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「どのようなお話でしょう?」


私と目を合わせたお兄様は持っていた本をテーブルに置くと、腕を組んで鋭い視線を向けてきた。

怖すぎて目が泳いでしまう。合わせないように横に流したら、お兄様が置いた三冊の本が目に入った。

あれ?これって砦にあった魔導書とセルジュ王子のお祖母様の日記、あとよいこのまほう(初版)じゃない?


「お兄様、こちらは私が囚われていた砦にあった書籍類では?」


「知っていたのか」


「はい、私が生活するように命じられた部屋にあったものです」


お兄様に視線を戻す。何か考え込むように顎に手を添えていた。その目は私の目と合うと、また覗き込むように見てくる。


「そうか。ならば、先にこの話をするべきだな」


この話?なんだろう?


「先日、お前が囚われていた砦に兵を派遣すると言っただろう。私の私兵と護衛のアサシンに誘拐の証拠を捜索させた」


「夕食のときにお話してくださったことですね」


「あの砦は、海からの侵略者を監視するために建てられた古い砦だ。現在、我が国と敵対関係にある国はなく、役割を終えたことで放棄に近い状態だった。それでも王家の管轄にある土地にあるゆえに、数名の兵士が派遣されている」


そんな理由で建てられた砦だったんだ。確かに役目を終えてる場所だから人目に付かない。誰かを監禁するには最適な場所だったわけだけど、兵士が数名っていうのは気になる。私が捕まっていた間は十数人はいたはずなのに。


「私が囚われていたときは、もっと兵士が詰めていたはずです」


「お前を逃さぬため。そして、捜索していた我々と対峙することを考えて、城から兵士を派遣したのだろう。兵士以外にも詰めていた人間がいたのではないか?」


「はい、使用人とメイド長です。使用人達は王務めだと分かる衣服でした。メイド長は王城で見かけたときに、セルジュ王子から説明を受けたことがあります」


「彼女らはお前のために用意した人員だな」


頷くとお兄様は息を吐いた。

うんざりしているのかもしれない。さっきまであった怒りはなく、表情は僅かに眉が寄っているだけ。


「犯罪捜査だと強行して砦内を調べた。だが、お前に繋がる証拠はなく、異様に感じたのはこの三冊の本があった部屋。つまり、監禁部屋の様子だ。砦の内装に不釣り合いな家具類が置かれていた」


「それらは、私のために用意されたわけではありません」


視線を積まれている三冊の本に向ける。一番上に置かれているのはお祖母様の日記。誘拐されて監禁されて、望まぬ妊娠で永遠に囚われたしまった女性の悲しい過去の記録。


「先代王妃のために用意された部屋か」


知ってたの!?

お兄様へと視線を戻した。私の目には、伏せ目がちになっている紫色の瞳をした目が映る。銀色のまつ毛に縁取られたその目は優美で、もの悲しそうだった。


「日記の中を改めさせてもらった。私も、先代王妃とは幼い頃に謁見したときに目にしたくらいだ。体が弱いと表には出ない方だったが、今思えば先代国王が理由だろう。妻に対する独占欲から、人目につかぬよう王城の奥に閉じ込めていた」


「そう思いますか?」


「現国王と我らの父上は学友だった。父上が聞いた話では『母は父の許可がなければ、部屋の外にも出れない』だそうだ。その言葉と、日記に書かれた結果を憶測混じりで述べた」


ああ、あの王家の歪さはお兄様も感じ取っていた。それをどう思うか。読み取りやすくなっている表情のおかげで分かる。不快感が滲む顰めた顔。


「祖父からの気質をセルジュ王子は受け継いだようだな。お前に対する執着心の根幹と言ったところだ。ただ、これが誘拐についての明確な証拠にはならん。王子自身が異常な精神性を露わにしない限りはな」


「そう、ですね・・・」


遂に異常な精神って切り捨てた、じゃなくて!

異常だと分かっても、グラン家が訴えたところで何の力にならない。言いがかりだって非難を受けて、名誉毀損とこちらが罰を受ける可能性がある。

あの砦には、私が着ていたネグリジェを置いてきたけど、そんなものは処分されている。私がいたという事実に繋がるものは残っているはずがない。


「何も証拠になるものはなかったのですね・・・」


「物的証拠はないな。ただ、証言はあった」


落ち込んで顔まで伏せそうになったけど、お兄様の言葉に気持ちが引き上げられる。


「砦の料理人が口を割った。砦内にいる貴人のために料理を作れと命じられたそうだ。その貴人が誰なのか気になって、食事を運んだことでお前だと気付いた。数年前まで城務めの料理人だったそうで、会食の際にグラン家令嬢が彼の作ったスープを気に入り、『おかわり』をされたらよく覚えていたそうだ」


「ああ、あのスープ」


砦で食べた甘いかぼちゃのスープ。同じ味がしたのは、作った人が同じだったからなんだ。


「その方は証言に立ってくださいますか?」


「身分の低さゆえに難しいな。ただ、王家に与する者の中から証言者がいるとは告げられる。誘拐を我々だけが主張しているわけではないと提示ができるぞ」


「これで少しでも私達に味方ができればいいのですが」


「・・・味方か。かなりの人数はいるな。ただ騒ぎたい者も多いだろうが」


「え?」


ボソリと呟いたお兄様。また顔が険しくなっていく。眉が寄ったことで、眉間の皺がどんどん深くなっていく。

怒っている。さっきと同じくらい怒っていらっしゃるけど、きっかけは何?私が味方って言ったこと?ていうか、かなりの人数の味方がいるって言わなかった?

お兄様は頭が痛いのか、額に手を当てた。


「お前は外出できないから知らないだろう。世間は、セルジュ王子によるグラン家令嬢誘拐事件で盛り上がっている」


「ぐらんけれいじょうゆうかいじけん?」


「何だその気の抜けた顔は、と言いたいところだが放心しても仕方ないな。そうだ、王子が犯行を認めるまで公にはしないつもりだったが、気が付けば国中に広まって大騒ぎになっていた」


「な、何で、ですか?」


びっくりして上手く言葉が出ない。勢いで声を出してしまった。目が丸くなっているだろう私の顔も見たことで、お兄様は溜め息をつく。


「何故かは後で話そう。国民に広まった誘拐事件の話題の発生源はトライアだ。住民達から旅人へ、旅人は別の町で話のネタにすることで広がっていった。王都に届いたのは三日前ほどだが、驚くべき速さで広まり、王都の民の間では王家に対する不信感が大きくなっている」


「・・・なぜ、証拠もない不確実な話を信じられるのでしょうか?国民は国政から王家を、才覚と容姿を備えていることでセルジュ王子を敬しています」


国王の性格と知能には問題はあるけど、政は完璧に近かった。治安は良く、貧民はいても全体から見れば少数で、それでも飢えや家無しなどの問題はない。その資産に見合った税金を徴収して、貧しくても才能があれば上を目指せる。

その最たるものが魔法で、魔法を扱えれば何かしらの職に就ける。成り上がりが可能な国政を取っている国王と王家に、国民からの不満は少ない。

彼らを貶めるような話には耳を傾けない・・・はずじゃないの?


「あまりに残酷な物語は人の心に残る。お前の誘拐もそれだ。私が聞いた話では、セルジュ王子はグラン家を完全に掌握するため、令嬢リスベットに目をつけた」


「目をつけた」


お兄様の口からそんな文言が出るとか。


「聞いたままに話している。続けるぞ・・・四大貴族は王家ではなく、国に仕えているという立場。母国を守るために王家とは協力関係を取っている。そして、我が国は魔法を重要視している。その魔法関連の物事を統括する四大貴族のグラン家は国にとって最重要な存在だ。取り込めれば王家の力が増大する。王家ないし国王は、そのためにセルジュ王子と令嬢リスベットの婚約を決めた。王子も従い、令嬢から篭絡しようとした」


何か壮大ながらちょっと稚拙な陰謀論を聞いている気分。当事者だから稚拙に感じるのかな?


「しかし、リスベットは王子の思惑に気付き、グラン家を守るために拒絶をした。度重なる抵抗の末、婚約破棄に至ったが思い通りに出来なかった王子は怒りを感じた。自分のプライドが傷付けられたとリスベットを攫い、監禁をして拷問にかけた」


「拷問なんて受けていません!」


流石にそれはないって声に出た。

セルジュ王子は異常人物ではあるけど、私に対して一方的な愛を持っていた。傷付けようなんて・・・いや、強姦って立派な暴行か。ある意味では間違えてない。


「リスベット、あの王子を庇う必要はない。お前が受けた苦しみは立派な拷問に該当する・・・話がそれたな。続きを話す。拷問にかけて殺そうとしたが、機知に富んだリスベットが逃亡に成功してトライアまで逃げ延びた。保護をされたが、心身とも傷付いたリスベットはグラン家の屋敷で静養中。外出も出来ない酷い姿になってしまい、毎夜苦しんでいる・・・これが国民に広まった誘拐事件の話だ」


何て脚色凄まじい話に作りあげられてるの。しかも、私が有能そうな感じになってる。どうしてそうなったって理解が追い付かない。


「誰かが王家を貶めるために作り出した創作だという声もあるが、多数の目撃者が声を上げている。トライアでのことだが、門前でお前は兵士達と王家の衛士に追い詰められていた。それを目撃した者達がいたのだ。酷い怪我を負っていた女がグラン家令嬢のリスベットだったと、皆、口を揃えている」


「確かに、門の向こうから覗き込んでいる住民はいましたが、全員が同じことを言うとは思えません。トライアの守備兵は衛士に従っていました。そんな守備兵達に防衛されている人々ですから、王家に背くような発言をすれば武力行使をされると思うはずです」


「守備兵達からも非難の声が出ている。強引に従わされたことで無駄に負傷者が出た。トライアの守備に支障が出ている、とな」


「兵士達も・・・確かに、トーマに倒されて負傷した者は少なくなかったと思いますが」


王家側だと思ったから呆気に取られる。国の兵士は総合的に王家の配下。反発なんてしないはずなのに、トーマのせいで負傷者が出たからって・・・あれ?


「トーマが何か手を回したのでしょうか」


ポツリと口から漏れた。

私の視界にいるお兄様が顔をしかめたまま頷く。


「それが国内全土に誘拐事件が広がった原因だ。先程、話のネタにしている旅人がいると言っただろう。確実にトーマの手の者だ。配下のアサシンに命じて国中に触れ回っている。田舎であるトライアの守備兵程度なら、アサシン達の口車に乗せられるだろう」


「そ、そんなこと」


「可能だ。リスベット、お前はトーマの配下、つまりバルデルのアサシンがどれほどの数か知っているか?」


即座に首を横に振る。全く知らない。紹介された数人くらいしかトーマの部下は知らない。


「バルデル家は四大貴族と同様に長い歴史があり、つい先日まで王家と協力関係だった。建国当初から存在している旧家だ。家業から表には出ないが、王家と貴族の中に入り込み、平民の中にも紛れ込んでいる。奴らは自らのことは話さない。内情を秘匿し、その規模をも隠し通している。人間にとって一番の武器が『情報』だと思っているだろう。そんな者達の頂点にいるバルデル家当主の反感を買えば、『情報』によって殺される。真実に残酷な嘘を混ぜて吹聴すれば、人はその言葉に耳を傾ける。どこに潜んでいるか分からないバルデルのアサシン総出で話を広げれば、三日もかからずに国中に広まる」


「実際に広まってはいますが、それほどアサシンは数が多いのですか?」


「お前が王都の歩道を歩くとして、すれ違う何人かはアサシンだろう。公園で遊ぶ子供の中にも一人は確実にいるそうだ。バルデル家はこの国に根を張っている・・・昔、トーマ自身から告げられた。流石に総数は教えなかったが相当な規模らしい」


どれだけ凄い家の凄くて怖い人を護衛にしてたの、私・・・違う。私が決めたわけじゃない。お父様がトーマを私の護衛にしたんだから、お父様は何考えてたの?

今は彼に信頼と、その、好きっていう気持ちがあるから大丈夫だけど、昔の私なら絶対に怖がってトーマに近付きもしなかっただろう。今まで知らなくて良かった・・・。


「・・・つまり誘拐事件が明るみになったことで、王家も厳しい立場にあるということですね?」


「そうだ・・・トーマのおかげで大問題になっている。国民の声が大きくなったことで王家と四大貴族、バルデル家を交えて王子に審問を行うという話が出ている」


「・・・よい方にお話が進めばいいのですが」


審問には私も思うところがある。それを行うなんて相当な大問題に発展してるけど、私的にはいい方に話が向かっていると思う。

あの人の罪が暴かれるかもしれないチャンス。何とかして、何か証言でも増えれば、断罪に繋がる足掛かりになる。


「証拠もなく、証言も少ないゆえに難しいだろう。とりあえずは騒ぎを作ったトーマと話し合いをしたいのだが、今はいないとなると明日か」


「はい、明日には戻ってくるはずです」


疲れた顔をしたお兄様。

話に疲れたわけじゃないと分かる。ここにはいないトーマに厄介事を起こされたと、強く自覚したことで疲れている。

そんなお兄様は私に手を掲げて退室の意志を見せると、踵を返した。

テーブルに王子のお祖母様の日記とよいこのまほう(初版)と、魔導書を置いたまま・・・二冊はともかく、魔導書を放置するのは危なくない?

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