えていく。

 

『来た来た来た! 同接9000人越え!』

 

『行ける行ける行ける!!』

 

 SNSから一気に流入すれば、次は動画配信プラットフォームのトレンドに浮上する。

 ダンジョン配信は見るがYUUKIの配信を見ない、という潜在的な優良視聴者が流れ込んでくる。

 スーパーコメントと呼ばれる、投げ銭付きコメントと共に。

 

『ナイスパ』

 

『ナイスパ』

 

『おおおおおおおおおそろそろ一万いくぞ!!』

 

 同時接続者数は、九千四百二十九人。

 加速度的な増加を続ける。

 

『YUUKI!』

 

『YUUKI!』


『あと10』

 

 注目を浴びる配信。

 沸き立つコメント。

 カメラを通して、YUUKIと視聴者の目が合った。

 

 同時接続者数は、一万人。

 一桁増える、区切りの大台。

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』

 

『同接一万おめ』

 

『おめ!!!!』

 

「っしゃあ! 視聴者たちの応援、確かに受け取ったぜ! これはもう、攻略するしかないだろう!」

 

 拮抗が、一気に崩れる。

 YUUKIが勢いよく剣を振り下ろすと、アイアン・ライナーレスの角の先端が切り落とされた、

 

「グオオオオン!?」

 

 前足を大きく上げて痛みに悶え苦しむアイアン・ライナーレスの前で、YUUKIは大きく跳躍し、空中で剣を大きく振りかぶった。

 

「止めだ!」

 

 振り下ろされたYUUKIの剣は、アイアン・ライナーレスの体を真っ二つに切断した。

 アイアン・ライナーレスの体は二つに分かれて倒れていき、地面に倒れきると光の粒子となって消滅した。

 

 YUUKIはカメラに背を向けたまま、剣を天に掲げてキメポーズをとった。

 

『YUUKIが勝った!』

 

『うおおおおおおおお! これ四十四階いけるやろ!!』

 

『神』

 

『こ れ ぞ Y U U K I N G』

 

『初見です。ファンになりました』

 

 流れるコメントは、YUUKIの姿もダンジョンの光景も隠すほど、大量に溢れかえる。

 

「さあ、お楽しみはこれからだ! このまま一気に、最奥まで行くぜ!」

 

『YUUKI! YUUKI!』

 

『KING! KING!』

 

 ダンジョンの攻略スタイルは、様々だ。

 職人のようにコツコツと攻略を進める者。

 視聴者たちに質問をしながら攻略を進める者。

 YUUKIがスーパールーキーと言われる所以は、実力よりも一つ上の階層に潜り、配信の序盤から視聴者を集めて同時接続者数を上げ、熱狂を味方に実力以上の階層を攻略し続けるエンターテイメント精神である。

 

 一万人を超えた同時接続者数を抱え、YUUKIは一気にダンジョンの奥を目指した。

 

 配信開始から二時間後。

 YUUKIは、神龍のダンジョン地下四十四階の攻略に成功した。

 

 

 

 安全ゾーンとダンジョンの入り口には、ワープゾーンと呼ばれる瞬間移動が可能な場所がある。

 安全ゾーンのワープゾーンは無条件でダンジョンの入口への瞬間移動となるが、ダンジョンの入り口のワープゾーンは同じダンジョン内の過去に到達した階層のワープゾーンを選んで瞬間移動ができる。

 よって、配信者たちはダンジョン配信を終えると、容易に地上へ戻ったり、後日続きの階層へ潜ることができるのだ。

 

 地下四十四階を攻略したYUUKIは自宅に戻り、ダンジョン配信のエンゲージメントをにやけ顔で眺めていた。

 同時接続者数は、過去最大の一万千四百十九人。

 チャンネル登録者数も、過去最大の二十八万人三百九十八人。

 どちらも、最大値を更新。

 

 が、YUUKIのにやけ顔は、チャンネル登録者の増加数を見た瞬間、終わってしまった、

 増加数は、三十七人。

 確かなトレンドを引き起こしはしたものの、チャンネル登録者数の伸びと言う点では停滞していると言わざるを得なかった。

 

「くっそー。このままじゃ、登録者数三十万人達成まで、何年かかるんだよ」

 

 配信者の一つの目標は、チャンネル登録者数だ。

 チャンネル開設からたった一年で二十万人を超え、スーパールーキーの称号を与えられたYUUKIは、非常に順調な滑り出しをきったと言える。

 しかし、時代の流れはYUUKIに味方しなかった。

 

 ダンジョン配信者の激増と共に、配信スタイルも多様化した。

 YUUKIのように、ひたすらダンジョンの下層を目指す王道配信から、より個性的なダンジョン配信へと視聴者が流れていく傾向があった。

 例えば、あえて下層に潜らず上層で活動し、一つの階層をどれだけ短い時間で攻略できるかを配信するRTA系配信者。

 スカートのドレスという戦闘とは真逆の服でダンジョンに潜り、可愛さとあざとさを武器に配信するアイドル系配信者など。

 

 王道に飽きた視聴者たちが増えた現在、YUUKIのような王道配信を継続的に応援しようとする視聴者数は確実に減っていた。

 事実、古参の王道配信者たちは、斬新な展開を増やすことによって王道×個性の配信路線へと切り替え始めていた。

 

 一方、配信者としては新参のYUUKIには、王道×個性を作り上げる技量が未だ備わっていなかった。

 何かを変えなければいけないのは分かっているが、何を変えればいいか分からない。

 そんな壁にぶつかったまま、身動きが取れなくなっていた。

 

 YUUKIはSNSで、自分の配信の感想を眺める。

 八割がたは、好評な感想だ。

 しかし、YUUKIの目には残りの二割、否定的な感想がひっかかってしまった。

 

『何回か見てるけど、やってることいつも同じで飽きる』

 

『ツマンネ』

 

「ちくしょおっ! 好き勝手言いやがって!」

 

 YUUKIは否定的な感想に返信しようとした自分の指を止め、スマートフォンを布団に投げ捨てた。

 否定的な感想への反応は、倍以上になってやり返されるスイッチでもある。

 YUUKIは、前向きで明るい勇者のようなブランディングを意識してきた。

 故に、否定的な感想に目くじらを立てるのは、YUUKIという配信者像ではないのだ。

 

 YUUKIはギリギリと歯ぎしりをしてから、ベッドへと飛び込んだ。

 

「考えないとな。なにか……なにか……」

 

 新しい展開は、すぐに考えつくほど容易ではない。

 YUUKIはそのまま眠りに落ち、目を覚まし、何も思いつかないまま次のダンジョン配信の時間がやってきた。

 

「うぃっす、うぃっす。YUUKIです。本日は、神龍のダンジョン地下四十五階の調査から始めていこうと思います」

 

『YUUKIキターーーーーー!!』

 

『調査か。飯食ってくる』

 

 ダンジョン配信は、最深部――つまり下層に降りることのできる階段まで到達する『突破』が、最も視聴者の注目を集めることができる。

 しかし、全ての配信で『突破』をすることは不可能だ。

 ダンジョンは階層ごとに異なる魔物が生息しており、通路も迷路のように入り組んでいるため、やみくもに移動をしても決して最深部に辿り着けない。

 よって、階層の魔物の生態と通路の構造を調べる『調査』は必須だ。

 また、未踏の階層に最初に踏み込んだ人間へ課されている義務として、ダンジョン内の資源を集める『採取』も存在する。

 それらが完了してようやく、『突破』を行うことができるのだ。

 

 現在の同時接続者数は、八百二人。

 YUUKIの配信を全て見ようとする、コアな視聴者の集まりだ。

 

 YUUKIは昨日の十分の一以下である同時接続者数に内心で不満を零しながらも、表向きは笑顔のままでカメラに向かって手を振る。

 

「じゃ、そろそろ行きますか」

 

 応援コメントを返し終えたYUUKIは、安全ゾーンから危険ゾーンの状況を確認する。

 安全ゾーンの周りには、当然魔物たちがうろうろしている。

 地下四十四階にも生息していたポイズン・スネイクが二匹と、猫くらいに小さな体を持つ四足歩行のドラゴンが二匹。

 YUUKIはスマートフォンを取り出して、安全ゾーンから小さなドラゴンの写真を撮影する。

 

「このドラゴンは初めて見ますね。全身が緑の鱗に覆われていて、髭も左右の頬から一本ずつ伸びてますね。ドラゴンの赤ちゃんですかね?」

 

『かわよ』

 

『YUUKI、持って帰って来てくれ。俺が飼う』

 

 動く小さなドラゴンの姿を、前から後ろから撮影した後は、持参していた餌を安全ゾーンから危険ゾーンへと投げ入れる。

 餌の種類は、ドッグフード、キャットフード、ポテトチップス、さきいかと様々だ。

 小さなドラゴンは突然投げ込まれた餌に驚きながらも、投げ込まれた餌の匂いを恐る恐る嗅いで、ドッグフードをぺろりと嘗めた。

 

「ぎゃぴっ!?」

 

「おっと、どうやらドッグフードは口に合わないようですね。他の餌はどうかな?」

 

 その後、小さなドラゴンはポテトチップスを一口齧り、さきいかを嘗めた後、さきいかを美味しそうに貪り食った。

 

「ドラゴンは、いかが好みなのかな? 次は魚介を多めに持って来て、もう少し詳しく検証する必要がありそうですね」

 

 喋るのを終えたYUUKIが同時接続者数を見ると、人数は七百二十九人にまで減っていた。

 ダンジョン配信において、調査の人気がないのはいつものことだ。

 同時接続者数が時間とともに下がることも、YUUKIの想定内だ。

 だが、想定をしているとはいえ、YUUKIのモチベーションは下がってしまう。

 

 ダンジョン配信において、調達をコンテンツ化に成功したのは、自炊が得意な配信者や宇宙食や昆虫食と言った珍しい餌を用意できた配信者だけだ。

 あいにく、YUUKIにはどちらもない。

 

 下がっていく数字に焦りつつも、YUUKIにできることは定期配信を欠かさず行い、既存の視聴者を掴み続けるだけだった。

 

 

 

「うぃっす、うぃっす。YUUKIです。本日は、神龍のダンジョン地下四十五階の資源を調達していこうと思います」

 

『YUUKIキターーーーーー!!』

 

『四十四階と違うもの落ちてるのかな?』

 

 YUUKIは安全ゾーンから危険ゾーンに向かって、紫色の球を投げ込んだ。

 球は、地面にぶつかると破裂し、辺りに悪臭をまき散らした。

 

「ぎぎっ!?」

 

「シャアア!?」

 

 安全ゾーンの周囲にたむろしていた魔物たちは、悪臭を前に一目散に逃げだした。

 YUUKIは鼻と口元を覆うガスマスクを装着し、悪臭を回避しながら危険ゾーンへと踏み出した。

 そして、周囲を見渡して襲ってくる魔物がいないことを確認し、通路に映える草や岩場を構成する鉱物の確認と採取を始めた。

 

「この草は、ダンジョン草ですね。ほんと、どこにでも生えてるなあ」

 

『雑草じゃんwww』

 

『食え』

 

「この鉱物は、初めて見るかも。あの、夜光る石に似てますね。えーっと、名前何だっけ」

 

『ハゲ頭』

 

『ツルピカ石』

 

「ああ、そうそう。ツルピカ石! それに似てる。でも、毛のような物が一本生えているから、ツルピカ石じゃなさそう。確保、かな」

 

『毛www』

 

『波平石じゃんwww』

 

「ぶふうっ! おい、笑わせるなって!」

 

『サーセンwww』

 

 調査が地味であれば、採取もまた地味である。

 ダンジョン内の生態系に興味がある視聴者には刺さるのだが、魔物との戦いを期待する視聴者には刺さらない。

 そして、ダンジョン配信の視聴者は、ほとんどが後者だ。

 

 早く採取を終えて突破をしたいという思いを抱えたまま、YUUKIは未踏の階層に踏み入れた人間の義務を淡々とこなしていく。

 

「あっちにも、ちょっと長い草が生えてますね。あれは……おや?」

 

 そんな採取中、ダンジョンの奥に生えている草を指差した瞬間、岩陰で何かが動いたことにYUUKIは気づいた。

 悪臭は未だに充満しているため、大半の魔物は近づいてくることができない。

 しかし、魔物の中には嗅覚を持たない存在もいる。

 YUUKIは念のため剣を抜き、警戒しながら岩陰に近づいた。

 

「誰だ?」

 

『お?』

 

『どーした、ゆーき?』

 

 YUUKIの言葉に、視聴者たちも異変に気付く。

 一方の岩陰からは、気配は消えないが何かが襲ってくるようなそぶりもない。

 YUUKIは咄嗟の攻撃に備えながら慎重に近づいて、岩陰を覗き込んで剣を突きつけた。

 

「ひゃっ!?」

 

「え?」

 

 岩陰には、白い長髪の美少女がしゃがみこんでいた。

 汚れのない白いワンピース姿は、ダンジョン配信の配信者としてはあまりにも不向きだ。

 いや、それ以上に、神龍のダンジョン地下四十五階は先日YUUKIが初めて踏み込んだダンジョンであり、どちらが速く到達できるかを競っていた配信者もいなかった。

 故に、他の配信者がいる可能性は、極めて低いのだ。

 YUUKIは少女が何者かの判断ができず、剣を突きつけたまま固まった。

 

 一方の少女も、怯えるような瞳でYUUKIを見ていた。

 

 盛り上がっていたのは、コメントだけ。

 

『めっちゃ可愛い!!』

 

『YUUKIどいて。見えない』

 

『千 年 に 一 人 の 美 少 女』

 

 配信をしない視聴者たちからすれば、配信者特有の違和感など感じるはずもない。

 ただただ画面に映った美少女に見惚れ、ただただ感情の赴くままに言葉を投げかけた。

 

『足ほっそ。肌しっろ』

 

『で か い』

 

『YUUKI、今こそお前の力を見せてくれ。まずは、スカートを捲ってだな』

 

「バンになるわ!!」

 

 固まっている間にも流れ続けたコメントは、YUUKIの心をリラックスさせた。

 YUUKIは一呼吸を置いた後、改めて少女を見た。

 

「立てますか?」

 

「え? あ、はい」

 

 YUUKIはしゃがみこんだ少女に手を伸ばし、自分が敵ではないことをアピールする。

 少女はYUUKIの手と表情を交互に見た後、震えの止まった手でYUUKIの手を取り、ゆっくりと立ち上がった。

 

『ぎゃーーーー! 俺の白ちゃんに気やすく触ってんじゃねーーーー!!』

 

『↑いや草。いつからお前の物になったんだよ』

 

『白ちゃんてw 勝手に名付けてんじゃねえよwww』

 

 お尻についた泥を叩いて落とす少女の顔を、YUUKIはじっと見て記憶をたどる。

 YUUKIの頭の中には、主要なダンジョン配信者の顔が入っている。

 チャンネル登録者数十万人を超えていれば、全員を記憶している。

 しかし、YUUKIは少女の顔に見覚えがなかった。

 

 泥を落とし終えた少女は、自分を見ているYUUKIの視線に気づき、首を傾げた。

 

「君、名前は?」

 

「シロ、です」

 

『マジで白ちゃんやんけ』

 

『白ちゃん、彼氏いるの?』

 

 少女の名前を聞いても、YUUKIには心当たりがなく、眉をひそめた。

 

「配信者?」

 

「あ、はい。配信者……です」

 

「チャンネル登録者数は?」

 

「七千人くらい……です」

 

「七千!?」

 

 YUUKIに証明するように、シロはポケットからスマートフォンを取り出して、自身のチャンネルの画面をYUUKIに見せた。

 チャンネル登録者数七千六百五十八人。

 画面に映る数字が、シロの言葉の正しさを裏付けた。

 

 YUUKIは、チャンネル登録者数を確認した後、同じ画面に納められたシロの過去の配信情報を視線で追った。

 動画投稿数は八十五本。

 週の投稿本数が不定期ではあるが、平均すると週に三本のペースで、少ないとは言い難い。

 しかし、配信時刻があまりにもバラバラで、視聴者にとって不親切だ。

 

 いや、不親切なのは投稿のタイミングだけではない。

 サムネのフォーマットにも工夫がなく、配信の一部分をそのまま使っているだけ。

 白いワンピース姿が映っていることで、ギリギリ同じ配信者の動画だと分かる程度だ。

 また、配信名も『ダンジョン配信 #10』のように、どのダンジョンの何階層かもわからない不親切設計。

 

 一年でチャンネル登録者数二十万人を突破したYUUKIから見れば、全てがあまりにもお粗末だ。

 

『シロちゃーん。こっち向いてー』

 

『シロちゃん、彼氏いるの?』

 

『↑しつけえwwwいなかったとしても、お前は相手にされねえよwww』

 

 だが、YUUKIの嗅覚が、シロの才能を嗅ぎ取った。

 お粗末な作りにもかかわらずチャンネル登録者数が七千人に至り、現在も七千人としてはあり得ない盛り上がりを見せている現状。

 YUUKIは、シロに対して視聴者を引き付けるカリスマ的才能を嗅ぎ取った。

 

 YUUKIは、カリスマ性と言う意味では凡人だ。

 あくまで演出により、カリスマ性があるように見せかけているだけだ。

 一方、シロは逆だ。

 一切の演出なしに視聴者を惹きつけるカリスマ性があった。

 

 チャンネルのテコ入れを考えていたYUUKIにとっては、降ってわいたような状況である。

 YUUKIはシロの手をぐっと握った。

 

「シロさん、と言ったね。どう? 俺とチームを組まないか?」

 

「え?」

 

『あああああああああああああああああああああああああ』

 

『初対面でのナンパ。さすがYUUKI! そこに痺れる憧れるぅ!!!』

 

「俺は、君の才能に惚れたんだ」

 

「え? へ? 惚れ……!?」

 

「俺なら、君の才能を伸ばすことができる。もっと、君のチャンネルを成長させることができる」

 

「あの、えっと」

 

 戸惑うシロに対し、YUUKIは自身のチャンネルの画面をシロに見せた。

 

「に、二十八万!?」

 

「君と組めば、俺たちはもっと上へ行ける気がするんだ」

 

『プロポーズktkr』

 

『ああ・・・俺の白ちゃんが・・・』

 

 二人っきりのダンジョンが静まり返り、ただシロの返事を待った。

 シロはもごもごと口を動かした後、ようやく小さく頷いた。

 

「はい。チーム、組みたい、です。もっと、色んな人に、見て欲しい、ので」

 

「ああ、よろしく頼む!」

 

『えんだあああああああああああああ』

 

『え? これから白ちゃんずっと見れるの? マ?』

 

 その日、ダンジョン配信界に一つのチームが誕生した。

 その日、YUUKIの配信は一番の盛り上がりを見せ、チャンネル登録者数が二十九万人を超えた。

 

 

 

「ひゃっふー! 二十九! 二十九万人ですよ!」

 

 自宅のベッドに寝っ転がって、YUUKIは足をバタバタと動かした。

 シロとチームを組んだ配信一つだけで、鈍化していたチャンネル登録者数が一気に動いたのだ。

 YUUKIの喜びは当然だろう。

 

 YUUKIとシロがチームを組んだ配信動画は、主にシロという美少女目当てで現在も拡散が続けられており、次の配信では三十万人達成を狙えるところまで来ていた。

 一方のシロのチャンネルも、既にチャンネル登録者数が三万人を突破したらしく、シロからYUUKIへ喜びのメッセージが届いていた。

 

 また、YUUKIにとって幸いだったのは、シロが戦力に数えられることだった。

 チーム結成後、互いの実力を知るためにポイズン・スネイクを一匹呼び出して、一対一で戦った。

 もちろん、YUUKIはあっさりと剣の一振りで倒し終えた。

 一方のシロも、小さなハンドガン一発で、ポイズン・スネイクを仕留めてみせた。

 あくまでも配信を映えさせるためだけに組んだYUUKIにとって、シロが戦力となることは嬉しい誤算だった。

 

「駆け上がるぞ!」

 

 YUUKIの野心は燃えていた。

 シロと組めば、チャンネル登録者数三十万人はおろか、五十万人も見えてきたのだから。

 

 

 

「うぃっす、うぃっす。YUUKIです。本日はついに、神龍のダンジョン地下四十五階を攻略していこうと思います」

 

「頑張ります!」

 

『白たん! 白たん!』

 

『白たん! 白たん!』

 

 YUUKIの配信に流れるコメントは、今ではシロの応援一色だ。

 

「うおおおい! 俺の配信だっつーの!」

 

「なんか、ごめんなさい」

 

 だが、YUUKIは気にしていなかった。

 シロへの応援だろうと、シロ目当ての視聴だろうと、同じ視聴者だ。

 同時接続者数一万人。

 YUUKIが視聴者を煽って盛り上げる前からこの数字は、YUUKIにとって驚異的だ。

 

「じゃあ、行きますか!」

 

「はい!」

 

 YUUKIとシロの連携も、だいぶん形作られてきていた。

 基本的には、シロのハンドガンという遠距離攻撃で魔物を仕留め、ハンドガンでは仕留められないほど頑丈な魔物がいればYUUKIが接近戦によって仕留める、という形だ。

 

 先頭を歩くYUUKIがライトによって魔物を発見し、シロが撃つ。

 倒せば二人でハイタッチ。

 

『ああああああああああ白たんの手えええええええええええ』

 

『YUUKI屋上来いやああああああああああああああ』

 

 そして、コメント欄に溢れる嫉妬の嵐。

 完全な、一つの様式美が完成した。

 

「地下四十五階、攻略!」

 

「やりましたね!」

 

『うおおおおおおおおおおおおおお』

 

『ついに』

 

 YUUKIとシロ。

 二人の活躍は加速する。

 配信を開始すればトレンド常連。

 ダンジョン配信チャンネルを紹介する専門チャンネルに取り上げられてからは、シロと組んだ直後以上に注目度が増した。

 

「えー、今日は特別編です! 俺のチャンネル登録者数四十万人突破と!」

 

「私のチェンネル登録者数十万人突破を記念して」

 

「初の質問コーナーをやります!」

 

「お手柔らかにお願いしまーす」

 

 注目度が増せば視聴者層の幅も広がり、視聴者層の幅が広がれば求められる活動の幅も広がって来る。

 企画力の乏しいYUUKIに代わり、シロと言うブレーンが視聴者からの声を吸い上げて、今ではダンジョン配信以外の企画にも手を広げ始めていた。

 

「最初の質問です。『お互いの第一印象を教えてください』」

 

「第一印象、ですか」

 

「俺は、お化けみたいだったかな」

 

「お化け!?」

 

「ダンジョンの中で、真っ白な人がしゃがみこんでるんだぜ。そりゃあ、お化けに見えるだろ」

 

「むむう」

 

『草』

 

『確かに初めては見た時はビビった』

 

「シロは?」

 

「うーん、恐そうな人」

 

「どこかだよ。こんなに優しそうな顔のやつを捕まえて」

 

「ええ……」

 

『鏡見ろ』

 

『鏡見ろ』

 

 初めての質問コーナーは大成功に終わり、普段ダンジョン配信を見ない人たちも質問コーナー配信で人柄に触れ、新たな視聴者として獲得することに成功した。

 

 配信を終え、YUUKIとシロはハイタッチを決める。

 

「いい感じだったな!」

 

「うん、そうだね!」

 

「次の質問コーナーは、俺のチャンネル登録者数五十万人達成の時かな」

 

「それがいいと思う。あんまり頻繁にやっても、飽きられちゃうだろうし」

 

「確かになー。よし! 飽きられないためにも、五十万人突破したら、質問コーナーだけじゃなくてでっかいサプライズをしかけるか!」

 

「わあ、いいかも。何するの?」

 

「それは当日のお楽しみ」

 

「私にもサプライズなの!?」

 

 一つの欲が叶えば、次の欲が現れる。

 人間とは、そんな向上心によって成長をしてきた。

 

 YUUKIにとって、シロはとっくに特別な存在になっていた。

 配信外でも遊びに行く程度には。

 

「五十万人達成記念で、俺はシロに告白するぞ」

 

 二人でならずっと上に行くことができるという確信めいた感情が、いつしか恋心へと変わり、シロの特別になりたいとYUUKIを突き動かした。

 

 

 

「うぃっす、うぃっす。YUUKIです。本日はついに、神龍のダンジョン地下六十階を攻略していこうと思います」

 

「ついに、ですね!」

 

『白たん! 白たん!』

 

『白たん! 白たん!』

 

 YUUKIの配信に流れるコメントは、今日もシロの応援一色だ。

 YUUKIは二人の仲の良さをアピールするように、シロの隣へ立って、カメラに向かってピースをした。

 

『おいいいいいいいいいいいい』

 

『近い近い近い近い近い近い近い』

 

『もうお前ら結婚しちゃえよ』

 

『白たん、嫌なら嫌って言っていいんだよ?』

 

「別に、嫌じゃないから大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

 

 YUUKI、チャンネル登録者数四十九万人。

 シロ、チャンネル登録者数十九万五千人。

 

 この地下六十階の配信が、前人未到の六十回攻略であると同時に、YUUKIとシロの五十万人&二十万人突破記念になるだろうことを、YUUKIもシロも、もちろん視聴者も理解していた。

 

「さあ、行こうか!」

 

「はい!」

 

 地下六十階を彷徨う魔物は、サラマンダー。

 赤い鱗に覆われた、巨大なトカゲのような化け物だ。

 サラマンダーの全身は熱に覆われていて、素手で触れれば火傷は必須だ。

 よって、攻略法はシロの遠距離攻撃がメインとなる。

 

 危険ゾーンに立ったシロが、ハンドガンでサラマンダーを狙撃する。

 狙うのは、まず足。

 

「キュアアア!?」

 

 足に傷を受けたサラマンダーは立ち続けることができなくなり、その場に膝をついた。

 仲間の悲鳴を聞いたサラマンダーたちが異変に気付き、シロの元へと次々集まって来る。

 シロは、近づいてくるサラマンダーたちから距離を取りながら、正確無比に足を貫いて動きを封じていく。

 

 止まったサラマンダーに止めを刺すのは、YUUKIの仕事だ。

 うずくまるサラマンダーの、最も柔らかい部分である腹部へ剣を刺し、そのまま引き裂いた。

 

「ギュアアアア!?」

 

 サラマンダーは悲鳴と共に倒れ、光の粒子となって消えていった。

 

「YUUKI、全部撃ち終えた」

 

「っしゃあ! 止めは任せろ!」

 

『YUUKI! YUUKI!』

 

『白たん! 白たん!』

 

 同時接続者数二万人オーバー。

 今のYUUKIの剣は、並の魔物を寄せ付けないほどに強力な武器となっていた。

 

「最深部だ」

 

「だね」

 

『え? もう着いたの?』

 

『速すぎワロタwww』

 

 ダンジョンの最深部には、一つ下の階層への階段がある。

 ただし、十階に一回、階段の前にボスエリアと呼ばれる場所が存在する。

 ボスエリアには、攻略してきた十階層で出現したどの魔物よりも強い魔物――いわゆるボスが一匹待ち構えており、ボスを倒せば一つ下の階層への階段が現れると言う仕組みだ。

 

 今回攻略を試みている神龍のダンジョン地下六十階は、ボスエリアのある階層。

 巨大な扉を前に、YUUKIとシロは立ち尽くしていた。

 ドラゴンのイラストが刻まれた鉄の扉は、無言であるにもかかわらず咆哮をあげているような威圧感があり、YUUKIは思わず息を飲んだ。

 ボスエリアにお入る直前の雰囲気と言うのは、何度経験してもなれないものである。

 

『やべえ』

 

『ドラゴンのイラストってことは、ボスはドラゴンか?』

 

 ボスエリアを前に震えるYUUKIの手を、シロはそっと握った。

 

『やべええええええええええええええ』

 

『YUUKI代われえええええええええええええ』

 

「……シロ?」

 

「大丈夫だよ。私たちなら、きっと」

 

「……ああ。そうだな!」

 

 YUUKIの心音が落ち着いていく。

 額に流れていた汗も止まり、まっすぐに鉄の扉を見た。

 

「じゃあ、ボスエリア、行きます!」

 

「頑張ります」

 

『うおおおおおおおおお』

 

『頑張れYUUKING!』

 

 YUUKIが鉄の扉に触れると、扉は自然に開いた。

 重苦しい音を立てて開いた先からは、熱い空気が飛び出してきて、YUUKIの顔を熱く染めた。

 

 YUUKIは剣を抜いて、シロの顔を見た。

 シロもまた、YUUKIの顔を見て微笑んだ。

 YUUKIのチャンネル登録者数は、四十九万九千六百四十七人。

 ボスを倒し終えた時には、確実に五十万人を突破している水準まで来ていた。

 五十万人の壁、そしてシロへの告白。

 二つの覚悟が、YUUKIを奮い立たせる。

 

 ボスエリアに入ると、入り口の扉が閉まった。

 薄暗い部屋が赤みを増していき、闇の中から真っ白なドラゴンが現れた。

 巨大な体のドラゴンは、YUUKIを頭上から見下ろし、不敵な笑みを浮かべた。

 

「おお、人間よ。よくも、我が聖域を荒らしてくれたものだ」

 

『!?』

 

『ウワーーーシャベッターーー!!』

 

 上位の魔物の中には、人間の言語を解し、操るものがいる。

 それは例外なく強大な戦闘力を有し、配信者たちを苦戦させる存在だ。

 

「さすが、地下六十階ってとこか。だが、なんでだろうな。負ける気がしねえぜ!」

 

 が、YUUKIは勝利を確信していた。

 同時接続者数二万人は、ビューアー・マテリアルの強度を増幅させ、剣そのものの威力を大きく高めていた。

 サラマンダーを一撃で屠る程に。

 間違いなく、YUUKIのダンジョン配信の歴史上、最も仕上がった状態であった。

 それに加え、シロとの関係を進める愛の力が後押しする。

 

「いくぜ!」

 

『KING! KING!』

 

『KING! KING!』

 

 YUUKIが剣を握りしめると同時に、真っ白なドラゴンは背中の羽を大きく羽ばたかせた。

 真っ白なドラゴンを起点に、強風の波がボスエリアに吹き荒れる。

 

「ぐっ……!」

 

『うおおおおおお』

 

『威力YABEEEEEE』

 

 体ごと吹き飛ばされるのではないかと言う風圧を受けながら、YUUKIは踏ん張りを聞かせて、その場に踏みとどまった。

 同時に、一つの不安がよぎった。

 YUUKIよりも小柄なシロは、この風に耐えられるのかと。

 

「きゃあっ!?」

 

「シロ!」

 

 案の定、シロの方から叫び声が上がったため、YUUKIは咄嗟にシロの方へ振り向いた。

 YUUKIと、二人分のカメラが、シロの姿を映し出す。

 

 

 

 風でスカートが捲り上がり、白い下着を露わにしたシロの姿を。

 

 

 

「あ」

 

『あ』

 

『あ』

 

 YUUKIも視聴者も、あられもないシロの姿に釘付けになる。

 

「う、うわ! ごめん!」

 

 が、YUUKIはすぐにシロから目をそらし、自分のカメラもシロを映さないように動かした。

 

 

 

『このチャンネルは、サイトのポリシーに違反したため停止されています』

 

 

 

 そこでYUUKIが目にしたのは、自身のチャンネルのバン宣告であった。

 

「……え?」

 

 配信サイトは、過激な暴力や性的なコンテンツの配信を禁止している。

 シロの下着姿という配信が、AIによって性的なコンテンツとして検知され、YUUKIのチャンネルを停止してしまったのだ。

 

 それはつまり、ビューアー・マテリアルによる強化の喪失。

 剣そのものの威力の喪失。

 YUUKIの強さの喪失。

 魔物一匹を殴って倒すことのできない素手と言う方法で、こともあろうにボスの魔物を倒さなければならないという無謀極まる現実が訪れたという宣告だった。

 

「シロ!」

 

 YUUKIは、焦った表情でシロのスクリーンを見る。

 YUUKIの剣が無力化されようと、シロの配信が生き残っていれば、シロ自身はビューアー・マテリアルの恩恵を受けられるから、まだ勝ち目はある。

 

 だが、シロのチャンネルも同様。

 無情にも、チャンネル停止の表示が浮かび上がっていた。

 

「あ……あ……」

 

 YUUKIは絶望した表情で真っ白なドラゴンを見た後、どうにかシロだけでも逃がせないかと、シロの方を見た。

 

 狼狽するYUUKIの視線の先、シロは不敵な笑みを浮かべていた。

 それは、真っ白なドラゴンとまったく同じ表情。

 

「シ……ロ……?」

 

 シロは手に持っていたハンドガンをYUUKIの脚に向けて、引き金を引いた。

 

「ぎゃあああ!?」

 

 銃声と共にYUUKIの脚に穴が開き、YUUKIは傷口を手で押さえながら地面に倒れ込んだ。

 

「痛い! 痛い! 痛い!」

 

 もだえ苦しむYUUKIへ、真っ白なドラゴンとシロは、ゆっくり歩いて近づいてくる。

 シロはYUUKIの近くでしゃがみ込むと、YUUKIの頬を人差し指でつっついた。

 

「どんな気持ちだ、人間。殺される感覚と言うのは初めてだろう?」

 

「シ、シロ……何を言って……?」

 

「私たちは、ずっとそんな恐怖に晒されてきたんだ。貴様ら人間が、我らが住処に土足で踏み込んできてから、ずっと」

 

「シロ……一緒に……上を目指そうって……」

 

「積年の恨み、受けよ人間!」

 

 絶望した表情を浮かべるYUUKIの体は、真っ白なドラゴンによって踏みつぶされた。

 辺りには赤い血が飛び散り、シロの白いワンピースを赤く染めた。

 

 真っ白なドラゴンが足を上げると、そこには人間の形を残さない赤い塊が潰れており、シロは興味を失ったように赤い塊から目を背けた。

 そして、母である真っ白なドラゴンに向かい、跪いた。

 

「母様。やはり人間は、配信と呼ばれる技を封じてさえしまえば、遅るるに足りません」

 

「そのようだな。そこにいた人間が、身をもって証明してくれた」

 

「私は再び名と姿を変え、人間の世界へ戻り、今日と同じことを繰り返します。魔物たちが配信の秘密に気づいた、ダンジョンに入れば死ぬとわかれば、人間たちが二度と我らの住処に入ることはなくなるでしょう」

 

「おお、我が娘よ。ダンジョンの平和のため、苦労を掛ける」

 

「いえ。それでは、行ってまいります。我らの未来が、明るいものであらんことを」

 

 

 

 YUUKIとシロのチャンネルバン。

 そして、その日以来、YUUKIのSNSへの投稿停止。

 視聴者たちは、YUUKIとシロが真っ白なドラゴンに殺されてしまったのだろうと嘆き悲しんだ。

 

 ダンジョン配信者の死は、過去にもあった。

 しかし、チャンネル登録者数五十万人規模の配信者の死は初であり、世間に大きなインパクトを与えた。

 ニュースでは、ダンジョンに入るのを規制すべきではないかと言う規制派が、再び取りざたされるようになった。

 

 しかし、ダンジョン配信は止まらない。

 莫大な承認欲求と財を手に入れることができる場所を、ちょっとやそっとで人間は捨てることなどできはしない。

 

 今日もまた、新しい配信者が生まれ、既存の配信者が前人未到の下層を目指す。

 

「誰だ!」

 

「ひゃっ!?」

 

 そして、とあるダンジョンでは、一人の配信者がしゃがみこむ美少女を発見する。

 

「君、どうしてこんなところに? 名前は?」

 

「……アカ」

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