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若干の性描写があります。ご注意下さい。
深く絡むキスにじんわり快感が広がっていく。頭がぼんやりして、口の中で擦れ合う感触に夢中になっている。
好きな人と混じり合うのがこんなに気持ちいいなんて。他のことなんて考えられなくなっちゃう。
「ん、はぁ・・・」
折角気持ち良かったのに、トーマの舌が離れて口の中からも出ていってしまった。
息苦しさはあったけど、感触を失ったことの方が大きい。もっと欲しくて口を開けたままにしてしまう。
「あ・・・ん」
彼は微笑んだ顔をまた近付けてくれたけど、舌で私の舌を舐めただけ。すぐに離れて口の端を舐められる。じっとりした感触に震えちゃう。でも、すぐにそれも終わって輪郭に軽くキスをしてきた。軽くても敏感になっているから体が反応する。
次第に下の方へと動いていって、首筋や鎖骨にも・・・え?
「なんで?」
私が着ているネグリジェのデザインは、一番上のボタンを閉めると首の下まで隠れる。それなのに、鎖骨に受けたキスは直に肌に触れたかのよう。おかしいと思った。次に上半身に肌寒さを感じて、絶対におかしいから自分の体に視線を向けた。
いつの間にかネグリジェのボタンが外されていて、私の肌が剥き出しなっている。胸もお腹も見えていて、全部トーマの目に晒されていた!
「い、いやっ」
隠さないと!
咄嗟に手を向けようとしても、覆い被さっている彼の手に掴まれて、指の間に太い指が差し込まれる。恋人がするような手の握り方してきた!
「ト、トーマ!だめ!」
羞恥心で一杯。口も上手く動かないし、頭はのぼせたみたいに熱い。脱がされたってことだよね?この人、私がキスに夢中になっている間に何を、
「・・・抱きたい」
「ひゃっ!?」
耳元で囁かれて、胸を触られた。トーマの顔が画面一杯で見えないけど、手を握っていない方の手で胸、
「あ、んっ」
撫でられて、そこから小さな痺れが全身に広がっていく。エッチな触り方してくる!だから、その、抱きたいってエッチのことで、
「意味は分かるよな?」
分かったけど!頭の処理が追い付かない!急に求められたからどうしたら!!
「あの、その、わ、私」
声が震えちゃう。ずっと胸を弄られてるから、そこがゾクゾクしている。気持ちいい、どうしよう、止められない。
「ひ、ぁっ!あぁ、あぅ・・・」
頭が動いたって思ったら、胸を吸われた。弄られてない方の胸が赤ちゃんみたいに吸われてる。でも、手も止まってくれなくて、抓ってきて、ああ、もう駄目だ・・・。
胸を舐められた感触。そのままトーマは顔を上げて私を見つめた。ギラギラした目。私のことを欲しがってくれている。
「嫌?」
口はまともに動かない。だから、首を振る。
嫌じゃない。もっとして。私のことを触って、抱き締めて・・・繋がりたい。
私の気持ちを汲んでくれたからトーマは笑った。嬉しそうに、口元を吊り上げたいやらしい笑み。怖くて悪い顔。でも、そんなあなたも好き。
「怖がらなくても大丈夫だ。俺に任せればいい」
そう言って、赤い髪の頭が胸に乗っかってくる。滑ったものが肌をなぞる感触。彼の手もゆっくりと肌をなぞりながら下に動いていく。何もかもが気持ちいい。このまま、トーマに全て捧げてしまおう。
そう思って胸の上にある彼の頭に触れた。髪を梳かして、もっとって催促するつもりだった。
ドアがノックされる。それに驚いて体が跳ねた。ただのノックじゃなくて、まるで殴ったかのような音。重く響く一撃に相手の感情が透けて見える。
訪問してきた人は絶対に怒ってる!それなのに、このまま入られたら私のあられもない姿を見られちゃう!誰が来たのか分からないけど怒られる気がする!
「ま、待ってください!」
咄嗟に大きな声ではっきり言葉を返した。ピンチだから出たのかもしれない。
名残惜しいけどトーマには退いてもらわないと。肩を押せば・・・動かないんだけどこの人!?今度は私の胸に何度もキスしてるんだけど!?お願いだから離れて!!
「トーマ、っ、やめ、止めてください!」
「・・・」
気持ち良くなっちゃうから吸わないで!ああ、どうしよう!ドアが開いて誰か、ひぇっ!!
「お、お兄様・・・?」
入ってきたのはお兄様だった。
凄く怖い顔。馬車に乗ったときに見たキレたヤンデレみたいな顔をして、躊躇わずに近付いてきた。
トーマの動きは止まったけど、頭を押しても動いてくれないし、もう一方の手は恋人繋ぎしたままなんですけど!?
絶対怒ってるもん!ノックの時点で怒り滲んでたし、見つめてくる顔が怖すぎる!!
「あの、お、お兄様」
さっきは気持ち良くて声が震えてたけど、今は恐怖で震えてる。何か言われる、何かされる。どっちだろうとボコボコにされる!
トーマ、お願いだからこの人をなんとかして!!
「・・・空気の読めねぇ野郎だな」
恨めしそうな低い声は、私の胸から聞こえた。トーマの声だけども、こっちは私のことを声で怖がらせてきた。地を這うような低音に苛立ちがある。
彼は、繋いでいた手を離して、手首と腕をなぞる。同時に顔も上げた。まずい!このままだとお兄様に私の胸とかお腹とか見られる!
人間、やる気になれば能力以上の力が出せるもので、私はアサシンばりの素早さで手を動かし、襟元を手繰り寄せて肌を隠せた。やればできた!だから、この冷え切った空間からも素早く逃げたい!
「盲目になった、わけじゃねぇよな?今は大事な局面なんだ。さっさと出てけよ」
局面とか、そんなかっこいい言い回しを使うところじゃないと思う。私とエッチしようとしただけだもん。
そんな突っ込みは口から出ない。怖い顔をしたお兄様が無言で私、いや、トーマを指で差した。そして、その指差す手を部屋の隅に向ける。
「離れろ」
ひぇっ、トーマに負けず劣らずの低い声。威圧感が半端なくて体が硬直してしまった。無理、この怖すぎるお兄様の眼前にいるとか無理。辛い。きつい。
「あぁ?」
そんな人と対峙してるのにトーマは動じていない。むしろ好戦的で、チンピラみたいな声を出して応戦しようとしている。
凄いと関心しかけたけど、この人も怖いから強気に挑めるのは当然だった。こんな人達の側で半裸状態なのが辛さ極まる。恥ずかしいし、居た堪れない。
私の気持ちなんて知らないからお兄様の態度も変わらない。再びトーマを指で差して、顎を上げたことで見下すような視線を向けてくる。
「リスベットから離れろと言っている」
「何でお前の指図を受けねぇといけないんだよ」
「私は雇い主の立場として命じている。リスベットから離れろ」
「お前自身は雇い主じゃ」
「次はない、離れろ」
「・・・」
問答無用だった。
離れる以外の選択肢は取らせないお兄様に、トーマが折れた。
「次はない」っていう言葉に折れるしかなかったみたい。雇い主側のお兄様は、仕えている立場を取っているトーマを命令違反で処罰できる・・・最強はお兄様なのかも。
渋々と彼が私の上から退いた。舌打ちすら聞こえたから、かなり苛立っていると分かる。
「誰が座ったままでいいと言った?お前の立ち位置はそこだ、行け」
さっき指差した部屋の隅を、また指で差す。
「・・・ふざけんなよ」
立ち上がったトーマはお兄様を睨み付けたまま、すれ違う瞬間に悪態をついた。
本当に度胸がある。たぶん、雇用されていなかったら殴るくらいはしていたかも。それほど彼の怒りが見えた。
指定された立ち位置に行っても睨んでいるけど、顔を合わせているお兄様も負けてない。鋭い紫色の眼差しを向けて、腕を組むことで威圧感を増幅させていた。
これに当てられていたのが私だったら絶対に泣いている。
「いつまで呆けているつもりだ、リスベット。乱れた着衣を正せ。見苦しい」
「は、はい!」
私のことを見ずに注意をしてくるお兄様。
反射的に急いでソファから起き上がると、ネグリジェのボタンをきっちり締めた。
・・・離れているけど正面にいるトーマの目が鋭い。凄く不満そう。
「おい、兄貴とはいえ俺のリスベットの肌を見るんじゃねぇよ」
「お前のリスベットではないと何度言えば分かる・・・いつから呼び捨てにしていた?許可をした覚えもないが・・・今は追及すべきことではないか」
空気がピリピリしていて本当に居心地が悪い。せめて、立った方がいいかな?私だけ座っているのも良くないし。
立ち上がろうと腰を浮かせたら、お兄様の手が向けられる。見上げたら、顔は私を見ずに真っ直ぐとトーマを睨み付けていた。お互い睨み合ってる。
「お前は座っていろ、トーマに近寄ろうとも思うな」
「・・・はい」
めちゃくちゃ彼を警戒している。見られた状況が悪すぎたせいだ。上半身裸の男と抱き合ってわけだから、お兄様としたら許せない気持ちがあるんだろう。
萎縮しちゃって動けないし、無力だと実感しちゃう。ただ、二人のことを見守るしかできない。
「よくも仕出かしてくれたな」
怒気を孕んだ声。威圧感半端ないそれはトーマに向けられている。
何のことを言ってるんだろう。私とエッチしようとしたこと・・・じゃない。さっきまで夢中になっていたから忘れていた。
お兄様が言っているのは、たぶんセルジュ王子を暗殺しようと暴行を加えたこと。まだそんなに時間が経っていないのに、トーマが犯人だって気付いてる。
まずい。彼と私達の関わりを思えば捕縛や処刑まではいかないと思うけど、お兄様なら追及後に処罰を決定する。完全に怒ってるから確信が持てた。
「セルジュ王子が襲われた。意識はあるものの酷い怪我を負っている。現在は複数のヒーラーによる集中治療を受けている状態だが、どうしてお前はこの時期に王子に危害を加えた?暗殺しようなど早計とは思わなかったのか」
ああ、やっぱり。
騒動の渦中にいる王子ってことで注目度が高いから、暗殺未遂なんて起こればすぐにバレる。人の口なんて結局は塞げない。おしゃべりな人なんてどこにでもいるから、王家から貴族に広まって、すぐに国民の耳に届くだろう。
更に国を揺るがす騒ぎが大きくなるわけだけど、当のアサシン本人は冷めていた。何も思うことはないって興味の薄い顔をしている。
「俺が暗殺しようとしたていで話すなよ。クソ王子のところなんざ行くわけがねぇだろ」
「では、誰が国内屈指の警備がされている王城に忍び込める?精鋭の兵士や衛士だけではない、優秀な魔法使いに守られた城塞だ。並の刺客では入り込むことすらできない」
表情の薄かった顔に笑みが浮かぶ。状況に合わないにやにやした笑い。すっごい悪い顔に見えるんだけど。
「さあ?俺達アサシンは王家の警備から手を引いたからなぁ。どこの誰が忍び込んだかも分からねぇし、知ったこっちゃあねぇ」
「お前が王家からアサシン達を引かせたことも不審だと声が上がっている。アサシン達は王子を殺すために護衛から外れたとな。非難を受けているようだが、連絡は来ていないのか?」
「興味ねぇから無視してますけど?」
「お前という男は・・・」
なんて傍若無人なんだろう。王家から咎められれば、家系も組織も排除される可能性だってある。
心配に思わないのかな?思わないからここまで堂々としていられるのかも。
心労からからお兄様は溜息を漏らした。目を伏せて、額に手を当ながら唸っていたけど、すぐにその目は鋭くトーマを睨み付けた。
「意識が朦朧としながらもセルジュ王子は訴えた。『刺客の腕に致命的な怪我を負わせた』とな。かなりの出血をしたことで、その刺客は撤退したようだが」
鋭い紫色の視線が私の方を見る。横目でちらりされたけど、何が・・・大変!トーマの血塗れの服がそのままだった!今更隠しても遅いけど、視界から見えない位置に移動させた方がいい!
「不衛生なものに触れるな。そのままにしておけ、後で始末をさせる」
掴み取ろうと前屈みになったところで釘を差されてしまった。従うしかないから、触らずに体勢を戻す。
「お前も負傷していたようだな」
「あー、ちょっと怪我をしちまってな。見かねたリスベットが覚えたての回復魔法で治してくれたんだぜ。どんな怪我だったかも分からないほど綺麗にな」
「服を脱ぐほどの大怪我だったのは分かる」
「怪我で脱いだとは分からねぇだろ」
「リスベットを強姦するために脱いだと言うならお前の頭を消し飛ばす」
「・・・・・・」
強姦なんて勘違いだし、早口で凄いこと言ってるのも聞き捨てなれないけど、怖すぎて何も言えない。トーマすら黙っちゃったもん。
ただただ、二人のやり取りを見ていることしかできない。本当に状況が辛すぎる。緊張で心臓も痛くなってきた。
「状況証拠から見ても、お前が王子を暗殺を企てたとしか思えん」
「状況証拠ねぇ・・・」
お兄様から目をそらしていたトーマだったけど、流し目で視線を戻す。その口元はにやついていた。
「だったら、なおのこと俺じゃねぇな。クソ王子は生きてるんだろ?俺達アサシンの技は一撃必殺だ。殺ると決めたら即座に殺す。それなのにターゲットが生存しているつーのはおかしい。そいつの腕が半人前以下だって証拠だぜ。だから、俺じゃない」
苦痛を与えることを最優先にしたからなんて言えないよね。それで暗殺失敗しちゃったんだから腕というか、私怨のせいで半人前以下になってしまってる。
やっぱり気持ちに飲まれるって良くないんだわ。冷静さが大切って思わされる。
いや、トーマが飲まれずに冷静だったら、暗殺成功しちゃってたんだけども。最悪の結末を迎えるところだった。
セルジュ王子だって死んだらいけない。あんな人だろうとも、苦しみながら死んでいくなんて想像したくない。
「先程も言ったが、王子の怪我は酷い。拷問を受けたかのように・・・」
お兄様は顔すら私に向けて、口を閉ざした。言おうとしたことを止めたみたい。
「口では説明するにも憚れる状態だ」
私に対する配慮。
見てしまったからどんな酷い状態か知ってる。脳裏に焼き付いてしまっている。
でも、それを知らないお兄様は私を思って言葉を濁した。これはお兄様なりの優しさ、優しさ・・・優しいお兄様とか頭がバグりそうになる。先日もそうだったけど、有り得ないって拒否反応が出てしまう。いい加減慣れたほうが、いや、慣れたときに限って言葉の暴力を受けたりするから下手に意識しない方に努めよう。
私の苦悩は他の人には分からないから、話は続けられる。
「つまり、刺客は王子に対して強い恨みを持っている。暗殺の技量があるもので、そのような人間はお前だけだ。お前は、リスベットのことでセルジュ王子を非常に憎んでいるからな」
「あのクソを憎んでる奴なんて沢山いるだろ?王城でも王子に危害を加えられた人間は多いと聞いているぜ。何人かは殺されたらしいな。あの癇癪持ちの凶暴性が剥き出しになってるみたいだが、殺された被害者の遺族からすれば王子だろうと恨むだろ。ただ、王家と接触していたバルデルのアサシンには依頼できやしない。信用ならないと他の組織に頼んじゃねぇかな。その組織の野郎が半人前以下の実力だったから、暗殺失敗したんだと思うぜ」
バルデル以外の暗殺組織がこの国にいるんだろうか。勢力ありすぎて、他の組織なんか生まれないと思う。
「なぜ王城の内情を知っている」
「これでも組織の頭領なんでね。どこからか情報が入ってくるんだよなー」
「・・・バルデルめ」
忌々しそうにお兄様は言った。
幼馴染に対する言い方じゃない。仇敵に対して言うような苦々しい声。




