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『バルデルは僕に私怨があるようだ。先日の襲撃も、被害者である僕の視点からすればバルデルのアサシンだった。どうやら、その男は僕を苦しめてから殺したかったらしいけど、バルデル。君の意見が聞きたいな。襲撃者はバルデルのアサシンだと思うかい?』
『セルジュ王子は生存された。その時点で襲撃者は当家のアサシンではない。それが何よりの証拠だ。言いがかりは止めてもらえないか』
『そうかな?・・・フフッ、まあ、いいだろう。この審問は僕に対するものだ』
セルジュ王子にトーマは煽られたけど乗らなかった。ここでボロを出せないと理性が働いたみたいで、冷静に対処してくれた。
でも、聞くことしか出来ない私からすれば楽しそうに言う王子が場違いで不気味すぎる。あまりに怒りすぎて感情がおかしくなったの?
『僕の護衛だったアサシンの消息なんて知らない。勿論、殺してもいない。気が付いたらいなくなっていたんだ・・・これは僕の推測だけど、当主に思うところがあって蒸発したんじゃないか?君は随分と軽薄な男だと見受けられる』
今のトーマの雰囲気からは結び付かない評価に皆がざわつく。王子の見解がおかしいと感じているみたい。中にはバルデルの素顔を知っているのかと探る人達の声も聞こえる。
注目の的になった彼自身は舌打ちをしていた。部下を殺した相手にからかい混じりの言葉を投げられたから、かなり腹立たしく思っている。
どうなるんだろう。ハラハラしたらお父様の声が皆を制した。
『蒸発ですか、アサシン達の特性を思えば考えられぬことです。彼らは雇い主、そして頭領であるバルデルに忠実です。はっきり申し上げますが有り得ません』
『・・・では、別の見解を示そうか。聖魔祭の日、僕の護衛だったアサシン達がグラン家襲撃とリスベットの誘拐をしたのは事実だったとしよう。彼らはバルデルに忠実だから僕の護衛の任から降りて、当主から命じられた襲撃と誘拐を為したんだ』
『所詮はあなたの憶測でしょうが、一応聞かせていただく。なぜバルデルが襲撃と誘拐の命を下すと思われるのか?』
『グラン公、あなたに命じられたからだ。自らの従者達を惨殺させて被害者となり、リスベットを誘拐することで悲劇の令嬢を作り上げる。世間には自分達は僕を含めた王家から迫害された存在だと知らしめて、僕らを貶めようとした』
『ラルゴ公と同じ見解をお持ちということか』
『確信はなかったが、この審問の場ではっきりした。僕を見るあなたの目は犯罪者を見る目だ。僕のことを罪人に仕立て上げたいんだろう?』
『あなたの思惑は理解した。どうしても我々グラン家と争いたいらしい』
・・・お父様が怒ってらっしゃる。この淡々とした言い淀みの一切ない物言いは激怒している。最後に言い放った言葉だって要は「売られた喧嘩は買う」ってことだもん。
このままだと内乱に発展しそうだけど大丈夫なの?お父様の冷静さに賭けるしかない。
気持ちに押されて両手を組んで祈る。そうしたら、チュピがその上に乗って見つめてきた。可愛い・・・いや、和んでる場合じゃないわ!
『かわいそうなのはリスベットだ』
え、私の話題?セルジュ王子がどこか苦しそうに言葉を発した。
『傲慢な父親とそこにいる冷淡な兄に利用されている。もはやグラン家の令嬢ではなく平民へと落とされたというのに、僕を貶めるための道具扱いだ。本当にかわいそうで堪らない、僕としては助けてあげたいと思っている・・・この下らない審問が終わったら彼女を引き取らせてもらおう。反逆者のグラン家には置いておけない』
ぜっっったい嫌ですけど!!?
何を言い出すの、この王子!?この人のところに連れて行かれたら、もう色んな意味で絶望しかない!!
『妄言は止めていただきたいものだ。あなただけにはリスベットを渡さない』
力強く言われた。お父様は私を守ろうとしてくれる。
それなのにセルジュ王子は喉を鳴らして笑って、周囲の喧騒は大きくなる。
『やはり王家とグランはリスベット嬢のことで争っているのか』
『トライアでのこともある。怨嗟は根深いのでは?』
私が逃げ延びた田舎の街トライア。そこでトーマとお兄様が王子と諍いを起こした。
思い起こせば、震えた声が言葉を発する。
『お、お聞きしたいことがございます。田舎街のトライアでのことです。セルジュ王子殿下と、えぇ、グラン家のアシュレイ殿との諍いが生じたと、その・・・耳に入りまして』
『俗世でのお話では双方でリスベット嬢を争奪されたとなっています』
おっかなびっくりした言い方のワイマール公に、補足するようにカタリーナ様が続く。
『俗世のに左右されたか、カタリーナ。そのような話は噂話程度にすぎん。ただ、アシュレイがセルジュと争ったのは事実。どんな理由があったかなど知らぬが、たかが貴族の嫡子が時期国王たるセルジュに物申すなどと身の程を弁えよ』
この言い方は話の争点を変えようとしている?それとも、本当に思ったことを言っただけなのかな?
『知能の足りぬ物言いしかできぬのなら黙っていてもらいたいものだ』
『何だと!?どういう意味だ、テオドール!!』
思ったことを言っただけみたい。お父様がそう判断したんだから間違いない。
今度はこの二人が言い争うのかな?と思ったけど、お父様はスルーすることに徹した。喚く声を聞くつもりはないみたいだけど、国家元首を蔑ろにするなんて胆力が凄すぎる。
『セルジュ王子ばかりに質問しては皆の見解が偏るな。アシュレイ、説明をしろ』
お兄様の名前が呼ばれる。それに短い返事をすると、お兄様は椅子から立ち上がったみたいだった。
『セルジュ王子とリスベットの争奪をしたことに間違いありません。私は、リスベットの護衛とトライアにて彼女を保護しました。その場に居合わせたセルジュ王子はリスベットを求め、渡せと我々に威嚇行動をされたのです』
『セルジュがそのようなことをするはずがない!!すでに婚約破棄をした娘だぞ!!執着などあるはずもなく、威嚇行動など暴力的なことをするわけがない!!』
国王はさっき王子が言っていたことが聞こえてなかったの?執着心丸出しなこと言っていたのに・・・。
『王子の顔付きが変わった。目に見えて不機嫌になったぜ』
トライアでのことを思い出したからだろう。あのときのセルジュ王子は取り繕うことができないほど怒っていた。
あれほどは怒らなければいいけど・・・。
『リスベットを渡すように仰られたのは事実です。セルジュ王子にお聞きしてみてはいかがでしょう』
『聞いてもよろしいか?』
『・・・奪い合いなどはしていない。僕はリスベットを探していた。見つけたから保護しようとしただけだ』
『セルジュ王子殿下もリスベット嬢の捜索をされていたのですか?』
感情を抑え込もうとする声にカタリーナ様が追及をする。
『・・・そうだ、父上が決めた婚約者だったとはいえ長年親交があった女性だ。いなくなったのなら探すのが道理だろう』
『言葉を選んで言っているな』
私もトーマと同じ見解だった。
ゆっくりとした話し方から感じたけど、いなくなったという部分は別の意味で言っている。それは、王子から逃げだしたことに対して。
嘘ではない真実。でも、明るみにはできない事実だからぼかして言っている。
『リスベット嬢はアシュレイ殿所領の領民です。捜索をなさるのはともかく、アシュレイ殿と争奪をする必要はないはずです。彼には領主として保護をする責務があります』
『グラン家から除籍したことでグラン公とアシュレイは彼女を捨てたんだ。身柄を保護するに値しない』
『リスベットはグラン家の籍から外れたとはいえ、我が娘に変わりない。自分勝手な解釈での妄言は止めていただきたい』
質疑応答は私を中心にしたものに変わる。
何ていうか、本人の預かり知らない・・・いや、知っているか。関与できないところで話題になっていると思うとムズムズする。私だって自分の身に起こったことを直接言ってやりたい。このムカムカする気持ちをぶつけたい!
もっと魔法使いとして才能があれば、敵地に乗り込んでも大丈夫なのに!
ああ、今更ながら無力感をひしひしと感じてる・・・。
『テオドール、お前はセルジュに対して当りが強いぞ』
『今や重罪人という見解なのだから当然でしょう。どんな理由だったとしても許せるものではない。何よりセルジュ王子が重罪人と確定されたら、娘の心に一生消えぬ傷を負わせた男です』
『私情を挟むな!』
『・・・貴殿は考えてから発言することを心がけるべきだ。王家に仇なす者だと威嚇をするな』
言い争いが始まりそうだった。
お父様だから大丈夫だと思っていたら、別の人が声を上げる。
『殿方達はお静かに。私はセルジュ王子殿下に質問を続けたいと思います・・・よろしいですか?』
カタリーナ様の問いかけに対して静寂が答えになる。
『では、王子殿下。あなたこそがリスベット嬢を保護すべき者だとお考えですか?』
『そろそろだな・・・』
声が高揚している。どこか楽しそうにトーマは呟いた。何が「そろそろ」なんだろう?
疑問を感じたけど王子の言葉が思考を遮った。
『当然だ。勝手に婚約破棄をされたが、僕自身はリスベットを愛している。この世の誰よりも想っているんだ。僕こそが彼女を守るに相応しい。手に入れる権利がある』
何を行っているの、この人。やっぱり異常な、
『そうなりますと殺害目的ではなく、愛情からの幽閉目的で誘拐したということでは?』
お兄様の声が私の高ぶりそうだった怒りを落ち着かせる。
逆に静かだった議会室はどよめきだした。混乱、不信、嫌悪の感情が渦巻いている。
『・・・どういう意味だ?』
『先にリスベットが幽閉されていた場所を説明しましょう。彼女の証言と照らし合わせて、独断ながら捜査させていただきました』
『勝手なことを・・・』
誰かの呟きが聞こえる。小さいながらはっきり聞こえたのは、トーマに近い位置だから。でも、声が低すぎて特定はできない。
『リスベットが囚われていたのは古い砦です。トライア近郊の王家管轄地域にあります。数百年前の戦時中には用途があり、頻繁に交通もあったようですが、現代は放棄に近い状態です。人目に付かぬ僻地ですから、リスベットを幽閉するには丁度いい場所だ』
『言いがかりは止めてもらいたいな。僕が彼女と再会をしたのはトライアだ』
『そうですか。では、報告を続けます』
恐らく怒りが上昇しているはずの王子をスルーするお兄様。
やっぱりお兄様こそ最強では?
『砦内にリスベットに関する物的証拠を発見できませんでしたが、証言者がいました。砦には保全を目的として数人の兵士が詰めており、食事を提供するための料理人も勤めています。その料理人が証言をしました。彼は、貴人のために料理を作るようにと命じられたそうです。僻地の砦に貴人が訪れることなど稀ですから気になって食事を運んだところ、リスベットだと分かったそうです。セルジュ王子と共に食事をしていたとも証言しました』
『・・・なぜ、僻地勤務の料理人がリスベットのことを分かる?証言を捏造したのか?』
『以前、王城で働いていた料理人です。その当時にリスベットを目にしたそうです。彼はグラン家で確保していますので、証言をお聞きしたいのであれば呼び出せます』
『必要ない。お前が言っているのは嘘だからな』
セルジュ王子の言葉遣いが強いものに変わっている。もう凶暴な本性を上手く隠せなくなっている。
『その証言だけでは弱いと思います。料理人はグラン家で確保なさっているのですから、グラン家が望む言葉だけを命じられている可能性があります。他に証言以外の証拠はありますか?』
ないと思う。
カタリーナ様は味方みたいだけど、痛いところを付いてきた。
『証拠となるか分かりませんが、聖魔祭、つまりリスベットが誘拐された日の前後に王城仕えの兵士と使用人に異常な動きがありました』
あるの!?私ですら聞かされていなかった・・・でも、異常な動きってなんだろう?
『魔法使いを含む十二名の兵士が警備の任を解かれています。使用人は四名。全て王城の奥の館、セルジュ王子の側仕えです。記録には休暇とありますが、これほどの大人数が一度に数日も休暇を取るのは違和感があります』
『よ、よもや、セルジュ王子がリスベット嬢のために砦に派遣したと仰りたいのでしょうか?』
『私の見解ではそうなります。身近な者達ならば命令も容易い。セルジュ王子をよく知る者達でもあるので逆らうこともないでしょう。最終的な確認となりますが、王子は愛情からリスベットを得ようとして誘拐を画策。そして、邪魔となる当家の使用人達の虐殺を下し、実行したアサシン達はリスベットを誘拐後に抹殺された』
ワイマール公の質問にお兄様は淡々と答えた。言い淀みのないはっきりした言葉には力を感じる。あと、暗に王子は凶暴だって言っている。流石、お兄様。
『アシュレイ、お前は僕に恨みがあるのか?父親同様に犯罪者に仕立て上げようとしている』
『いえ、事実を申し上げているだけです。私自身はあなたに恨みなどない』
これは嘘。お兄様の声は低くて冷たい。声に感情があるからお兄様はセルジュ王子を恨んでる。
・・・わたしのこと、でいいんだよね?そうじゃなければ恨みの理由がない。
『その兵士と使用人達を呼べ!証言をさせろ!』
『それは不可能かと』
『なぜだ!国王たる私が証言を許可しようと申しているのだぞ!』
『休暇となっていた兵士と使用人の殆どがこの数日の間に死亡しています。内二名は行方不明となっており、すぐに証言に立てる者はいません』
国王とお父様の問答は恐ろしい結末が伝えられたことで途切れた。誰もが押し黙る。
私も一瞬だけ息が止まってしまう。何かが起こっていた。それが、セルジュ王子の仕業だってすぐに思い浮かんでしまった。




