23
時が止められて静寂に包まれた王都を歩いていく。私達の靴音だけ聞こえて、通り過ぎる人々はピッタリと固まったように動かない。本当に奇妙。
お父様が私を支えるように肩を抱いているのも奇妙が極まってる。見上げると、その紫色の瞳は私を見ずに真っ直ぐと前に向けられていた。
無表情とは違う真剣な顔。私を早く屋敷に連れて帰りたいんだろうって分かる。分かるけど、これほど真剣に思われるなんて思ってなかった。お父様も、私がリスベットになったことで変化が出たのかも・・・なんて考えに至ったら貴族地区に着いた。
名前の通り、貴族達の邸宅が集合した地区。グラン家は勿論、四大貴族に名を連ねる他の大貴族の邸宅もある。
お父様は周囲に視線を流しながら、歩みを止めずに進む。一応、私の歩幅に気を使ってくれているみたいだけど、速度が早くてついていくのがやっと。
「怪しい者は?」
後ろからついてきてるトーマに向けてだろう。私は頭だけで振り返れば、トーマは両手で後頭部を支えることで、両腕を上げながら辺りを眺めていた。
「西門周辺にはいなかったですけど、貴族地区にはちらほらいますね。数人ほどですが、貴族には見えない服装の野郎が道路を見張っています。あとは王家の衛士達も隠れるように潜んでます。鎧が立派で隠れられていませんけどね」
「時を止めて正解だったな。時が通常通り流れていれば、囲まれていたかもしれん」
「囲まれたってあなたには障害にならんでしょうが。魔法でふっ飛ばして終わりじゃありません?」
「時間を取られずに済んだと言っている」
・・・頼もしいが過ぎる。はっきり言うとトーマにお兄様、お父様なんて布陣を突破できる人間はこの国にいないと思う。この人達の側にいれば、安全だって確信しか持てない。セルジュ王子が付け入る隙なんてないんじゃない?
「リスベット」
「は、はい!」
ぼんやり考えていたら声をかけられた。驚いたから返事が上擦っちゃう。
「足は疲れていないか?」
「いえ、大丈夫です」
「どうやら、この周辺は我々を監視する者が多い。そろそろ時も動き出す。このままの速度で屋敷まで進むが、構わないか?」
「はい」
本当に気を使ってくれている。お父様が本当に「お父さん」みたい。今まであった蔑みも冷ややかな視線も感情もない。私を大事だと思ってくれている。そう感じてしまう。
気持ちに押されて、お父様の上着を掴んだ。腰のポケットの辺りを皺にならないように軽く掴んだけど、そのさり気ない触れ方は気付かれたみたい。
紫色の瞳が私を見下ろす。憂いある色、心配だと細まる目。ああ、これは愛情。
「お父様にしっかりついていきます」
「・・・」
嬉しくて顔が緩んでしまった。そのまま言葉を送ったら、お父様の口元が緩んで微笑みを向けられた。
「お前は本当にダリアに似ているな」
呟くような声量。だけどしっかり聞こえた。亡くなったお母様の名前。優しくて明るくて、私と同じ髪色と瞳をした人。確かに顔立ちは似ているけど、思い出や描き残された肖像画ではとても可愛らしい人だった。
「そこまで似ていないと思います」って伝えたかった。でも、お父様の表情は戻っている。その真剣な顔を正面に向け直していた。
無言になった進行はすぐに終わる。
私の目の前には、背の高い白い煉瓦造りの壁。飾りのあるその壁の中央に鉄の門があって、奥には美しい彫刻で飾られた大きな屋敷が見える。
見覚えしかない。私がこの世界に生まれ変わって過ごしたグラン家の屋敷。やっと帰ってこれた。セルジュ王子との婚約を破棄するために奮闘していたから、今まではあの屋敷にいて安心なんてなかった。日々を緊張と共に過ごした場所。
そんな場所を見て私は初めて安心感を得ている。はっきり言うと、私を守ってくれる要塞って思っちゃってる。
門の前にはローブを着た二人の人物。縫い込まれている紋章がグラン家のものだから、お父様の部下の魔法使いだってすぐに分かった。時が止まった中で無表情に立ち尽くしていてる。
「あ・・・」
お父様が一歩踏み込むと、風が体を凪いだ。人々の喧騒や足音が聞こえ始める。時が動き出した。
立ち尽くしていた魔法使い達も、私達の姿を目に映したようで頭を下げる。
「お帰りなさいませ」
「今、開門致します」
続けざまに言葉を発すると、魔法使い達は頭の位置を戻す。
そうしたら、鉄の門がゆっくり開いていった。お父様は開門中に足を動かして、くっ付いている私も動かされる。魔法使い達の間を横切る最中にお辞儀をしたけど見えたかな?「ありがとうございます」って言ったほうが良かったかも。
空いた門の隙間から屋敷の敷地内へ。前庭を縦断する煉瓦の道を進んでいく。
「時が動いてすぐに何名か走り去りました。確実に王子の手下でしょうね。下手くそな諜報でバレバレでしたけど」
トーマの声。囁くように近くから聞こえたから、そんなに離れずに歩いているんだろう。私からは見えないし、お父様の背後にいるのかな?
「リスベットが帰ってきたと知られたか・・・門番、閉門後に施錠の魔法をかけろ。互いに、二重でかけるのだ」
門の前にいる魔法使い達に顔を向ければ、声はなくとも深々としたお辞儀で返事をしていた。
お父様の部下だから、しっかり鍵をかけてくれると分かる。安心して向き直ると玄関は間近だった。飾り柱に支えられた玄関には大きくて厚みのある黒壇のドア。
お父様の手が、そのドアノブをしっかりと掴む。躊躇いなく回されたことでドアは開いて、
「お嬢様!!」
一人のメイドが飛び出してきた。突然過ぎてびっくりしちゃった。流石に抱きついてはこなかったけど、真正面に涙を浮かべた若いメイドさんがいる。
この人は、ニ年くらい前から私の身の回りの世話をしてくれていた。年も近いし、話しやすい雰囲気があるから、よく平民がする世間話を教えてもらっている。
ああ、無事だったんだ。良かった・・・そういえば、あの日は姿を見かけなかった気がする。馬車の従者もそうだったし、屋敷に従事していた使用人の全員が犠牲になったわけじゃ、
「ご無事で良かった!ああ、お怪我もなく、お顔の色も良くて!大変でしたでしょう?あ、でも、お顔に出ずともお疲れでは!?」
「お嬢様がお帰りになられたのですか!?」
矢継ぎ早に話しかけらていたら別の声が聞こえた。すぐに奥からカゴ一杯の洗濯物を抱えたメイドさんが走り寄る。
この人もよく知ってる。物心が付いた時には、すでに屋敷で働いていた。お母様のお世話を担当していて、亡くなってからは屋敷の家事をこなしている。
「よくぞ、ご無事で!お顔を見せてくださいませ!ああ、変らず可愛らしいまま・・・どこにもお怪我などはされてませんか?お腹も空いていらっしゃいませんか?何でも仰ってください。すぐに用意致します!」
「お嬢様!?」
返事をする隙なんて与えられない。メイドさん達は涙を浮かべて、嬉しそうに笑ってくれて、その声に気付いた別のメイドさんが走り寄ってくる。どんどん人が増えていく。
私は屋敷に入れないまま、皆の喜びと言葉を一身に受けているわけだけど・・・その、嬉しいって思うよね。皆、昔から優しかったけど、私のことをこれほど思ってくれていたなんて。分かりやすく体現してくれているから、好かれていたんだって自覚させてもらえる。
「ご心配お掛けしました、無事に帰って参りました」
メイドさんが五人集った辺りでやっと返事ができた。私の一声で彼女達はホッとした表情を浮かべたり、涙を拭っている。私の気持ちも緩んだけど、お父様が手を前に出して近付きつつある彼女達を遮った。
「お前達が喜ぶ気持ちは分かるが、リスベットは幽閉地からの逃亡と帰路の馬車で疲れている。私はすぐにでも休ませてやりたいのだ」
「まあ!」
「お嬢様のお体に障ります!散開!散開なさい!」
誰かが声を上げたことで、目の前にいたメイドさん達が離れていく。丁寧にお辞儀して職務に戻っていった。
「生存したのは休暇を取っていたあの五人と馬車の従者一人だけだ。他の者は皆、殺された」
「・・・」
喜びは一時だけ。突き付けられた事実に胸が苦しくなる。今、顔を合わせなかった人達以外は殺された。何人か頭に浮かんだ人達がいたけど、ここにいなかったということは・・・あの王子は本当に最低な人だわ!
「キツい事実は突き付きつけなくてもいいんじゃないですか?」
「リスベットも子供ではない、現状を知ることで己自身が考えることができる。そうだろう?」
「・・・はい、大丈夫です」
しっかりとお父様を見上げた。言い淀むなんてできない。こんなことで精神を蝕まれていたら、殺された人達に申し訳ない。私が一番しっかりしていないといけないんだ。弱ったら駄目。
「部屋に連れて行く」
「いえ、ここはもう安全でしょう。自分の足で自室に戻ります」
「それはできない、屋敷内はまだ酷い状態だ。お前の部屋も立地的に安全性が低い。別室を用意してある」
酷い状態ってどういうことだろう?
その答えは、お父様が内部を進みながら教えてくれた。屋敷での虐殺の跡がくっきり残っているらしい。らしいっていうのは、私は見ることができなかったから。死体があった場所、血溜まりや痕跡をお父様は徹底的に回避して、屋敷の中を進んでいく。どうしても跡のある場所を通るときは、私の目を手で塞いできた。足元が不安でしがみつく私をお父様はエスコートしてくれたけど、そんな場所が何度かあった。屋敷全土に渡った虐殺だって理解させられる。
「王子はどんな手を使ってお前を得ようとするか分からん。部外者は立ち入れないようにしている。だから、修繕もできずにそのままの状態なのだ」
「そう、ですか」
目を覆っていた手が外された。
開かれた私の視界には、眉を寄せたお父様の顔。明確に苛立っているって顔に出ていた。
「使用人達に掃除はしてもらっているが、この屋敷も広く、感情が揺さぶられているだろうから手が遅くなっている」
「仕方ありません、つい先日まで共に働いていた人の死の跡なのですから・・・彼女達を責めないでくださいね」
「・・・言うようになったな」
顔の険が取れて、いつもの無表情に戻る。平静を取り戻したお父様は足を止めた。
目の前にある白い木製のドアを手で指し示す。
「ここがお前の部屋になる。屋敷の出入り口から一番遠い中央に位置した場所だ。外部からの接触はほぼ不可能だ」
「ほぼ、ですか?」
私の質問にお父様は頷いて、ドアノブに手をかけることでドアを引き開いた。私の肩を押して室内に誘導する。
中は普通の部屋だった。小さな窓が一つだけ付いている。二人がけの白い生地のソファがテーブルを囲うように二脚あって、奥にタンスと姿見が見えた。どれも貴族が使うアンティーク調の高価な家具で、足を進めればソファの後ろにベッドもある。壁が突き出ていたから、通路みたいになっていたせいで進まないと見えなかった。
ベッドはキングサイズ。細やかに編まれたレースが垂れ下がる天蓋が付いていて、ベッドカバーの質感からも高価だって分かる。フッドボードの方にドアがあった。通路を作る壁があった原因だろう。小部屋も付いているんだ・・・この感じだと浴室かな?
「その窓の外は中庭だ。空気の入れ替えのために取り付けてあるものだから、扉の開閉の幅も狭い」
「確かに、外部からはほぼ接触できませんね」
お父様へと振り返った。ソファの向こうに立ち尽くしていて、その更に後ろにはトーマがいる。
もし侵入者が来たとしても、トーマの背後にあるドアからじゃないと入れない。
「屋敷全体に私の結界が張ってある。侵入者などの心配はないが、念の為だ。テーブルの上に結晶があるだろう?」
「はい」
テーブルを見れば、金の台座に乗せられた薄紫色の水晶の塊があった。そこから聖なるマナが発生している。マナのおかげで、高価な宝石ながら清らかな雰囲気を醸し出していた。
「結界石という魔石だ。この部屋全体に結界を張っている。お前を害するものは近づけないようにしているのだ」
「お父様とこの魔石による二重結界ですか?」
「そうだ。王子側の魔法使いなど、王子を含めて大したことはない。しかし相手は非道な男だ。どんな行動をするか常人には理解しがたいからな」
合間合間にセルジュ王子に対してまた暴言を言ってる。それほど怒りがあるんだなって分かるし、私のことを思ってくれているとも分かる。
これはお父様の愛情。過剰すぎるほど、ほぼ監禁してしまうほど私を守ろうとしてくれている。
嬉しくはあるし、王子に監禁されたときよりも快適だけど、やっぱり息苦しく感じる。
「このお部屋から出てはいけませんか?」
「トーマがいるならどこにでも行って構わない。ただし、屋敷内と中庭のみだ。外出はさせられん。理由は分かるな」
「理解しています」
分かっているから息苦しさが増す。自分の意志じゃどうにもできないことだから。
疲れを感じてソファに腰を下ろしてしまった。そんな私にお父様は近付くと、顔を覗き込んでくる。
「不自由で窮屈な思いをさせるが我慢をしてほしい。王子との問題が解決したのならすぐに自由にしよう」
命令形じゃないのが救いだわ。心配そうに眉を寄せているし、これは精一杯の譲歩なんだって思う。
王子との問題がすぐに解決なんてしないと思うけど、我慢をしよう。皆、私の為に行動してくれているんだから。
「はい、お父様。この部屋でゆっくり過ごさせていただきます」
「・・・すまない、リスベット」
頭を撫でられた。お兄様に続いてお父様にも。優しい触れ方と眼差しが奇妙だけどホッとする。愛情を感じて嬉しい気持ちが大きい。
顔が緩んだら、お父様は姿勢を正した。私の頭を優しく叩くと、踵を返して背中を見せる。
「王子による誘拐と虐殺について国王陛下に謁見をしなければならない。重罪の糾弾をするつもりだ」
「はい、お気を付けて」
離れていく背中。それはトーマの目の前で一度止まった。
「お前にリスベットの全てを任せる、しっかりと守れ」
「ああ、任せてください」
そんなやり取りをしたあと、お父様は再び歩き出して部屋から出ていった。さて、これからどうしよう。まずはバッグから服を取り出すかな。
テーブルの上に置いて、開くためにベルトを緩めた。そうしたらトーマが近付いてくる。彼は躊躇なく私の隣に座った。身を寄せられたことで、私の肩に体が触れる。
「息苦しい状況ですね」
「仕方ありません、私は狙われているのですから」
バッグの中から衣服を取り出した。下着は・・・恥ずかしいからワンピースの下に隠そう。隠匿のマントはどうしよう?すぐに使えるように壁にかけておくかな?
「家具は揃ってますけど殺風景な部屋ですね。娯楽になりそうなものは一切ない」
「ここは身を守るために作られた避難用の部屋なんでしょう。娯楽がないのは当然です」
「何もない部屋でぼんやり過ごすんですか?気がおかしくなっちまいますよ」
・・・確かにそうだわ。
娯楽とは言わないけど何かないと、いや、何かしないといけない!やるべきことがあるから、トーマへと体の向きも動かして顔を合わせた。




