37
「お願いがあります」
「んー、何?」
間延びした声。かなり気が緩んでるみたい。これから厳粛な審問が行われるのに・・・ピリピリされるよりはいいか。私と一緒のときは緩いほうが安心するし。
「モフ、いらっしゃい」
名前を呼んで、テーブルの方に手と顔を向けた。何故かチュピに乗られていたモフは、すぐに私の言葉に答えてくれる。
動くことでチュピを落とせば、高めな鳴き声を上げて抗議されたけど、聞かずにソファに飛び乗る。背もたれを駆けると、跳び上がって私の手のひらに着地した。もふもふでころころした可愛い子を、トーマの目の前に差し出す。
「この子を連れて行ってください。私はモフの聴覚と自身の聴覚をリンクさせることができます。この子の耳を通して、審問を傍聴させてください」
「・・・なるほどな」
手を出してくれたトーマにモフを渡す。小さな子は彼の手から腕を駆け上がると、肩の上で止まった。懸命に顔の毛づくろいを始める・・・王城に行くと分かったから身だしなみを整えてるのかな?
「こいつ、小さな声すら聞こえるんだっけ?」
「はい、審問の開かれる議会室の規模も調べました。昨日、別室で実験をしたでしょう?あの部屋は議会室と同規模でしたが、どこの位置にいても声や音がはっきり聞こえました。この子の耳を使って傍聴しても問題はありません」
「こんな小声でも?・・・リスベット、愛してる」
肩にいるモフに囁くけど、私は抱き合っているから聞こえているわけで、つまりからかってる!
「まだ聴覚をリンクさせていません!」
「あ、じゃあ、そのまま聞こえちまったかー」
顔が熱い。言葉に照れちゃう。
顔が見れなくて、トーマの逞しい胸に視線を落とした。愛してるとか、その、まだ慣れない。好きとはまた違うから・・・本当に照れる・・・。
もじもじしていたら彼が耳元で囁いた。甘い言葉、とはちょっと違う。
「なあ、きちんと行儀よくできたらご褒美をくれないか?」
「・・・ええっと、行儀よくとは?」
「クソ王子に続けてクソ王も殺したくなった。姿を見ただけでもナイフを投げそうだ。あいつらを殺さずにいたら行儀よくできていたってこと。ご褒美を貰えるほど頑張ったわけだ」
いきなり何を言い出すの、この人・・・先日の国王の発言がかなり頭に来ているみたい。だから、簡単に言ってくれてるけど嘘じゃない。本当に姿を見ただけで殺すだろう。殺意が強すぎるもん。
私にご褒美を要求したのは、そう決めておけば耐えられるって思ったから。
「公の場で殺人はいけません・・・分かりました。耐えるというのであれば何でも差し上げます」
顔を上げれば、口端を吊り上げた笑みがあった。すっごい悪い笑顔。企みが成功したマフィアのドンみたいな顔してる。
「いいんだな?じゃあ、誰も殺さずに戻ってきたら、いっぱいエッチしような」
「ふぇっ!?」
私の言葉遣いを真似てご褒美提示してきたけど、軽く言ってるけど、何を、この人は何を言い出すの!?
いっぱいなんて、そんな、これ以上は無理だし!!よく分かんなくなっちゃうし、わた、私がキャパオーバーしちゃうんだけど!?
「顔真っ赤でもじもじしちゃって、スゲー可愛いなぁ・・・でも、それで許してやろうなんて考えねぇから。ご褒美なんだ。しっかり答えてもらうぜ」
「う、うぅ・・・」
何て酷いご褒美を要求をするの!断ったら国王もセルジュ王子も殺すつもりだから、私が絶対断れないようにしている!!
悪い、いや、邪悪。私の恋人は邪悪で怖い人!
「・・・わ・・・分かりました。私のこと、好きなように扱ってください・・・」
惚れた弱み。それに、有言実行してしまう恋人を止めるには承諾しかない。
何をされるんだろう、とか考えるのはあと!誰も殺さずに帰ってくることだけを思って・・・そ、そうしたら沢山エッチすることになるから、ああ・・・これはもう八方塞がりでは?
「お望み通り好きなようにしてやるからな」
「望んでません!」
「んー、そうかぁ?」
お、お尻を触ってきた!流石に駄目!今は駄目!
咄嗟に揉んでいる手を叩いたら簡単に離れてくれた。まあ、結局は腰に戻って抱き締めてくるんだけど・・・流されそうになる。しっかり、しっかりしないと私!負けちゃ駄目!
気持ちに押されて目に力が入った。睨み付けるような眼差しになってるけど、視界のトーマは全然気にしてない。気にしないか、戦う力が一切ない小娘の睨み付けなんて効くわけがない。でも、意思はちゃんと伝えないと!
「ご褒美は帰ってからです!」
「分かってる。だから怒るなよ」
「怒ってません、あなたの押しには負けないって意思表示です!」
「ああ、そう。しっかり者ですねー」
頭を撫でられる。またからかってる!なんて抗議をしようとしたら、彼の顔が引き締まった。真面目な様子にがらりと変わる。
「バルデルは審問の見届人だ。訴えることも、処罰を下す立場にもない。今回は護衛のアサシンを王家から撤退させたことで誰かから追及は受けるだろうが、それだけだ。俺がいることで審問には何の影響は無いに等しい。だが、手は回してある。今回で決着が付くように運ばせるつもりだ」
「まだ企みがあったのですか?」
「・・・俺が悪い男みたいな言い方だな。その通りだぜ。悪い奴を敵に回したら酷い目に合うってな。あのクソ親子にもしっかり理解させてやる」
細めた目。獲物を定めた捕食者のよう。直接に殺害するつもりはないけど、何かしらセルジュ王子と国王に甚大なダメージを与えるつもりだって分かった。社会的に殺すつもりなんだ。
「本当に怖い人」
「いくらでもそう思え。嫌いにならないのなら、それでもいい」
・・・私が嫌いって言えば、この人は死んじゃうのかな?
違う気がする。嫌いなんて言ったら、きっと私に酷いことをする。セルジュ王子と同じく捕まえて、監禁して、逃げられないようにする。
トーマもそんな人。強い執着心と愛情を感じるから分かる。もし、私があのまま王子と一緒にいたら、この人が今の王子のようになっていたとすら思う。
でも、好きになったからそんなことにはならない。私は、彼からの執着と愛がとても嬉しいと思っている。
背中に手を回して抱き着いた。それに答えるようにトーマも抱き締める力を強めて、片方の手で髪を撫でてくれる。
「早く帰ってきてくださいね」
「早くなる分エッチなことされまくるんだが、それでいいのかなー?」
「・・・だから、帰ってきて」
小さな呟きをして顔を見上げる。からかいはない熱を帯びた眼差しが落とされていた。
「無事に審問が終わることを祈っています」
「・・・あのクソが何か企んでるかもしれねぇが、親父さんとアシュレイもいる。他にも味方がいるからどうにかなるだろ」
髪を撫でていた手が頬を包んで、顔が近付く。背の高い人だから、私もつま先立ちになって顔を近付けた。
唇に一瞬だけ。それでも感触と熱に満たされる。
トーマの胸を押した。合図を受け入れてくれた彼は、私から離れる。モフはその胸を伝うように動いて胸のポケットに収まった。歩き始めたトーマは、ソファにかけてあった黒い外套を取る。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
何か仕事に向かう夫を見送る気分。そのうち夫になるんだから、気が早いけど間違いじゃないか。
無意識だったけど、手を振っていた私に答えた彼は手を掲げた。そのまま振り返ってドアに向かうと、最後にまた私に顔を向けて、微笑みを残して部屋をあとにする。
ドアが閉じて、一息漏らす。私もぼんやりしていられない。お兄様が言うには、この屋敷を囲う人達が増えている。いつでも襲撃できるように準備を整えて窺っている。
この屋敷はお父様の強力な結界に加えて、複数の魔法使いに警備されている。それにアサシン達も加わっている。見た目から分からないけど難攻不落の要塞化していた。
でも、油断をしてはいけない。お兄様も言っていたし、私自身もそう思う。
軽くシャワーを浴びて、身支度を整えて、比較的動きやすいドレスに着替えた。気持ちの切り替えはできたから・・・よし!
ソファに座る。これから聞くこと、それによって至る結果を思うことで心臓がドキドキする。トーマの言う通り、今回で決着が付けば、わっ!チュピが肩に乗ってきた。もふもふした体毛を私の頬に擦り付けて・・・労ってくれてるのかな?優しい子。
張り詰めてい気持ちが少し解れた。私は祈るように両手の指を絡めて交差をすると、モフと聴覚をリンクさせる。
『───い、聞こえてんのか?・・・まあ、取りあえず言っておくぜ。王城に入った。俺専用というか、アサシンが身を隠して移動するための専用通路がある。そこを通って議会室に向かう』
(聞こえた!)
トーマは何事もなく王城に辿り着いていた。専用通路を使っているのは、今や反逆の烙印を押されているからかな?王家や彼らと懇意にしている貴族と鉢合えば騒ぎになりそうだし。
(モフ、聞こえたって合図して。トーマの胸をポンポンと叩いてみて)
『ん?どうした、チビ・・・聞こえたって合図か?ネズミがしそうにない行動だもんな』
(モフ、もう一回叩いて)
合図をさせると、察しのいい彼はすぐに理解した。『使い魔って便利だな〜』とか言いながら、靴音を立てて・・・廊下を進んでいる。
『今、通常の廊下と合流した。議会室へのドアはすぐそこ・・・怪しまれるから黙る』
モフに指示を送って胸を叩いてもらう。トーマの息遣い。小さく息を漏らした彼は、靴音をさせながら進んで立ち止まった。
『バルデル・・・』
守備に付いている兵士の声だろう。低く呟く様子は警戒していると表していた。
『通せ』
それだけ言うと、金属が擦れた音が・・・ドアが開かれたみたい。トーマは正規の参加者だから立入禁止になるはずがない。警戒はやっぱり反逆に対する恐れかな?でも、それはお父様達グラン家も疑惑があるわけだし・・・。
こうして考えている間も彼の歩みは止まらない。移動しているって私が分かるようにわざと靴音を立てている。状況が分かりやすくなるから有難い。
『参加者は国王、国王に賛同した王家から三人ほど。四大貴族の当主に、その後継者である子息子女達。その他の重要な役職に就いている貴族の当主達に軍の上層部。あとは記録係の書記官が数人だな。審問は国王と四大貴族の当主達が王子、つまりは容疑者を問い質して罪を決める。他の連中は場合によっては発言するが、大体は傍聴人だ』
(モフ)
ポフンッて音が聞こえた。モフが胸を叩いたことで服の布地が音を立てたんだろう。
審問に関しては私もゲームのスチルで見たことがある。罪人の疑いのある人物を部屋の中央に据えて、囲う様に国王や四大貴族、傍聴人達が席に付いている。
私が見たのは魔女になったリスベットの審問。セルジュ王子の攻略ルートで、国を滅ぼそうとした彼女をヒロインと王子に捕えられ、犯した罪の処罰を決められた。
そこに集った面々は全員がリスベットの敵だった。血縁者のお父様もお兄様も外敵だと感情なく処罰を望み、貴族や軍の人間達は罵倒をする。
悪いのは彼女だけど、全てが敵になった光景はかなり辛く感じさせて、罪には罰を受けるべきと処刑が勧告されるとリスベットは気持ちを発露させる。
「王子の婚約者になれ、王妃になれと強要してきたのに、あの子がいるから不要だと捨てられた!蔑まれた!どうしていいか分かるわけがない!あの子がいなくならないと私に居場所なんてないの!!それなのに悪女だと嫌って、魔女だと殺そうとして!!皆嫌い、大嫌い!!こんな国に生まれたくなかった!滅んでしまえ!皆、いなくなってしまえばいいんだ!!」
悲痛な叫びを上げたまま、リスベットは刑場に連れて行かれる。そして、セルジュ王子の手で処刑された。邪悪を断つという名目で体は真っ二つ。そのグロテスクな状態は細かく文章に綴られていた。
救いはない最期・・・ちょっとだけあったか。ヒロインは優しくて、彼女の逃げられない立場だったのを悲しんでくれた。それとお父様。罪人とはいえ娘だからと、遺体を引き取って丁重に弔った。それだけ。
悪役とされたから救済なんてない。ただ、プレイヤーの中にはリスベットを救いたいとする人達も多くて、かなり二次創作がされていた。気持ちいい悪役ぷりと悲惨な最期からファンは多い。私も嫌いじゃなかったし、救えるならと隠しルート探したくらい。
『議会室に着いた』
モフに合図をさせる。
私がリスベットになったことで罪人にはならない。魔女だと罵られて処刑もされない。
今、裁かれるべきはセルジュ王子。ゲームの彼女のように処罰を求められて審問に挑む。でも、国王がいるから彼女とは全然違う。責められても守られる。全てが敵にはなっていない。
ゲームのリスベットと同じように罰は受けるべきなんだ。それがこの国のルールだから、例え王子であろうとも必ず罰を受けてもらう。
『バルデル!!』
「うわっ」
いきなり響き渡るような大声が聞こえた。怒鳴り声はおじさんのもので、誰なのかすぐに分かった。
『よくもぬけぬけと姿を現せたものだな!!貴様は自分が犯した罪を分かっているのか!!』
コーネリアス・ラルゴ。四大貴族のラルゴ家当主。国を守る兵士達を統括し、軍備を司っている。見た目は逞しくも太ましいおじさんだけど、気が荒いからすぐに怒る。
私のことも使えぬ魔法使いだと罵ってきたことがあった。国というか、王家に忠実な人だから王家の役に立たないものは嫌いらしい。
でも、軍の要だから国にとっては大事な人で、実際この人の指示で動いている兵士達のおかげで平和は保たれている。国にとって重要な存在。個人的には一番関わりたくない四大貴族の人だけど。
早速、ラルゴ公が怒り心頭でトーマに挑みかかった。この場は彼の審問でもないのに罪だと責めている。
『貴様がアサシンを撤退させたことでセルジュ王子が襲撃されたそうだが、わしの目は誤魔化せぬ!貴様こそが襲撃を計画したのだ!!あの技はアサシンのもの!!反逆するにはセルジュ王子が邪魔だと暗殺しようとしたのだろう!!』
もう少し声量を落としてほしい。頭にガンガン響く。これ、現地で聞かされている人達はもっと辛いんじゃないの。
誰か止めてくれないかな。審問も始まらないし。
『うるせーおっさんに見つかったな・・・』
私だけに聞こえる声で呟くと、トーマは息を吸った。
『今回の審問は俺に対するものではないはずだ。バルデルは見届人。現状、貴様から非難を受ける筋合いはない』
わ、余所行きの言葉遣い。いつもよりしっかりした口調だからドキドキしちゃった。ギャップがあってかっこいい・・・なんて考えてる場合じゃないわ!
『見届人だと!?不和を生むような行動をしておいてよくもそのようなことを!!』
『ラルゴ公、あまりお声が大きいのも考えものです。厳粛な審問を行う場で怒鳴り声を張り上げるなど、ラルゴ家は品性に欠くと思われてしまいますよ』
女の人の声が聞こえた。静かながら綺麗な声は聞き覚えがある。
四大貴族ローランド家当主のカタリーナ・ローランド。人生の催事と呼べる結婚と葬儀を仕切るのは教会で、元が神官の家系であるローランド家がトップに君臨している。司る部門は軍備とか魔法に比べると重要度は低い。でも、人生においては欠かせない。というか、四大貴族は絶対にどれ一つ欠いていけない重要な貴族だからローランド家を蔑ろなんてできない。
それは同階級の貴族同士だからこそ分かってるはず。
『しかし、ローランド公!バルデルは独断で守備から離れた!これは処罰を下すべきだろう!』
『ええ、受けるべきですね。バルデルの審問ならば。本日はセルジュ王子殿下の審問です。お忘れなきように』
『・・・くそっ!!』
公の場で貴族がすべきじゃない悪態が聞こえた。ラルゴ公は本当に荒っぽい。偉い人だから同じくらい偉い人じゃないと注意もできない。厄介極まりないおじさん。
カタリーナ様が窘めてくれて良かった。あの人はいつも公平だし、何かと私に心砕いてくれたりしたから嫌えない。むしろ好き。知的な美人だし。
『カタリーナは味方だ。親父さん経由でこちら側についている。お前が誘拐された時も捜索を手伝ってくれたんだぜ』
頼りになる人が味方だった。嬉しさと安心しかない。
カタリーナ様は確か、お父様が学生時代からの友人。まあ、それで私にも優しくてくれていたんだろうけど、本当にいい人だった。お茶会でも社交界でも気にかけてくれたし、蔑んできた貴族達も今みたいに窘めてくれた。思い起こせば、彼女も私に好意的だった。好意になんて向けられないって思い込んでいたから理解してなかったけど。
そんな方が味方で本当に嬉しい。信じてくれてありがとうございます・・・今度、再会したら直接言おう。
『理由があるから撤退させた。今は言うべきときはではない。時がくれば話そう』
トーマが言い切ると、ラルゴ公は唸り声を上げて口ごもる。同じ地位の人間に注意をされたから追及を止めたらしい。
小心とは違う。これを期に同じ地位の家同士が争いになるのは厄介と分かったのかも。グラン家と王家が争っているから如実に感じてるはず。




