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移動中に、何度かトーマが私の目を手で隠した。人の死の跡を見せないようにしてくれる気遣いに感謝の言葉を送って、殺されてしまった誰かに安らかな眠りを願って祈る。

気が沈んでしまって小さく息を漏らした。「大丈夫ですか?」って優しい声に頷いて返すだけしかできない。

そんな彼に身を任せて進んで、辿り着いた食堂室。回り道をしていたし、私に与えられた部屋から遠かったこともあって時間がかかった。待っているお父様達にお詫びをしないと。

観音開きの白いドアへと手を伸ばす。だけど、私がドアノブを掴む前にトーマの手が掴んでいた。ドアを引き開いた彼は私から離れると、自分の体をストッパーにすることで開け放つ。

感謝を込めてお辞儀をしたあとで、食堂室内の席についていたお父様へと足を進めた。


「お待たせしました」


「気にするな、お前が移動するには時間がかかると分かっている。トーマ、苦労をかけたな」


トーマは返事をしない。ただ、ジェスチャーで返したみたいだった。お父様が口元を緩めて私の後ろから視線を外す。


「座るがいい」


「はい」


私に視線を戻して着席を促す。お辞儀で返すと、移動しながら横目で他の人を見る。白いテーブルクロスのかかった長机の上座にはお父様だけ。両端に向かい合うように席があって、私の席に向かい合うようにお兄様が座っている。その隣には、ああ、やっぱりソニアさんがいた。顔が合うと笑顔を向けてくれる。この表情が薄い人達の中にあって華やかに映った。寒冷地に暖色の綺麗なお花が一輪咲いているイメージ。

席につく前にトーマの姿を確認した。彼は一緒に夕食を食べるつもりがないようで、私の席の後ろの壁に控えている。


「またお会いしましたね」


言葉を送って着席すれば、彼女は軽く頭を下げた。


「ええ、アシュレイ様のご厚意で暫くお世話になります。よろしくお願い致しますね」


笑みに惹かれて微笑んじゃうけど、暫くってところに引っかかる。たぶん、暫くじゃ終わらないと思う。これからは、ずっとお兄様の側にいることになる。お父様にも紹介されたんだもん。完全にソニアさんはお兄様から逃げられなくなった。

こんな風に私が考えていても、本人が幸せだから何も言えない。


「聞いているぞ、リスベット。彼女がお前の怪我を治したヒーラーだとな」


「はい、素晴らしい施術で完璧に治してくださいました」


メイドさん達が料理を運んでくる。コース料理みたいな感じだから、置かれた前菜のサラダを食べるために一番外にあったフォークを手に取った・・・いいんだよね?間違えてない?お父様とお兄様の手元を見たら間違えてなかった。良かった・・・マナーとか覚えたつもりでも間違っちゃうから。


「トライアに古くから在るヒーラーの名家ベルモット出身とも聞いた。娘の姿を見ることで、代々伝わる一族の術を受け継いでいると確信できている。あなたのおかげで私の娘は傷一つない美しいままだ。改めて感謝をする」


「いえ、職務を全うしただけですわ」


それは感謝をしてるんだろうか・・・お父様は偉そうっていうか、偉いから態度がでかいんだよね。

にこやかに対応しているソニアさんのほうが偉く感じる。


「ソニアは素晴らしい女性です。同級でありましたが、回復魔法に関しては最高位の魔法使いです。この国で右に出る者はいないでしょう」


「そうか、お前が言うのなら確かなのだろう」


「あまりお褒めにならないでくださいませ・・・」


ソニアさんは照れてて可愛いけど、お父様達はある意味あくどいことを考えている。お兄様自らが称賛した人をお父様が逃すはずがない。一部門とはいえ素晴らしい魔法の才能を持つ女性をこの人達は逃さない。

今、彼女はお兄様のお嫁さんになることが決定された。お互いに愛情があるから問題はないけど、これが私と王子のような関係だったら恐ろしい男の人に執着されて苦しむ女性が増えるところだった。

本当、お互いの気持ちが通じ合うって大事なんだなって、いや、ちょっとまって、ソニアさんの今後も大事だけど、私と王子のことも重要じゃない。

お父様は国王に進言したはず。それとなく聞いてみよう。


次に運ばれてきたスープを飲み終えると、お兄様とソニアさんのことを満足そうに見ていたお父様に声をかけた。


「あの、お父様」


「どうした?」


グラスを掴んでいたお父様が私に顔を向けた。機嫌がいいって分かるほど口元が緩んでいる。この顔が今から不機嫌になるんだろうな・・・。


「国王陛下にセルジュ王子のことをお話になられると言ってましたが、いかがでしたか?」


ああ、顔から表情がなくなった。やっぱり不機嫌になった。

でも、これは私のせいじゃないよね?国王との話で望んだ結果にならなかった、もしくは嫌な思いをしたから機嫌が損なったのを思い出したんだ。


「全く話にならなかった」


どうやら思ったこと二つとも合っていたらしい。眉間に皺が寄ってる。美男子って言われている顔が歪んでいる。歪んでても美形のままだけど。


「この場は家族の団欒ゆえに伏せようと思っていたが、お前が気になるのなら話そう」


グラスがテーブルに置かれる。怒りを感じていても音を立てないのは流石の一言。

お兄様とソニアさんもお父様に顔を向けていた。皆、真剣な顔だから私も緊張し始める。


「陛下は私の話を聞いたが、理解はされなかった。我が子であるセルジュ王子がそのような暴挙に出るはずもないと認めず、我らグラン家を責めてきた」


「王子による私の誘拐も、この屋敷の虐殺も認めてくださらなかったのですか?」


「そうだ」


頭が固いとは違う。王子の罪を認めるつもりが毛頭もないから突っぱねた。

国王には三人の弟妹がいる。それぞれが結婚をしていて、子供もいる。あの王家にはセルジュ王子以外に王子と王女が何人もいて、つまり王位継承権を持つ存在が多い。

国王としては自分の息子に王位を継がせたいと思っているはず。あの王子は理想的な王子様だった。何に関しても優秀で、非の打ち所なんてない。そんな人の性格・・・人格って言ってもいいかな?その人格に問題があって、躊躇なく犯罪を起こす人間だと知られたらどうなるか。

国民からは非難の声が上がり、貴族や王族からは継承権の剥奪が求められるだろう。セルジュ王子は危険人物として、牢屋か幽閉地に繋がれる。

国王だって無事では済まない。自分の息子を次代の王にできずに、そんな非道な息子を持ったことで立場も悪くなる。いい余生なんて過ごせるわけがない。自分が思い描いた人生を歩めなくなるから、何も認めるつもりがないんだ。


「我らを責めるというのは、トライアでの諍いと検問に関してですか?」


悶々と考えてたらお兄様が話題を振っていた。

その言葉に頷くと、お父様は溜め息を漏らす。その様子からは失望を感じる。


「トライアを視察中のセルジュ王子にアサシンの男が難癖を付け、雇い人であるアシュレイは魔法で勝負を挑んできたと言っている」


何その児童書にありそうな諍いの理由。しかも、しっかりトーマまで巻き込んでいる。あ、今後ろから息を吹き出すのが聞こえた。どんな感情なのかは分からないけど、トーマも何か思うことがあったみたい。


「・・・なんていうか、その、陛下に対して非礼になってしまいますが、幼稚な印象を受ける言い方ですね」


「王子の行った所業の報告は受けているはずだ。認め難く言い訳をしようとしたが、頭の回転が遅いゆえに知性のない言い回しになったのだろう」


ナチュラルに国王まで馬鹿にしている。王家の人間が聞いていたら確実に罰を受けるけど「セドリックは頭が弱い男だからな」なんてファーストネームで馬鹿にした。

あー・・・確か、お父様と国王って幼馴染か、学園の同級生だった気がする。学生時代を知ってるから簡単に馬鹿にできるのかな?それにしても不敬すぎると思う。


「全ての騒動はアシュレイとアサシンの男、つまりトーマに否があると責められた。検問に関してもそうだ。野盗を捕らえるためにセルジュ王子は検問を敷いたようだが、その部隊を全滅させるとは何のつもりだ、とな」


「・・・我々を野盗と揶揄していませんか?」


「そう思うか」


「セルジュ王子の所業をご存知だとすれば、言葉に毒を含ませると思います。王子が望んだ私を奪ったのです。蔑みを込めて野盗と言いたくなったのではないでしょうか」


「・・・全てを知っていると暗に言っているとは思ったが、あまりに憐れで見逃してやった。アレは頭もそうだが、自分の感情に振り回されて自制が効かなくなるのも欠点だな」


本当に駄目だわ、うちの国王。

いや、それよりもお父様の国王に対する蔑みが半端ない。もう考えなしの馬鹿とか思ってる。絶対に思ってる。


「陛下はグラン家が反旗を翻すつもりだと話を纏めた。発端になったお前の誘拐も、きっかけにするためのでっち上げだと喚いている」


喚いてるとか、いや、そうじゃない!私の誘拐が嘘だって言ったの!?あんなに酷い目にあったのに!!


「嘘ではありません!」


「分かっている、感情的になるな。この場で訴えても王がいないのだから無意味だろう」


「そうですが・・・私の受けたことを嘘だと簡単に断じられるなんて、許せません」


「落ち着け、リスベット。荒ぶる気持ちは分かるが、今は無駄な力を使うだけだ。落ち着いて食事を続けろ。ほら、お前の好物が運ばれてきた」


メイドさんがメイン料理を目の前に音を立てずに置く。赤い魚の蒸し料理。前世では聞いたことのない名前の魚で、最初は躊躇ったけど食べてみたら凄く美味しかった。お父様にバレてるほどには好きな料理になっている。うーん、こんなこと思ってる場合じゃないんだけどな・・・あー、やっぱり美味しい。無限に食べられる気がする。

黙々と食べ始めたら、お父様とお兄様が息を漏らした。私の感情が落ち着いて安心した、じゃないか。食欲が怒りに勝ったことを呆れてるのかも。


「発端となったリスベットの誘拐と屋敷の虐殺の証拠を提示すれば、王は認めますか?」


「認めないだろうな。アレは認めてはいけないと思い込んでいる。自身の立場が揺らぐことには敏感だ。しかし、思っていた通り私の糾弾は王家と貴族達に不和を生んだようだ。国王側と我らグラン家側に分かれて論争が起きている」


本当に憂鬱。自分で話を振っといて何だけど、美味しいお魚が不味くなりそう。ああ、ソニアさんも不安そうだわ。綺麗な顔が曇ってる。

問題の核心にいる私を含まずに事は大きくなっている。当事者として主張しないといけない。正直、嘘つき呼ばわりが腹立たしい。王子から受けたことをきっぱり言ってやらないと気持ちが鎮まりそうにない。

提案しようと顔を上げたら、空になったメイン料理のお皿が下げられて、グラスに盛られたシャーベットが置かれた。それにお礼を言ったら、出遅れてしまった。


「誘拐も虐殺にしても生存している被害者はリスベットしかいません。事が広まれば、証人として王城に召喚されるのでは?」


「それだけはさせられん、セルジュ王子の狙いはリスベットなのだ。求めていたものが居城に訪れたと知ったら見過ごすはずがない・・・城の中は広い。王家のみ、王子のみ立ち入りが可能な場所がある。リスベットが捕らえられて『奥』に連れ込まれたら、二度と助けてはやれない」


「・・・」


シャーベットを飲み込んだことで喉が冷やされる。お父様が予測として言った最悪のシナリオに心も冷える。

それだけは回避しないといけない。お父様の様子だと、国王からの召喚を受け入れるつもりはないようだから、とりあえずは安心できると思う。


「何かしらの証拠が提示できれば、我々への非難は失せるはずだ。リスベットが捕らえられていた砦の位置は?」


「把握しています。明日には調査に私の私兵とアサシンを向かわせる予定です」


私の不安を拭うように、二人は対抗するための手段を取り始めている。本当に家族が頼もしすぎて、何もかも頼ってしまいそう。


「しかし、平民に降格させたことが幸いになりましたね。グランの籍にあれば、リスベットは貴族の義務として召喚の受け入れを強要されていました」


「このようなことのために降格させたわけではないのだがな・・・」


大きく溜息を漏らしたお父様は、額に手を当てた。うんざりしている。そんな様子だったから口を開いた。


「今や平民となった私に尽力してくださってありがとうございます。そして、ご苦労をかけてしまって申し訳ございません」


私の身勝手の結果で除籍にしたのに、そんな私のせいで大変な思いをしている。

申し訳ない気持ちで一杯になっていた。こんな謝罪で気持ちが晴れるわけがないだろうけど、少しでも気分が良くなってもらえればいいな。


「何を謝る。親として当然のことをしているだけだ」


そう言って顔を向けられた。疲れはあるけど、見つめてくる視線は強い。

言われたことと視線に、何ていうか胸が一杯になった。こんな状況下だけど私は喜んでる。

お父様が私を娘として見てくれている。血縁上だけじゃなくて、ちゃんと愛情を持って娘だと思ってくれているのを感じ取れている。

私が誘拐されてから・・・いや、それ以前にもあったのかもしれない。私が気付いてなかったり、理解していなかっただけでお父様はずっと私の「お父さん」だったのかも。

・・・普段の至らなさを注意された記憶しかないんだけど?もっとしっかりしないと駄目じゃん、私。ああ、迷惑しかかけていない記憶が芋蔓式に出てくる!


苦悩していたら次のメイン料理が運ばれてきた。美味しそうな肉のステーキ料理。これを食べれば、あとはデザートと飲み物で食事が終わる。家族の夕食は終わりに差し掛かっているって分かった。


「リスベット。もう暫くは窮屈な思いをさせる。しかし、何も心配はしなくていい。屋敷内のみになってはしまうが普段通りに過ごせ。そうしてくれたら私も気が楽だ」


「はい、ありがとうございます」


感謝の言葉ははっきり言いたかった。私のために奮闘してくれるんだもん。

ただ、いつも通りにいるだけじゃ駄目だって分かってる。自分ができることはやっておきたい。無意味に終わるかもしれないけど、今までと変わらないままじゃいられない。

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