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でも、トーマが無事で安心した。息を漏らせば、彼の胸ポケットがモゴモゴ動き出して・・・モフ?
そう思った瞬間、モフがポケットから勢いよく顔を出す。彼の胸から腕を駆け、私の肩に飛び移ると、首筋にもふもふの体を擦り付けてきた。ああ、この子も無事で良かった。強制的にリンクが切れたから最悪、死んでしまったのかと・・・こんなにくっ付いてきて。怖かったのね。
丸まっている背中を指で撫でる。モフは私の側にいるのが安心するみたいで、少しも動かなくなってしまった。
小さくとも魔法で生み出した子がこれほど怖がるなんて。議会室でどんなことが・・・いや、そういえばお父様とお兄様は?カタリーナ様も心配だし、他にも沢山の人がいた。
「あの」
私の額に唇を当てて抱き締めていたトーマを見上げる。
声に反応した彼は優しい眼差しを向けてくれた。
「審問の場で何が起こったのですか?私が知っているのは、王城を破壊して闇の巨人が出現したこと・・・その前に、屋敷の結界が崩壊しました。発動者であるお父様の身に、その、何か起きたのですか?」
事実を知るのが怖くて、恐る恐る聞いてしまう。
結界の持続ができないほどのことがお父様に起こった。崩壊前に呻き声がして、女の人の悲鳴が聞こえたから、最悪の結果を推測してしまう。
もしかして、王子の攻撃を受けたことで死んで、
「ああ、あれか。ワイマールが親父さんを短剣で刺した。結構深く突き刺さったみたいでな。怪我の痛みから結界の維持ができなかったんだろ」
「ええっ?ワ、なっ、ワイマール公がなぜお父様を!?いえ、それよりもお父様は、お父様はご無事なのですか!!?」
血の気が引くのが分かる。状況が理解できないし、安否が不明で胸が痛くなって。それなのに、この人は淡々と答えるし!
「刺された瞬間は俺も気が動転しそうだったが、親父さん自らがワイマールをぶん殴って引き離したんだ。躊躇もなく短剣も引き抜くと回復魔法で瞬時に治していたぜ」
「は?」
え、何?お父様は、その・・・自分に起きた襲撃やら負傷やらを全部自分で対処したってこと?苦しみもせず、慌てもせずに淡々にこなして復活。いや、意識すら失ってないんだから復活は間違いか。誰の手も煩わせずに冷静に対処して生還した・・・化け物かな?
トーマだって「ありゃいい角度と威力だったなぁ。肉弾戦もできるんじゃねーの、あの人」とか遠い目をしながら言っている。化け物みたいな人に化け物って思われてるじゃん。
このままだとお父様の超人っぷりにしか意識がいかなくなりそうだから別のことを・・・そうだ!
「なぜ、ワイマール公はお父様に危害を加えたのでしょう?」
ワイマール公がお父様を襲撃する理由が分からない。よく知らない人だったし。何かしらの思惑はあったんだろうけど、あの場で刺殺しようとするとか意味が分からない。
場を混乱させるだけで・・・もしかして、場を混乱させようとした?
「理由は知らねぇが、クソ王子とは繋がっていたんだろうな。ワイマールが親父さんを刺したことで、議会室にいた全員の意識が王子からそれた。その瞬間、あの野郎は風の魔法あたりを発動させたんだろ。部屋を破壊して、中にいた連中の体を切り刻んだ。すぐにアシュレイが魔法防御の結界を展開したようだが、怪我人の数は多い。何人かは殺られたし、国王なんざ大怪我を負っていた。魔法の直撃を受けていたからな。治癒が間に合わなければ、二度と立てない体になるだろうぜ」
「僅かに意識がそれただけでもそのような被害が・・・」
「魔法に関しては親父さんとアシュレイに勝てる奴はいない。あの二人はその場にあるマナを制御できるからな。王子が発動させようが無効化だ。そんな二人の動きを封じちまえば、大惨事になるような魔法を使えるようになる。それで議会室を破壊して俺達の隙を突き、あのデケーのを喚び出して王城すらもぶっ壊しやがった。そんなクソ王子が有利になるようにしたのはワイマールだ。だから、あの野郎は王子と繋がっていると分かる。これから尋問を受けるだろうし、理由も分かるだろ」
「そうですね・・・」
あの闇の巨人をどうやって喚び出せたのか分かった。お父様も無事で良かったけど・・・いや、召喚者が意識を失っているとはいえ、巨人のことは放置できないんじゃ?
「巨人は?」
思ったことが口に出てしまう。
トーマは私の頭に触れると、指をくしのように髪に絡めながら撫で始める。
「無責任に飛び出してきたと思うなよ。大丈夫だからな・・・万全の状態になった親父さんとアシュレイ、あの場にいた実力者多数、城の兵士と魔法使い達。あと、ほら、ウィザードの姉ちゃんがやって来たからな。あの人らに任せて問題ないって判断した。俺は皆と仲良く戦ってる場合じゃないんでね」
また額に唇が当たる。
私が大事だと表すように彼の両手にしっかり抱かれた。
「巨人が出現してすぐにクソ王子がいなくなったからな。どこに行くかなんざ分かりきっていた。あの巨人は囮に過ぎない。目的の女を手に入れるために喚び出したんだ・・・絶対に渡すわけにはいかねぇ」
「・・・ありがとうございます」
私を優先してくれたことが嬉しい。本当に、他の誰でもない私だけを愛してくれている。
「まあ、任せて正解だったみたいだしな・・・外の騒ぎが収まりつつある。闇の兵隊みたいな奴等も鎮圧されたみたいだぜ。つーことは、巨人もくたばったか?」
そうだと思う。
争いの様子はなく、破壊音も一切しない。悲鳴も怒号も聞こえなくて、僅かに届くのは歓声。短いながらも喜びの声が聞こえる。
うーん・・・喜ばしいんだけど、何だろう。虚しいっていうか、少し暗く考えてしまう。王城でラスボス戦みたいなことが起こっていたのに、私には参加資格すらないって思っちゃった。
その場にいなかったからじゃない。実力と人間性からそう思ってしまう。リスベットは悪役令嬢でもメインキャラだけど、私自身はただのモブ。頑張って魔法を覚えてはいた。それはつまり、その程度の人間でしかない。そう自覚してしまった。
真のラスボスみたいなセルジュ王子に迫られてはいたけど、それはあの人の女性の趣味が私と合致しただけで・・・ああ、どんどん気が沈んでいくから止めよう。
闇の巨人も眷属も倒された。召喚者の王子も気絶している。
これ以上は被害は出ない。国が滅ぶようなこともない!それでよし!
解決した!と思ってすぐ、疑問が浮かぶ。
私がセルジュ王子にかけたのは忘却の魔法。その効力に気絶なんてない。なのに、あの人はどうして気絶しているんだろう?
トーマを見上げる。彼の顔は倒れ伏している王子に向かい、刺すような鋭い目付きをしていた。
「俺が床に叩き付けたから気を失った・・・わけじゃねぇな?何をしたんだ?」
視線が私に戻る。瞬間、視線の鋭さはなくなった。
ただ顔は無表情に近い。少し目が細められているから、答えを知りたそうに見えた。
まあ、私も気絶している理由は分からないんだけど。
「セルジュ王子には忘却の魔法をかけました」
「忘却?」
「ふと思い付いたのです。彼の行動の根幹には、私に対する執着心があります。私を得ようと犯罪に手を染め、国を滅ぼしかねない暴挙を行った。ですから、行動理由である私のことを忘れれば、セルジュ王子は落ち着いてくれると思いました。そして、実行したことで確かに忘却の魔法の効力はあったと感じています。ただ、なぜ気絶をしたのか分かりません。私がかけたのは忘却なのに・・・」
「こえー女」
「え?」
不思議に思っていたら何か怖がられたみたいなんだけど・・・あ、顔が引きつってる。恐怖っていうか、ドン引きしてない?何で?
「惚れている女の記憶を失わせるとか怖い以外の感想はないだろ?あの野郎にとってお前は唯一の存在。犯罪者になっても手に入れたかった女なんだ。その女が自分の中から失われる。それは存在理由の消失だ・・・あの野郎の脳みそが混乱して自我が保てなくなったんじゃねぇかな。だから意識を失ったんだ」
「なぜ、そこまでセルジュ王子の心境が分かるのですか?」
いくら察しがいいからって、そこまで分かるのは普通じゃない。
「俺とクソ王子は考え方が同じだからだ。王子がお前にしたことを俺だって考えたことがある。行動に移さなかっただけで同族なんだ。だから、胸糞わりーがクソ王子の心境も感情もよく理解できる」
ああ、そういう・・・理解を示さないほうがいいよね。同族嫌悪を抱いてるんだし。
「頼むから俺には忘却の魔法なんかかけるなよ・・・」
黙っていたら、トーマは私の額や頬をキスしながら唇でなぞってきた。懇願をされている気がする。
「あなたに忘れられたら私のほうが辛く思います」
「絶対に使わないってことだな?よかった、よかった・・・」
彼の口調は軽いけど、短く息を吐いたから安心したみたい。ああ、顔も緩んでる・・・と、思ったら倒れ伏している王子にまた鋭い視線を向ける。
「さて、色々と被害は出ただろうが、あのクソはどうなるかねー?死罪・・・にはならねぇか。あの王家が直系である現国王の嫡子を殺すはずがない。俺としては今すぐに首を切り落としたほうがいいと思うが・・・」
「ご褒美」
それだけ言って首を振った。
人の死なんて二度と見たくない。老いたことで寿命が訪れたのならともかく、突然命を立たれるなんて苦しいだろうと考えてしまう。
例え、それがセルジュ王子でも同じ。痛みと苦しみを感じながら死ぬのは嫌。絶望を与えられて魂すら安らげない。
「変に約束するんじゃなかったなぁ。ベッドに連れて行けば俺が主導権を握れるのによ」
「こ、こんなときに何を!変なことを言わないでください!い、今はセルジュ王子の身柄の引き渡しをしなければ!いつまでも床に寝かせたままではいけません」
「目が覚めてお前を見たら、一気に記憶が戻りそうだしな」
「それはあり得ません」
私がかけたのは強力な忘却の魔法。しかも永遠という言葉を組み込んだ。
セルジュ王子が目覚めて私を見たとしても、私のことが分からない。記憶から私自身を喪失したから、彼にとって私は初対面の人。あの本性を考えれば、路傍の石くらいの存在に成り下がってるはず。興味ないから無視されるんじゃない?
「私のことなんて誰かも分かりません。あの心根から何者だろうとも思われないでしょう。グラン家の屋敷にいることを混乱しても、私など無いものと扱われると思います」
「いいや、それはない。あの野郎はお前のことをすぐに思い出す。人の心つーのは複雑にできているんだぜ?どんな強力な魔法をかけようが、狂った行動に出るほど強く想った女を忘れられるわけがない」
「・・・その、同族だから分かるのですか?」
どうやっても言葉を濁せないから、きっぱり言うしかなかった。案の定、トーマは不機嫌そうに顔をしかめて、しっかりと頷く。
「やっぱりクソ王子は殺すべきだ。生きてる限りお前に付き纏う。言い切れる・・・俺がそうだからな。お前を目にしなくても、何かのきっかけで絶対に思い出す。お前は、自分の存在がどれだけ俺達にとってデカいか考えたほうがいい。俺もクソ王子も狂っている原因はお前にある」
そうとう重い感情を持たれていた。トーマは嫌なはずなのに、自分と王子を一括りにするほど私のことを想っていると言っている。
「王子がお前を思い出した瞬間、また破滅が始まる。野郎はお前を手に入れようと再び闇の勢力を喚び寄せるだろうな。今以上の被害が出るのは確実だぜ」
・・・私のことを忘れてもらうだけじゃ駄目だった。彼の言葉に確信を与えられる。
でも、どうすればいいの?セルジュ王子でも死んでほしくはないし、かと言ってこのままだと私のことを思い出してしまう。
ああ、頭が混乱していく。忘却の魔法で王子と完全にお別れ。この国も無事。平和になったことで、生まれ変わったかのように農村で・・・まって、生まれ変わる?生まれ変わる・・・私じゃない、また別の誰かに。
「つまり、私が死ねばいいのでは?」
「はぁ?」
思い付いて言葉に漏らしちゃった。
妙な言い方だったからトーマは声を上げて、信じられないものを見るように私を見る。
でも、これは妙案だと思う。妙って付いてるけど、言葉としても間違ってない。
セルジュ王子と完全にお別れするためには、私が死ぬしかない・・・───。
───・・・セルジュ王子が闇の巨人を喚び出して国を滅ぼそうとした。世間では、そういう話に纏められて流布された。
王家の衛士に捕らえられた王子は、破滅の力を持ってしまった「魔王」ということで、国の僻地にある牢獄に繋がれた。その程度の処罰を与えただけの王家には、国民だけではなく貴族からも不信の声が上がる。
何百人も殺された、何千人もの負傷者が出た。その加害者たるセルジュ王子がただの投獄で許されるべきではない、と。
でも、彼には力がなかった。気絶状態から目を覚ました王子は言葉も意志も示さなかった。ただぼんやりとしているだけ。感情もなく、気力もなく、呼吸をしているだけだった。
ただ生きているだけで何もできなくなった彼は、心を失ったと診断された。もう国を滅ぼそうとした「魔王」の側面すらない。
大切なものを失ったんだと皆が言っていた。それが何かなんて殆どの人は知らない。セルジュ王子が失ったのは想い人。力の暴走で愛する人を自らの手で殺め、肉体すら残さずに消してしまった。
知っている人達がそう言っている。それが真実だと口を揃えた。
あのあと、変わったのはセルジュ王子だけじゃない。
王子の父親であるセドリック国王は、議会室を破壊した魔法の直撃を受けて体を切り刻まれた。そのあと起きた戦いのせいで治癒も間に合わなかったから半身を喪失。立つことも歩くこともできなくなり、事実に心も弱ったことで退位を表明した。彼は息子のいる牢獄の側にある町に隠居をするらしい。
代わりに王位についたのは王弟クラウス。でも、彼は長く在位をするつもりはなかった。息子のアンリ王子が成人を迎えれば王位を譲ると表明。大人しくも温和なアンリ王子は、闇の巨人を討伐したウィザードの少女を婚約者として迎えていた。
討伐の英雄を妃に据える優しい王子に、国民は期待を寄せ始める。クラウス国王の治世も悪いものじゃなかった。国と民に繁栄をと、私財を使って福利厚生に力を注ぐ。
王家に懐疑的になっていた国民に再び受け入れてもらえるように。そういう思惑があると分かるけど、そんな国王は段々と受け入れられていった。
グラン家とローランド家が王家と協力して復興に尽力したのも大きいと思う。国の上層部は蟠りなく、協力関係にあるって示せていた。
ローランド家のカタリーナ様は、奇跡的に怪我もなく後継者のご子息も無事だった。今までと変わらずに責務を全うして国に仕えている。司る部門だけに落ちぶれもしない。ローランド家は国と共に有り続けるだろう。
ラルゴ家は、当主のコーネリアスが王家と癒着関係にあることを責められた。清廉でいようとするクラウス国王に代替わりしたことで関係も希薄になってしまい、議会室に居合わせた後継者も酷い怪我を負って当主を継ぐことができなくなった。
お孫さんがいるから、その子が育つまで当主を続けるらしいけど、四大貴族の中ではかなり立場が弱くなっている。発言権の弱体は、あの貴族社会において厳しい状況に置かれることになるだろう。
それは、ワイマール家も変わらない。当主だったゲオルグ・ワイマールがお父様、テオドール・グランの殺人未遂を起こしたことで投獄された。
日頃から、人が求める全てを手に入れていると妬んでいたらしい。その負の感情をセルジュ王子に利用された・・・そんな話は内緒だからここまで。
とにかく、ワイマール家は当主を失ったことで弱体化。何とか持ち直そうとゲオルグの妹を当主に据えて、懸命に職務に従事ている。妹さんは何度か会って、お話もしたことがあるからどんな人が知っている。ゲオルグとは真逆な人。気さくで明るくて、貴族っていうよりは商人みたい。その人が何とか立て直そうとしているからワイマール家も没落はしないだろう。
あの反乱で一番被害を受けたのはグラン家。でも、今や勢いは凄まじい。元々、他の四大貴族とは一線を画していたけど更に力を増した。
闇の巨人討伐の立役者、壊滅しかけた王都の復興。しかもアンリ王子自身が時期当主のお兄様を頼っていることで、相談役みたいになっている。癒着とは言われない程度に。発言を求めては話し合うという同志みたいな間柄。
距離のとり方が上手いから、やっぱりグラン家は他と違うって分かる。
お父様が隠居を視野にいれたことで、お兄様は次代の当主として更に仕事が増えていった。
闇の巨人討伐してすぐに、恋人のソニアさんが妊娠していると分かったから、跡継ぎ問題も解決している。
お金に糸目をつけない結婚式は凄かった、そんな思い出しかない。あと、幸せそうなソニアさん・・・ソニアお姉様が最高に綺麗だったからいいか。
ここまで色々あったけど、これはもう私には関係ない話。
セルジュ王子の想い人・リスベットは死んでしまった。王子に殺されてしまった。今は一族の墓所に名前が刻まれてた悲劇の令嬢。
この世界からリスベットはいなくなってしまった・・・───。
次話で終わりになります。




