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『勿体ぶられますな、どのような思惑があるのでしょうか・・・』
ラルゴ公の声が聞こえなくなったおかげで別の声を拾う。他にも聞こえる話し声は無数にあるけど、それらはBGMのようになっている。でも、その声は少し怯えた声色ながらはっきり聞こえた。モフから近い位置にいる。聞いたことのある声でモフから近いってことは四大貴族の一人のもの。
だから、ゲオルグ・ワイマールの声かな?他の四大貴族より主張をせず、気弱なのかビクビクしている。発言権がない、じゃなくて発言しようとする意思が弱い。何度か会ったことはあるけど、挨拶程度しか交わしていない。他の貴族に対して怯えがあるのか、近寄ろうともしない人だった。
そんな性格でワイマール家の当主が務まるのかと思ってしまう。でも、ワイマール公は物流や物品貨幣の管理をして、商人達をも統括していた。どこからも不満の声が上がらないから、しっかりと制御しているみたい。人は見かけによらないって分かる。
それにしても、こういう場でも気弱なのはどうんだろう。責任とか問われないのかな?
『皆、集ったようだな』
BGMのようになっていた無数の話し声が止まる。
よく通る美声が聞こえたから、その声の主が国のトップだから皆黙った。
セドリック国王陛下。国家元首で、息子であるセルジュ王子が年を取ったような顔をした美男子。だけど、ここ連日聞かされた人間性のせいで顔だけの人としか思えなくなってる。元々、私に対する態度が冷たかったから好感度なんて底辺だったけど、今やマイナスを叩き出していた。
この国王に審問を進行する能力はあるの?無理じゃない?
『クソ王は王様らしく高い壇上の席にいる。四大貴族の当主達は、その下の段の席に並んでるな。部屋の壁際を沿うように傍聴人達の席があって、アシュレイはその中。俺は王と四大貴族の壇上の下に立って控えている状態。で、クソ王子は部屋の中央。証言台の向こうに立っている・・・怪我は完治したみたいだが、凄い目付きで俺のことを睨んでるぜ』
怒ってる。
それもそうか。この前まで意識が朦朧するほど重体だったのに、容疑者として立たされているんだもん。今は何も起こしてないみたいだけど、怒りが爆発すれば何かしら仕出かす。
本当に爆弾みたいな凶暴な人。顔と所作のおかげだろうけど、よく今まで本性を隠し通していたものだわ。
『・・・今なら、両方の脳天に一撃食らわせられるな』
爆弾みたいな人はもう一人いた。モフに指示を送らないと。
(モフ、両手をクロスさせて。斜めにクロス。それをトーマに見せるの)
『・・・チビは器用だな。分かってる、殺さねぇよ。ご褒美が欲しいからな』
伝わったみたい・・・それに、トーマの求めるご褒美の効力の凄まじさが分かった。は、恥ずかしい。帰ってくるまでに覚悟を決めないといけないわ!
『これより、セルジュ・フェーヴル王子の審問を始める』
お父様の淡々とした声が聞こえた。
審問が始まる。何事もなくスムーズに進行してほしい。そして、王子は罪人だったと判決が下されて処罰を受けてほしい。私の願いはそれだけ。
『セルジュ王子は、我がグラン家を襲撃することで多くの使用人の殺害の指示と、当時病床にあった我が子リスベット・グランを誘拐した疑いがある。大量殺人示唆と誘拐、二つの罪に問われている』
『我がセルジュがそのようなことをするはずがない。セルジュは国王となる才覚と慈愛の心を持つ人格者だ。民、ましてや臣下の子女を害そうとする思想などは持ち合わせていない』
それはあなたの主観でしかない。
目の前で起こった殺人も、私自身に起こったことも全部真実。あんな恐ろしいことを捏造だと国王なんかに言われたくない。
『陛下、まだ発言は控えていただきたい。この口上はセルジュ王子に向けてのものです・・・そんなことも分からないのか』
最後の言葉は他人には聞き取れないほど小さかった。モフの耳を通してだから私には聞こえて、審問は長くなるだろうなって確信した。
『お前はセルジュを敵視している。先入観が働くことで厳しく尋問をするのではないか?』
『・・・私は陛下とは違います。子が可愛いからと贔屓などしない。何事も公平です』
『何だと!テオドール、言葉が過ぎるぞ!』
早速、国王が怒りだした。お父様のファーストネームを呼び捨てて声を張り上げるけど、うちの王家は短気かもしれない。国王も王子もすぐに頭に血が上るもん。
でも、お父様は本当に冷静だった。怒る国王を無視・・・良くないと思うけど、無視して王子に発言を促した。
『・・・先日まで生死の狭間にいた被害者だったのに、今は罪人のような扱いだな』
久しぶりに聞いた綺麗で冷たい声。
私のことを身勝手に愛した犯罪者の王子様。声を聞いただけで心臓が掴まれる感覚を貰える。とても怖くて残忍で、大嫌いな人。
ん・・・溜め息を漏らしたら、チュピが頬をすりすりしてくれた。私のことを心配して慰めてくれている・・・大丈夫。耳なんて塞がない。この人の言い分はしっかり聞いてあげる。
『先ずはグラン家で起きた虐殺にお悔やみ申し上げます、グラン公。リスベットのことも、あの虐殺から逃れて無事にいてくれたことを嬉しく思います』
『真っ当なことを言ってるように聞こえただろ?あの王子、キレてるぜ。話しながらも目付きがどんどんヤバくなっている』
トーマが様子を教えてくれて助かる。抑揚がおかしくなるほど怒ってないと思っていたけど、やっぱり爆弾だわ。そのうち感情が大爆発するだろう。
『しかし、その虐殺と誘拐を僕が犯したものだと嫌疑されるのは如何なものか。僕にはグラン家を襲撃する理由がない。リスベットの誘拐だって・・・婚約破棄に至ったことでグランの令嬢だった彼女とは既に関係が切れてしまった。つまり親族にはなれなかったが、我が国に忠誠を誓った一族の娘。そんな彼女を誘拐するはずがない。彼女を含めたグラン家は忠義ある臣下だ。王子である僕が危害を加えると思うかい?』
『その通りだ!友愛の心をお持ちのセルジュ王子殿下が臣下に手を下すはずがない!!よって、これはグラン家当主テオドール・グランが国家転覆を狙った計略だ!!グラン家は、王家を貶めるためにアサシンを使い、自身に仕えていた者達の虐殺をした!子女のリスベット嬢を使って誘拐劇を演じさせたのだ!!』
ラルゴ公の大声。物理的にも発言内容にも頭が痛くなる。この人、場を引っ掻き回そうとしている気がする。
『グラン家、並びに協力体制のバルデル家は王家への反逆を企てている!厳しく処断をすべきだ!!』
トーマまで巻き込んできた。反逆者として吊るし上げようとしている。
『ラルゴ公、本日はセルジュ王子殿下の審問とお伝えしたはずです。グラン家とバルデル家に対して異議を申したいのなら、別日に審問を開く手筈を整えたらいかがでしょうか?』
『しかしだな、ローランド公』
『国王陛下、本日の審問はどなたに対するものか、はっきりと発言なさってください』
『・・・セルジュだ。しかし、カタリーナ。お前は些か公平さに欠けるな。グラン家に組みしているように見える』
『私は公平です。陛下とラルゴ公が王子殿下を贔屓されているから、そう思われるのです』
きっぱり言い退けられて、二人のおじさんは黙った。返す言葉が見つからなかったみたい。
『では、続けさせていただく。なぜセルジュ王子の審問が開かれるに至ったのか、それは民の声だ。王都に留まらず、国中でまことしやかに囁かれている。あなたがリスベットを懐柔し、グラン家を手中に収めようとした、と。我々四大貴族は国に仕えている立場を取っている。国家元首であるセドリック国王陛下および王家は尊びこそはすれ、協力関係を結んでいる間柄。その王家がグラン家を吸収すれば、発言権が増大する。更なる権力を得ることができるのだ。ですから、あなたはリスベットを得ることで、グラン家を支配しようとした』
『それが虐殺と誘拐にどう繋がる?』
『リスベットとの婚約破棄であなたはグラン家を得る機会が失われた。娘は・・・この場で細かに言うべきではないので端的に言うが、魔法が扱えずにあなたに危害を加えていました。怒りを感じ、思い通りにできなかったことであなたはリスベットを恨んだ。憎しみからグラン家を襲撃すると目撃者となる使用人を全て殺害し、リスベットを誘拐のち拷問にかけて殺害しようとした。この話が民の間で話題になっています。民はあなたと王家に不信感を抱いている状況です』
こうして聞いてみるとセルジュ王子がかなり狭了に書かれてる。トーマの主観入りすぎ。
そのおかげか、反応する声は冷たかった。
『馬鹿馬鹿しい。ただの噂話で僕に対する審問が行われたというのか』
苛立っているって分かる低音。一瞬、誰の声が分からなかった。セルジュ王子からこんな声が出るなんて。
『し、しかし、セルジュ王子。民衆が騒ぎ立てているのは事実で、暴動すら起こっています。あなたがアサシンを使い、グラン家とリスベット嬢を、しゅ、襲撃したと』
『アサシン、アサシンか・・・バルデル、君の管轄だろう?数多のアサシン共を従える当主としての意見を聞きたい。僕がアサシンを使って犯罪を犯したと思うかい?』
少し上擦ってる。機嫌が良い・・・じゃない。王子はトーマのことを煽ってる。癇に障るような言い方をしている。
トーマは小さく舌打ちをした。苛立っていると分かった。
『そうだ!守備からの撤退を命じた理由も離せ!!』
ラルゴ公は口を挟むにしても声量を落として言ってほしい。無理かな・・・無理だろうな。いつも声が大きいし、今はお父様やトーマに対して怒っているだろうし。
溜め息が聞こえる。誰のものかはすぐに分かった。絶対にうんざりした顔をしている。
『・・・いいだろう、頃合いだ。先ずはグラン家の虐殺にアサシンが関与したのかを答えよう。殺害方法を見るに間違いなくバルデルのアサシンによるものだ。ローランド公も葬儀で運ばれた遺骸から確認されたはず。意見を擦り合わせたい、間違いなかったな?』
『間違えありません。死を司る当家として遺体の確認をさせていただきました。鮮やかな手際は正しくアサシンによるものです』
『虐殺にアサシンが行使されたのは明確。バルデルの当主たる俺も異議はない。そして、王子が使役をしたのかというところだが、間違いないと思っている。セルジュ王子の指示の元、アサシン達はグラン家を襲撃してリスベット嬢を誘拐した』
『なぜそのような見解に至る!!貴様は何を考えておるのだ!!』
遮るような怒鳴り声。そんなものにトーマが怯むわけがない。
『セルジュ王子の護衛として派遣した三名のアサシンが消息を絶った。虐殺のあった日から連絡は勿論、死体すらも出てこない。何事か起きた。つまり彼らは王子の命を受けて虐殺と誘拐をしたために、口封じに始末された可能性がある』
『なっ!』
『し、始末とは。そのような残虐行為を、セ、セルジュ王子が?』
ラルゴ公が驚きの声を上げて、ワイマール公が声を震わす。傍聴人達のどよめきも聞こえた。
ただの言いがかりではない記録に基づいた事実が衝撃を与えたようだった。
『バルデルのアサシンが忠実だとは知っているな?俺はそのように部下達を教育した。その三名も例にもれず、雇い主に忠実であるように命じてある。役目が終わったときに報告として雇用内容を知るが、消息不明となってしまっては知り得ることはできない。先程も言ったが、忠実な者達が戻ってこないのは、王子が行った犯罪が俺に伝わらないようにするために殺害されたからだ。これにより、俺は王子に対して不信感を得た。王家共々信用に値しない。だから、部下を王家の守備から撤退させた。どんなことをさせられるか分かったものではないからな』
つらつらと述べたトーマは口を閉ざす。これで『頭を使いながら話すのはキッツいなー』なんて言わなければ、かっこよかった。緩い、こんなところにいても緩い人。
『そ、それが守備から撤退した理由ですか』
ワイマール公の言葉。続く者がいないから、他の人も守備撤退の理由には納得したはず。
『やっぱり声が若いな。代替わりしたのか、バルデル。以前聞いた声は壮年の男のものだった』
冷たい声が場に落ちる。少し間を開けて、トーマは忌々しそうに呟いた。
『・・・あの野郎、俺が誰なのか気付きやがった』
セルジュ王子の低い声に対してじゃなく、私に向かっての言葉だった。彼には返事をせずにそのまま黙る。
『だんまりか、バルデル?』
『・・・俺が次代など、どうでもいいことだ。王家は信用ならん、守備からは撤退する。それ以外のことではバルデルは中立に徹するのみだ』
『私情を挟む時点で中立とは言えん!!』
『随分と王子に入れ込むな、ラルゴ公。貴様こそ私情があるのではないか?』
『何っ!?』
食いかかるラルゴ公に挑みかかるトーマ。争い始めそうな二人だったけど、お父様が冷静に制した。
『貴殿らの言い争いなど時間の無駄だ。今はセルジュ王子の説明をいただくとき』
『説明?』
王子の声色は不思議そうだけど意味は分かってるはず。
『バルデルの言う通りならば、お前はアサシンを殺害した。それが真実か否か』
事実、国王に問われるとセルジュ王子は鼻を鳴らす。この場にそぐわない笑い声を上げた。
不気味。見えない私がそう思うんだから、議会室にいる人達はより感じているだろう。




