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流れ変わってきたな・・・。
殺人・人体切断描写があります。苦手な方はご注意ください。
頑張ろうというか、上手く立ち回らないとって決意。それは空回り終わった。
体が熱い。頭も痛いし、節々が痛い。ぼんやりする思考と視界に、お父様とお兄様の貶んだ顔が映ってる・・・分かります。情けないですよね、私。帰郷と同時に発熱でダウンするなんて。情けない、自己管理が出来てなかった・・・。
「全く、自己管理も出来ないのか・・・かなり熱いな。薬湯を用意しろ」
「はい」
お父様の手が私の額に触れる。冷たくて気持ちいい。このままずっと触っていてほしいって思っちゃう。
多分、グラン家の屋敷に到着間近で発熱が始まった気がする。その辺りからぼんやりしていて、トーマが心配そうに声をかけてくれて、それでお父様達の蔑みの目に晒されてる。ここは元自室で合ってます?ベッドは私の?農村のベッドより大きくてシーツがスベスベしている・・・。
「はぁ・・・ぁっ・・・」
「何かの感染症で発熱したのか?」
「いや、疲れだろう。庭で土いじりをしていると報告を受けていたからな。トーマ、これが何のつもりで土遊びをしていたのか理由を聞こうか」
「・・・別に、ただの趣味だぜ。責められるようなことはしてねぇよ」
「お前がきちんと見ていないからリスベットが体調を崩したのだ」
お兄様とトーマが何か言ってる。お兄様の声は怒ってるときの声・・・ああ、怒られてるんだ、私。
「ごめん、なさい・・・」
「お前を叱ってるわけではない。薬湯が来たぞ、残さず飲め・・・お前達も喧嘩をするな。リスベットが勘違いをしたではないか」
お父様の手が離れてしまった。冷たくて気持ち良かったのに・・・ああ、薬?この薬のお湯を飲めばいいの?あ、トーマが起き上がらせてくれた。ごめんなさい、いつもありがとう。
「ありが、と・・・ございます」
「俺のことはいいから薬を飲んでください。ほら、口を開けて・・・いい子だ、いい子」
「甘やかすな」
「うるせぇな、俺の勝手だろうが」
「喧嘩をするなと言っている」
何かまた皆が言ってるけど、薬が苦くてよく分からない。でも、口から食道までスーッてした。不快感は無くてすっきりする。
飲み終わったらトーマはゆっくりと私をベッドに寝かしてくれた。ブランケットも羽毛入りでふかふかの掛け布団もしっかりかけ直してくれる。なんて優しいの、本当にいい人。
「農民の真似事をして遊んでいたようだが、そこまでしろとは言ってない。お前はどこまでも私の考えから逸脱する困った娘だ」
「ごめんな、さ・・・おとう、さま・・・」
「謝る必要はない。お前に必要なのは休息だ。『聖魔祭』に出席はできないな。このまま全快するまで休め。熱が引くまでは部屋からも出るな」
「はい、ありが、と・・・ござ、います・・・」
ぼんやりとした視界の中、お父様が離れていく。お兄様は私を睨んで・・・私の頭の上辺りを睨みつけてる。ああ、トーマがその位置にいるんだ。
「アシュレイ」
「はい、今すぐに・・・看病をしたいのならきちんと面倒をみろ。何をしでかすか分からないから目を離すな」
「いちいち指図をすんな、お前は俺の兄ちゃんか」
「アシュレイ、トーマ」
お父様の声が響くと二人の声も聞こえなくなって、ドアの開閉音が聞こえた。
私の周りには誰も、いや、トーマがいる。冷たいタオルで熱い顔を拭いていてくれてる。
「ありがとう、ございます・・・」
「さっきから同じことばっかり言ってますよ。頭がぼんやりしてるんでしょ?無理に言わなくていい、休むことが最優先です」
「こんなときに、ねつをだして」
「しゃべらなくていいんだって、頼むから寝てくれ」
「はい・・・」
本当に自分が情けないと思う。そして、これはチャンスでもある。私は動けない。聖魔祭に行かずに済んだ。あとは、この人を聖魔祭に向かわせるだけ。
「あの、ねるまえに、おねがい・・・あります・・・」
「んー、なんですか?」
額にタオルが当てられる。お父様の手と同じくらい冷たくて気持ちいい。
「キャンディ、たべたいです・・・せいまさいの、とき・・・ようがしのおみせで、だすキャンディ」
「キャンディ・・・ああ、あの宝石みたいな飴玉か。お嬢はあれが大好きだもんな」
トーマが顔を覗き込んできた。優しい顔の優しい目は昔を懐かしそうに思っているよう。
「好きすぎて護衛も付けずに一人で勝手に買いに行ったことありましたよね。あのときは俺が気付いたからいいものの、危うく誘拐されかけた。始末が大変だったからよく覚えてますよ」
何年か前の聖魔祭の日。どうしてもキャンディが食べたくて一人で買いに行った。道中、馬車から出てきた男の人に馬車へと引きずり込まれそうになったけど、追いかけてきたトーマが助けてくれた。彼がいなかったら私はどうなっていたか分からない。
一人なら誰にも迷惑かけないって思ったけど、すぐに浅はかな行動だったって反省をしている。だから、それを思い出すのは止めてほしい。
「あの、わたしのしっぱいだんは、いいので・・・キャンディ・・・」
「分かってます。使用人に頼んで」
「いえ、トーマが、あなたじゃないと、わたしのすきな、あじ・・・わからないから・・・おねがい、キャンディ・・・」
「・・・」
絶対にトーマに行ってもらわないと困る。キャンディを売っている洋菓子店がヒロインとの出会いの場所。私から彼を引き離すチャンスはこのときしかない。
だから、話すのも苦しかったけど必死に伝えた。聞いていたトーマは眉間に皺を寄せていたけど、見つめていたら溜息を漏らして表情を和らげた。
「仕方ないですね、可愛いお嬢にワガママを言われたのなら叶えるしかねぇや・・・行ってきます。ただ、俺が帰ってくるまで大人しく寝ててくださいよ」
「はい、おねがいします・・・」
トーマが私から離れていく。霞む視界からは見えないけど、ドアの開閉音が聞こえた。行ってくれた。私の願いを聞き入れて聖魔祭に行ってくれた。これで、一安心。
セルジュ王子は分からないけど、公務だから必ず参加する。お兄様も向かった。トーマも、ゲームの攻略キャラ全員が聖魔祭に参加した。彼らは私を置き去りにしてヒロインと出会う。ヒロインとの恋の物語を始める。関わりがない私は、このままなら無事に生き残れる。
良かった、やっと・・・ここまで・・・ああ、安心したら、眠くて・・・───。
「お・・・様、お嬢・・・お嬢様」
誰かが私を呼んでいる。次第に大きく聞こえてくる声に意識が引き戻された。ぱっちりと目も開けてしまう。
「・・・」
ぐっすりと寝ていたみたい。寝る前に飲んだ薬のおかげか、熱が下がっている。ふわふわした感覚もないし、意識もしっかりしていた。体が汗でベタベタするのが不快ってくらい。
「お嬢様、お休み中に申し訳ございません。起きていらっしゃいますか?」
ドアの向こうからメイドさんの声がする。聞き覚えのあるその声から、顔が浮かぶほど古参で馴染みのあるメイドさんって分かるけど、なぜか切羽詰まった声色だった。何かあったのかな?
汗をかいた体で人に会うのは嫌だけど、急ぎの用事だと思うから対応しないと。
ベッドから降りたらちょっと立ち眩みがした。でも、頭を抑えながら歩いてドアの前に立つ。
「今、開けます」
メイドさんがぶつからないように声をかけて、ドアを押し開いた。
古くからグラン家に務めている彼女は真正面に立っていた。引き攣った顔で、涙を浮かべながら、祈るように両手を組んで私を見ていた。
「どうかしたのですか?」
様子のおかしさから声をかければ、
「ご、ごめんなさいお嬢様、私まだ死にたく、死に」
口から赤いものを吹き出して、頭がコロリと落ちる。頭があった首からは真っ赤なものが噴き出して、赤に染まっていく。死んだ、目の前で頭が落ちて死んだ。なんで、どうして、死んだ?何が?
「えぇっ、なに」
やっと声が出た。目の前で突然起きたことに胸が痛くて、苦しくて、誰かいる。メイドさんの体が倒れてその後ろに誰か、黒い装束の黒いフード、アサシン!アサシンがいる!
「リスベット様、御身に触れるご無礼をお許しください」
アサシンが何で、トーマ!?く、苦しい!口を、薬品の匂いが・・・くらくらする・・・ああ、落ちそう・・・───。