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引き続きヤンデレ

心臓がギュッと握られたように感じた。否定しようと口を開いても、声が出なくて否定はできない。

王子の顔は穏やかだけど、目が変わらずにギラギラしている。私を、ずっと見続けている。


「君は僕に嫌われようといつも魔法を暴走させていた。魔法が扱えない落ちこぼれだと僕に見せて危害を加えていた。婚約者に相応しくない女だと思わせようとしていたね」


そんなことはない。

言えなかった。嫌われようとしたのも事実だし、相応しくないと思わせようとしたのも事実。感情も思惑も違ってはいても、嫌いだと思わせる行動はしていた。


「魔法はイメージ。体が弱いと授業を休んでいた君でも知っているはずだ。魔法は心に強く思ったことが反映される。僕が君の魔法の被害を受けていたのは、君が強く思ったからだ。君はずっと僕が嫌いだった。離れたいから僕を攻撃していた」


後ろめたくて王子の顔がまともに見れない。視線も顔も落ちた。私の目には王子の服に施されている金の刺繍が映る。


「君に嫌われている事実が受け入れ難くてずっと耐えてきたけど、先日の水浸しにされたことで限度を迎えそうになった。少し気持ちが弱ってしまって、そこを君に付け込まれた」


肩を抱き締めていた王子の腕が動いて、私の頭を撫でた。髪に指を絡ませながら、梳かすように優しく撫でている。


「だけど、僕は君を許すよ。愛しているからね。これからは何があっても君を離さない。嫌がられたって絶対に逃さない・・・誰にも渡さない」


「いや、です・・・」


小さく漏れてしまった声。抑えられなかった感情は笑われる。


「拒否をしても無駄だ。君には僕の妻、つまり王妃となる環境が整うまでここで暮らしてもらう。ここは祖父が祖母を匿っていた場所だと言っただろう?詳しくは言えないが、国内の僻地にあって人目にはつかない。兵士には監視をさせているし、魔法使いにも結界を張らせている。結界は君を探そうとする意志のある者を弾くんだ。誰も君を奪えない。君も僕から離れられない」


「・・・・」


胸から込み上げてくるものがあって息苦しい。涙が浮かんで視界がぼやける。私の体を包む男の温もりが、言葉が、不快で気持ち悪い。

私は監禁された。この男の思うように、好きなように扱われて生きていくことになる。嫌だ、そんな人生なんて送りたくない。

王子の手が動いて私の顎を支える。上に向かうように力が加えられて、抵抗する力を失ったから従ってしまう。

また向かい合う顔。目を細めた涼しそうな顔を殴りたい。力が入らなくて殴れない。

抵抗しない私の目尻に王子が唇を近付けた。触れられた感触とリップ音。目元にキスを繰り返して、徐々に下に・・・止まった。


「・・・」


顔も離した王子は不機嫌そうに険しい表情を浮かべると、後ろのドアを見た。足音がする。彼が見たから気付いた。

体も離して、ベッドから腰を上げる。力なく座る私は見上げるだけ・・・足音が止まった。王子が息を漏らす。


「ずっと君の側にいたいけど、『聖魔祭』の途中だったんだ。僕が抜け出していると気付かれたら厄介なことになる」


険しい顔は私に向かい、すぐに優しい表情に変わった。


「また明日、会いに来るよ。毎日、会いに来る。君との時間は大切だから・・・君にはもう僕しかいないんだよ。だから、諦めて僕を愛して・・・」


また顔が近付いてきたと思ったら、頬にキスをされた。満足そうに、嬉しそうに笑って王子は離れていく。私を冷たい石の部屋に残して出て行った。

どうしよう、どうしよう!私、このままじゃ、王子の、王子の!


「はっ、は・・・ぁ、は・・・はっ、はぁっ・・・う、くっ、うぅっ」


喉が引きつって、呼吸が上手くできなくて苦しい。私は死を免れたかもしれないけど、死ぬより苦痛の日々が始まる。そう思うと呼吸できなくて、涙が浮かんでボロボロと溢れる。必死に耐えようとしても溢れてくる。どうにもできないと止まらない。

どうにも、できないの?このまま王子の思い通りに生きていくしかないの?そんなの嫌、そんなの嫌だ!

前世で私は呆気なく死んだから、今度こそ生き延びた先で幸せになろうとしたのに、自由を奪われた苦痛しかない人生を送るなんて嫌だ!!


「はぁっ、はぁ・・・考えないと」


呼吸を繰り返す合間にポツリと呟いた言葉。無意識に出た言葉に、上手くできなかった呼吸が整って、胸に込み上げてきたものが下がっていく感覚を得る。

考えないといけない。自由を手にするために、幸せだと思う人生を迎えるために、考えないと、行動しないといけない。

感情に引っ張られて足を止めたら王子の思う壷。落ち着いて、落ち着いて考えないと。何をすべきか、王子から逃げるために何が必要か・・・あ、そういえば、


「私はこの砦の場所を知っている。ゲームで訪れただけだから正確な位置は分からないけど、この砦が国のどこにあるか分かる」


確か、ゲームの地図上では国内の南端にあった。海を望む高台にあって、近くに山々に挟まれた街がある。その街の名前は、トライア。そこから生まれ変わったあとに見た地理と合わせれば、トライアは王都の西側にあって然程離れていない。


「王子も聖魔祭の途中で抜け出してきた。遠くにある砦なら、戻るまでに時間がかかる。途中で抜け出すなんて不可能」


希望が見えてきた。位置が分かれば、誰かに知らせられる。助けを呼べる・・・どうやって?

知らせる方法がない。いや、でもこの砦に何もないわけじゃない。ここは、王子のお祖母様がいた場所。お祖母様は魔法使いの娘だった。だから、貴重な魔導書を持っていた。その魔導書があれば、読めば誰かに私のことを知らせられるんじゃ・・・位置を知らせる魔法とかあるの?

魔法のことを知らなすぎて分からない。でも、魔法は万能だって知っている。この世界は、この国は特に魔法を重要視しているから、位置を知らせる魔法も開発されていると思う。

もう魔法を使いたくないって言ってる場合じゃない。使わないと、私に待つのは生き地獄だけ。


「探そう、お祖母様の魔導書を・・・魔導書は、確か・・・」


前世でのゲームプレイを思い出す。セルジュ王子の攻略は何度もしたから覚えてる・・・魔導書を見つけたのはお祖母様の寝室。つまり、この部屋。


「タンスか、樽?いや樽なんてないし、樽はドラクエだし・・・あの洋服ダンスかな?」


ベッドから腰を上げてタンスに近付いた。金の細やかな装飾が付けられているタンスの扉を開く。

服は一着もかけられていない。底の方に布の、タオルが落ちていて・・・何かある。不自然に盛り上がっている。何かを隠しているみたい。

覗き込んでタオルを掴んだ。上に引っ張れば、重さを感じてバサリと落ちる音。見れば本があった。薄いノートみたいなのと、「よいこのまほう」と書かれた本と、金細工の装飾と小さな宝石が付いたハードカバーの本。目当ての魔導書だ!


「・・・よっ、と」


手を伸ばして魔導書と、上に重なるようにあった本二冊も取った。タオルが上にあったことで埃も汚れもない。大事なものだからしっかり抱えてベッドに座る。


「・・・駄目だ、読めない」


魔導書を開いてみたけど、魔法文字っていうの?この国の言語じゃない不思議な文字で書かれていて全く読めそうになかった。誰が解読する人もいないし、これは使えない。

気持ちが落ち込む。他の本も「よいこのまほう」は私が畑で使った児童向けの教科書で、ああ、その初版本なのね。内容にも変わりはない。あと一冊も・・・あれ?


「これ魔法関連の本じゃない、日記だ」


表題もないノートを開けば、日付と文章が書いてあった。綺麗な文字で、とても読みやすそうだけど、


「これ、お祖母様の日記よね」


読んでしまおうかと好奇心が刺激される。罪悪感もあったけれど、一行目が目に入ったら日記の内容から目が離せなくなってしまった。




───・・・二月八日。

気持ちを落ち着けるために日記を書こうと思う。物事を整理するには書くことが一番っていう母さんからの受け売り。

あたしは父さんの手伝いで魔法関連の道具を配達中に拐われた。多分拐われて三日は経っている。拐ったのは父さんの店でいつも見かけていたお客さん。綺麗な顔をしているし、高そうな服を着ているから覚えていた。

何者かまでは分からないけど、ここで暮らすように言われた。意味が分からない。人身売買の商人だったの?


家に帰りたい。今思うことはそれだけ・・・───。




「なに、これ・・・」


置いてあった場所から王子のお祖母様の日記だと思っていた。でも、読んでみれば誘拐された女の子の日記。落ち着こうと必死だったと分かる。文字が少し震えていた。

これは、どういうこと?この女の子が王子のお祖母様なら、内容が王子の話と噛み合わない。

先を読んでみよう。王子のお祖母様とは無関係・・・それはそれで別の事件の手記になるけど、無関係だと確信を持ちたかった。



───・・・二月九日。

あたしを拐ったのは王子らしい。本人から説明された。最初は信じられなかったけど、王家の証である紋章を見せられた。本当に王子様だった。身なりも顔もいいから上流階級の人間だとは思っていたけど、王子様が何で平民のあたしを拐ったの?

何か、不敬に当たる行為でもした?そんなことはしてない。あたしは普通に暮らしていただけ。

ただ、実は一度だけ店で話しかけられたのを無視した記憶がある。手伝いで忙しかったから故意に無視しちゃった。それが不敬に当たった?


聞いても答えてくれない。言ってくるのは不便はないかってだけ。不便に決まってる。こんな石の家に閉じ込められて、会いに来るのは王子様だけなんだから。

どうやったら家に帰れる?父さんも母さんも心配しているはず。家に帰りたい・・・───。




───・・・二月十日。

王子様から告白をされた。あたしのことが好きだから恋人になって欲しいって言われた。

意味が分からない。こんなところに閉じ込めてる男と恋人になれる?王子様だろうと願い下げよ。

きっぱり断ったら睨まれた。何でそっちが怒るの?怒りたいのはあたしよ。早く家に帰してほしい。


ずっと同じ部屋にいるから息も詰まる。王子様がいないお昼くらいに部屋から出ようとしても、ドアに兵隊がいて出してくれない。まるで囚人。あの王子様は恋人とか言ってくるけどあたしは囚人よ・・・───。




「やっぱり、この日記の持ち主はお祖母様。恋愛じゃなかったんだ。私と同じように連れ拐われて閉じ込められた・・・」


セルジュ王子が語った愛の物語は偽り。ゲームでも真実はこっちなのかな?流石にこのエピソードは詳しく語られなかったから分からないけど、私が生まれ変わる前の話だからゲームも同じなんだろう。裏設定って感じ。

王子のお祖母様も、お祖父様の身勝手な愛の犠牲者。でも、二人は結婚したから最終的にはお祖母様にも愛が芽生えたの?




───・・・二月十一日。

部屋から出られた。父さんに渡された配達品の中に存在が消えるとかいうマントがあったから、兵隊の交代時間を見計らってマントを着て出てみた。物音を立てなければ誰も気付かなかった。あたしを閉じ込めている石の家を探ってみたけど、ここは家じゃなくて砦。兵隊も十人以上いるし、武器庫みたいな部屋もあった。鉄格子のかかった窓から外を覗いてみたら、高い石の塀もある。


どうしてこんな砦に閉じ込められているんだろう。王子様に聞いてみたいけど、まだ来ない。夜になるとやってくるから、それまで待たないと。

ああ、話し相手も王子様だけだから気が滅入る。あの人、話はできるけど通じない。家に帰してって何度も訴えても帰してくれない・・・───。




───・・・二月十二日。

最悪なことに昨日の探索がバレていて、持っていたマジックアイテムを取られた。存在を消せるマントも、薬品も没収。魔法が発動できるスクロールなんて破り捨てられた。使われたら困るとか王子は言っていたけど、商品だから使わないでいたことが馬鹿みたい。さっさと使って壁に穴を開けてやれば良かった。こんな砦なんて壊してやれば良かった。


手元に残ったのは、読めない魔導書と最近作成された児童用の魔法の教科書だけ。魔導書は使えないけど、教科書は使えるかも。砦を破壊するためじゃなくて、砦から逃げるために。基礎しか書いてないけど、それをヒントにして応用すればいい。魔法はイメージ。思ったことが実現される。あたしは絶対にこの砦から逃げてやる。


あと、王子からあたしを妻にするとかフザけたこと言われたから無視した。頭おかしいんじゃないの?自分が話の通じない監禁男って分かってないんだ。犯罪者って自覚がなさすぎる。

あんな奴の思い通りには絶対にならない・・・───。 




この記述のあとには魔法の応用について書いてある。これ、この方法はいいかもしれない。魔法の教科書も読み込んでみよう。しっかりと基礎が出来上がれば、私でも扱える・・・あ、まだ日記に先がある。




───・・・怖い




「え?」


一ページを捲っただけで日記の雰囲気がガラリと変わった。ミミズが這ったように綴られている単語のみ。

たった一ページでお祖母様の様子が変わってしまっている。何があったの?




───・・・あの人がくる




───・・・夜がこわい、あの人は夜にくる




───・・・苦しい、たすけて




───・・・父さん、母さん、たすけて




───・・・いまはよる?もうわからない




段々、読み取ることができないほど文字が震えている。お祖母様の精神状態がおかしくなっていると分かった。誰かに、お祖父様に何かをされたの?それが怖くて精神が磨り減って、




───・・・子供ができた、もう逃げられない




「!!」


ページを捲ってすぐに目に入った言葉。衝撃に喉が引きつって、心臓が握られた感覚があった。胸が苦しい。一人の女性の絶望を、文章とはいえ目の当たりにした。

王子のお祖母様はお祖父様に、毎日・・・考えたくないけど、犯されて苦しんでいた。精神が磨り減っていって、それでも文字を綴って、子供が出来たことで完全に絶望した。思い通りにならないと頑張っていたのに、結局はお祖父様の思惑通り。

二人は結婚した。平民出身のお祖母様は王妃になって四人の子供を生んでいる。お城に飾られていた絵画で在りし日の家族の様子を見たことがあるけど、絵の中のお祖母様はとても幸せそうに笑っていた。だけど、あれは真実じゃなかった。

一度会ったときの仲睦まじい様子も思い起こせば、お祖父様がお祖母様を抱き寄せて、従えさせていた。


「無理矢理だった・・・」


心臓がドクドク脈打つ。痛いほど鼓動を繰り返してる。

だって、お祖母様と私は同じ。おかしな王子に捕まって、閉じ込められて、愛を語られた。まったく同じ状況になっている。お祖母様の強いられたことを私も強いられる。

この日記に書かれているのは私の未来そのもの。


このままだと、私もセルジュ王子の子供を身篭る。時期国王の子供。次代の王の母親になる。どんな女であれ王の生母は蔑ろにされない、捨て置かれない。立場から王子が国王になれば、その伴侶として側に寄り添う人生を送ることになる。

セルジュ王子の宣言通り、逃されない。

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