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「トーマ、私の自室に行きましょう。暇を潰せるといいますか、今必要なものがあるのです」


「あー・・・」


私の提案にトーマは目をそらして前髪をかき上げた。何か考え事、いや、言いづらそうな感じがする。


「・・・悪いな、お嬢。部屋には連れていけない」


「どうしてですか?」


トーマが一緒なら屋敷内を行動していいって言われた。進路上にあるだろう殺人の跡も、この人なら見ないように気を使ってくれるはずなのに。


「お嬢の部屋の周りが一番酷い状態なんです。連れて行ってやれなくもないが、『跡』を見せないってことが難しいんです」


「私は大丈夫です、耐えられます」


「いや、無理でしょ。お嬢のことだから絶対に泣きます。慰めることはできますが、今は心身に負荷を与えたくない」


過保護だとは思う。でも、間違っていない。知った人達だから泣くと自分でも分かる。連れて行ってもらうのは諦めるしかないか。


「ならば、持ってきてくださいますか?」


「いいですよ、何が欲しいんですか?」


行動ができないのなら甘えるしかないよね。


「学園で使っていた魔法の教科書とノート、筆記用具をお願いします。あ、それと本棚にある小説を何冊か持ってきてください」


「魔法の勉強と読書で暇を潰すってわけか。お嬢の時間の使い方は健全ですね」


「やらなくてはいけないことですから・・・読書は完全に趣味ですけど」


真面目だなって呆れたような視線を受けたから自主的にフォローした。トーマはそれに微笑む。


「お嬢らしいって思っただけです。のびのび過ごせる環境でもないしな」


そう言って立ち上がると、私の髪を撫でながら離れていった。

当たり前に触れてくる。心地良いからと許していたら駄目かもしれない。私の心が耐えられなくなってしまう。好意を向けられているって勘違いしそう。ああ、しないように踏み止まらないと。耐えて、私!


「じゃあ行ってきます。すぐに戻ってきますね」


ドアを開いたトーマは振り返って言葉を送ってきた。優しい顔と声に「お願いします」と返せば、すぐに彼は出ていく。

ドアが閉じられて、部屋には私一人だけ。


「今のうちに荷物を片付けよう」


そう呟くと体が反射的に動いた。衣服を腕に抱えてソファから立ち上がり、タンスの前へ。

観音扉を開けば、もう私のドレスが収まっていた。たぶん、メイドさんが私が戻ってくる前に、屋敷に残していたドレスをタンスに移動させたんだろう。量が多いから隠匿のマントを入れられない。マントは壁にかけておくか。

屈んで下にある引き戸を開けば下着が入っていた。その中に持っていた下着と、いらないけど処分に困るワンピースを納める。ワンピースは元々王子から支給されたようなものだし、見たくないから奥の方に入れちゃえ。

タンスの戸を締めて姿勢を戻した。残ったマントを壁にかけないと・・・この部屋、壁掛けがないんだけど?

どうしようって考え始めたらノックをされる。とりあえず、マントはベッドのフットボードにかけた。


「どうぞ」


声で返せば、トーマが入ってきた。この部屋から私の部屋は離れているはずだけど、もう戻ってきたんだ。アサシンって本当に素早い。

彼は片手に頼んだ物を抱えながら近付いてきた。受け取るために私も近付く。


「ありがとうございます」


両手を広げて受け取ろうとしたら、抱えている本にもう一方の手を伸ばして、ガラス瓶を取り出した。

何それ?って思ったのは一瞬。私の右手に乗せられた瓶は、綺麗で丸いオレンジ色の玉が沢山入っている。それがキャンディだってすぐに分かった。私が欲しがった物。聖魔祭のときに、洋菓子店で売り出される宝石みたいに綺麗で美味しいキャンディ。

手渡されたことで別の疑問が瞬時に浮かんで、衝撃を受けた。

だって、このキャンディを持っていたってことは聖魔祭の日に洋菓子店へ行ってて、つまりはヒロインに会っている。確実に会っている!ヒロインもこのキャンディが好きだから、毎年買うためにお金を貯めているって子だもん!買いに行かないって選択は取らない!


「これ・・・」


「んー?」


間延びした緩い声。トーマを見れば、いつも通りの穏やかな顔で他の荷物をテーブルに置いていた。

彼は私を見ると口元も緩めた。分かる、笑っちゃうって分かるわ。だって、私はびっくりして目が見開いてるもん。


「買いに行ってくれてたのですね」


「お嬢の頼みですから。まあ、買ったあとで虐殺の知らせを受けたんで急いで戻りましたけど」


じゃあ、タイミングが合わなくてヒロインと会ってない?って考えに至ろうとしたら、


「その飴玉が置いてある場所がなかなか見つけられなくてな、店内にいる姉ちゃん達に紛れて探しまくったんですよ。あ、それでびっくりしたことがあったんですが、流石に男一人じゃ気まずくなって同じ瓶を持っている姉ちゃんに場所を聞いたんです。そしたら、その姉ちゃんがウィザードに選ばれたんですよ。後で知ったんですけど、そんな偶然あるんですねー」


(ヒロインに会ってるじゃん!!)


どういうこと?どうしてヒロインに会ってるのに、この人は私の側にいるの?

トーマっていう人は恋した相手に夢中になる。他の人間は目に入らなくなって、助けになるように行動する。好きな人のためだけに生きる一途な人で・・・って、まって。

ストンと自分の中に降りてきた。でも、確信はない。あるのは状況だけで、でも、それがおかしくて、


「トランスしてんな〜」


声に答えられなかった。考えついたことの答えがほしくて、頭がそれだけで一杯になってる。


とりあえず、座ろう。座って気持ちを落ち着けよう。

よろよろと足が動いてソファに座った。そうすれば、対面するようにいたトーマが、遮っているテーブルを回り込んで私の隣に座る。また身を寄せて、腕を背もたれに回したみたいだから距離はかなり近い。肩が彼の胸に触れていてる。見上げると、すぐに顔があった。私を眺めるように笑みを浮かべたトーマがすぐ側にいる。

ヒロインを知った人が、これほど私の側にいるのはやっぱりおかしい。


「あの、聞きたいことがあります」


「なんです?」


不思議そうに首を傾げているけど、目が優しいっていうか、熱がある。うっとりとしているように見えた。

言わないと、言って、この人の私に対する優しさの正体を知りたい。


「トーマは、その・・・好きな人はいますか?」


「・・・」


私の問いに笑みは失せて、彼は大げさに溜め息をつくと顔を伏せた。私の目の前には赤い髪だけって思ったら、すぐに頭が上がり、呆れたような目を向けられた。


「ええっと、その、答えづらい質問だったのなら」


「いますよ」


低い声。何か責められているような錯覚を受けるけど、やっぱりいるんだ。だから、ヒロインに恋をしなかった。先に好きになった人がいるから・・・。


「私の、知っている人ですか?」


「知ってますね、めちゃくちゃ知ってる女の子です」


目が細まる。睨み付けられている気がする、いや、でも、私はリスベットだから「そう」とは思わないじゃない。


「・・・どんな人ですか?」


恐る恐る聞いてみる。核心で、答えられたら私達の関係が変わるから。あり得ないことだから身構えてしまう。


「素直で真面目で、しっかりしようと頑張る子ですね」


あれ、やっぱり違う?と思ったのは一秒もなかった。


「でも、おっちょこちょいだからドジが多くて目が離せないんです。たまに考えごとに集中しすぎてトランスしたりします。突っ込みいれると反応早くて面白いんですけどね。あと、これはちょっとキツく思ってるんですが、自分が俺の恋愛対象じゃないって思い込んでいるらしくてスゲー無防備なときもあって理性を試されたりしますね。まあ、そういうところも含めて全てが可愛い女の子なんですけど・・・こうして本人に直接教えることになるとは思わなかったな」


私のことじゃん!リスベットである私のことを好きになってるじゃん!!

何で?いや、やっぱり私の起こした改変ってこと?でも、まって、トーマの好みのタイプと私は大幅に違うんだけど!!


「私のことが、好き?」


「そうです」


即答だった。顔がまともに見れない。熱くて、赤くなってるって分かったから伏せた。

そうしたら耳に囁かれてしまう。


「それで、十も年上の男を弄んでいた感想は?」


「も、弄んでいません!」


急いで顔を上げて訂正をしようとした。でも、トーマの手が私の頬に触れて、包んできて、真っ直ぐ見つめてくる灰色の瞳に拘束される。顔も、目もそらすことができない。


「い、いつから」


私を好きだったの、そう聞く前にトーマは口を開いた。聞きたいことを理解している。


「子供の頃から可愛いと思っていましたけど、女として意識したのはお嬢が十四のときだ。あのクソ王子が無理矢理手に入れようとしたから、絶対に渡したくないと思ったんです」


「でも、私、王子の婚約者でしたよ?」


「お嬢が王妃になろうが護衛を続けるつもりでしたから。抱こうとしたら妨害をして、隙をみて奪い取ってやろうとも思っていました。色々と算段していたが、クソ王子が勝手に自滅してくれたから手間が省けたぜ・・・あの野郎の女にならなくて良かった」


「ん・・・」


頬に触れる手の指先に撫でられる。擽ったいというよりはゾクゾクした。変な感触だから距離を取ろうと体が動くけど、彼は逃してくれない。力が抜けて、手にあったキャンディの瓶が転がり落ちる。ゴトって床に落ちたけど、拾うことはできない。

灰色の目がずっと私を捕まえている。ああ、胸も苦しい。ドキドキして張り裂けそうで、体温が上がっていくから熱い。


「安心すると警戒すらしなかった男に下心があったと分かった気分はどうです?俺は頭の中で、口では言えないようなことを何度もお嬢にしているんだ。怖いだろ?」


ギラギラした目はセルジュ王子と同じだった。私に対する欲望がある。王子がしたようなことを、この人もしたいって思っている。

よく分かった、しっかりと理解できた。優しさの裏にはドロドロした感情があるんだって。

分かったけど、気持ち悪いとは思わない。胸が一杯になるのは満たされたから。欲望混じりの気持ちを嬉しいって私は思ってる。


「嬉しい」


「は?」


口から漏れてしまった。

欲に染まっていた灰色の目が丸くなる。驚いているみたいで、凝視していた目が瞬いた。


「嫌じゃないのか。俺はクソ王子と変わらないんだぜ?その気になれば、今すぐお嬢を犯すことだってできる」


「・・・あなたはそんなことをしません。私が嫌がることはしない人で、ずっとそうだったから信じられる。私のことを第一に想ってくれている人だって分かっているから・・・私、あなたに好意を持たれていたと知って、とても嬉しい」


トーマが好きだってはっきりと思える。薄々は自覚していたけど、心の奥にしまい込んでいた。ヒロインがいるから気持ちを隠していた。もう封じ込めなくていい。

私はこの人のことが好き。ずっと好きだった。


「随分と信頼してくれているな」


「私も、あなたのことが好きだから・・・」


「・・・マジ?」


トーマの目が更に丸くになって、俯くことでその目が隠れた。目が合わせられないみたい・・・分かる。私も恥ずかしくて目が合わせられない。

視線をそらすことで俯くトーマを視界から外した。顔が熱い。確実に真っ赤になってる。

勢いで告白してしまった!いくら口が滑ったからって何でこんな状況で言うの、私!


「その顔スゲー可愛い、キスしたい」


うう、赤くなっている顔を見られたって、キス?キスって言った!?ちょ、ちょっとまって!見たら顔が近付いてきてる!キスを、口にしようとしてる!!


「だ、駄目です!」


心の準備が出来なすぎてトーマの胸を押した。そうしたらすぐに止まって、彼は笑う。悲しそうに笑っていた。


「駄目かー」


ああ、嫌がったって思われた!違う、嫌じゃないの!嫌じゃないから!!


「嫌っていうわけではありません!その、まだ、心の準備が出来てなくて・・・待っていてほしいと言うか・・・」


「・・・準備が出来たらキスしていいんですか?分かってます?チューとは違うんですよ?」


笑みはなくなっていた。口調は砕けているけど、その顔は真剣そのものだった。

わざわざ言葉を区別して使っているから、流石に理解できている。恋人のように唇を合わせてって・・・あああ、改めて思うと恥ずかしさが半端ない!


「だから、待ってください。心の準備が出来たら、その・・・あなたの気持ちも受け入れたい」


「・・・リスベット」


初めて名前を呼ばれた。それに体がゾクゾクするけど不快感はない。熱が高まるだけ。

そういえば、農村にいたときに名前で呼んでほしいと提案した。トーマは嫌がって、ああ、「こういうこと」だったから嫌だったんだ。

彼の体が寄ってくる。断ったからキスじゃないと分かっていた。そのまま受け入れれば背中と腰に腕が回って、体を抱き締められる。トーマの唇がそっと耳に当たった。


「好きだ、リスベット。すぐに俺だけのものにしてやる・・・」


強い欲を持った熱烈な言葉。

でも、彼はそれだけだった。私のことを自由にできるのに、それ以上はしない。

セルジュ王子と同じように見えるけど根本が違う。私のことを大切にしてくれているから、自分の欲に流されない。本当に想ってくれているから、待つことを選んでくれた。

こんな優しい人をいつまでも待たせちゃいけない。覚悟を決めないと、その、いけないけど、恥ずかしさが上回っている。今は何も言えそうにない・・・───。




ずっと抱き締められたままだと熱くなる一方だから、そっと傷付けないようにトーマに訴えた。

私の気持ちを汲んでくれるから、すぐに離れてくれたけど距離は近い。ソファに密着して座って、メイドさんが昼食としてサンドイッチを運びに来てもそのままだった。私の世話係だった馴染みの彼女が驚きもしなかったのは、察していたのかもしれない。彼の気持ちに気付いていたのか、空気を読んだのかは分からないけど、にこにこと微笑んで退室した。

すると、トーマに肩を抱かれる。ずっと私を見つめて、たまに髪を撫できた。恋人みたいに・・・両想いなんだから恋人なのかな?でも、まだ私は受け入れていないから違うわけで、気を抜けば苦悩に声が漏れそうだった。

頭ものぼせそう。だから昼食を食べ終えてすぐに、逃げるようにテーブルの上にあった本を取った。床に落ちていたキャンディの瓶も拾って、蓋を開けて一粒口に含む。

甘くて大好きな味を感じつつ、自分に落ち着けって言い聞かせながら読書を始めれば、トーマは私の髪を触るのを止めた。くっ付いたままだけど手は出さない。

読書に集中出来るように気を使ってくれている。そういうところが好きで、まあ、それで意識が向いちゃう。

本の内容が頭に入らなないまま半分までページを捲った。読んでる振りがキツい。触れ合う温もりも、たまに向けられる視線も気になっちゃう。

恋を自覚するってこんなに苦しいんだ。何をやってもトーマのことを考えてしまう。

何か意識がそれるようなことは、って思ったら部屋のドアがノックされた。助け舟が来た!


「はい」


返事をすれば、ドアの向こうから声がかけられる。


「お嬢様、旦那様がお戻りになりました。アシュレイ様と客人を交えて夕食を共にされたいそうですが、如何なさいますか?」


お父様が帰ってきたんだ。国王との対話はどうなったんだろう?あと、客人って・・・部外者は入れないって言っていたから、たぶんソニアさんだ。お兄様が連れてくるって言っていたもん。

色々聞きたいこともあるから受けよう。


「分かりました、すぐに向かうと伝えてください」


「かしこまりました」


言葉を返されてすぐに遠ざかっていく足音が聞こえた。メイドさんが近付いてくる足音が聞こえなかったのは、私の意識がトーマに向かいすぎたせいだよね。


「もう飯の時間か」


「時計がないから分かりませんでしたね」


本をテーブルに置いて立ち上がる。そうすれば、真横にいた彼も立ち上がって腰に手を回してきた。抱き寄せられて体が密着する。


「あの・・・」


「嫌ですか?」


首を振った。嫌じゃない、温もりを感じでドキドキするだけ。もう触れ合いなんて当たり前。思いが通じ合ったからトーマは遠慮しない。アプローチを続けることで意識をしないなんて許してくれないんだ。


(私だって・・・)


触れたい気持ちは私にもある。がっしりした肩に頭を乗せて見上げた。そのまま彼の微笑みを受けながら歩き始める。歩きづらいとか思わないのは、この人が気を使って歩いてくれているから。

恋人のような距離のエスコートを受けながら、お父様達が待つ食堂室に向かった。

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