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「不躾とは存じていますが、どうしても聞きたいことがあるのです。よろしいですか?」


「ええ、何でも仰ってください」


「では、兄とはどちらで?」


振り向くことで見せていた笑顔が消え、頬から赤みが差して、真っ赤になった顔が伏せられた。

恥じらう様子を終始見せられて心が温かい。これが満たされたってことか・・・じゃなくて!


「言い辛いのであれば大丈夫ですよ。小さな好奇心からの質問ですから」


「いえ、大丈夫です。恥ずべきことではないので・・・」


ソニアさんは小さく深呼吸すると、私に視線を戻してきた。


「国立学園の同級生です。入学当初から優秀だと賛辞されていたアシュレイ様と違い、わたくしは回復魔法のみ期待されていた程度でした。他の学問ではあまり成績も良くなく、このような性分ですので、人よりも劣っていました。そんなわたくしをアシュレイ様は気にかけてくださり、遅れがあるならと学業を手伝ってさえくださいました。奇跡とも言えますが、あの方と学園生活を共に過ごすことができまして、その、お側にいる許可も頂けたのです・・・」


あくまでお兄様の立場が上・・・大貴族の跡取りだからしょうがないか。ソニアさんも嫌がってない。むしろ嬉しそう。この人はお兄様のことが大好きなんだってよく分かった、いや、突っ込むべきはそこじゃない。


(嘘でしょ。あの完璧なものが好きなお兄様が、学業で遅れを取っていたらしいソニアさんに手を差し伸べたの?そういう半端な人間は好きじゃないってキャラクター設定だったはずなのに?ていうか、同級生だったのか。これは私がリスベットになったから起きた改変とは思えない。つまり、ゲームでも同級生設定なはずだけど、そんな人を惨殺するなんて、まって、ゲームのことは考えちゃ駄目だ。考え事が長くなる)


「リスベット様?」


「いえ、お気になさらず。兄の学生時代を思い起こしていただけです。昔から厳しい方でしたから」


「そうですね。わたくしもよく叱られました。『なぜ、この程度のことができない?』など色々とご注意を受けました。淡々とした口調ですけど威圧感が凄いので、怖いと思う時期もありましたわ」


「ソニアさんにもそのような態度を取っていたのですね」


「ええ、あまりに怖くて逃げたこともありました。でも、すぐに捕まってしまい、逃げたほうが怖いことになると理解させられました。今思い起こしても恐ろしい思い出ですわ」


うわぁ、ソニアさんは微笑みながら言ってるけど、かなりヤバいことされてない?それを思い出って躊躇わずに言えるなんて、もしかして調教済ってこと?

・・・考えないでおこう。他人の恋愛に口を出すのも良くない。お兄様に少しだけ性格が軟化したくらいの変化は起こっているけど、根本的には変わっていない。変化が起こった原因も分からないし、そっとしておこう。


「兄のことを支えてくださってありがとうございます」


「いえ、こちらこそです。この治療所は父から引き継いだものですが、建物の老朽化が進んでいました。立て直すほどの資金がなく、困っていたところをアシュレイ様が援助してくださったのです。わたくしがこの街でヒーラーとして従事できるのはアシュレイ様のおかげ。ですから、側にいられることを嬉しく思いますわ」


(それって絶対逃さないってことだと思いますよ)


言えない。この人は幸せそうにしているから言えない。言って気持ちが変わるわけもないし、余計なことをしたとお兄様に責められるだろうから黙っておこう。


「わたくしを支えてくださるアシュレイ様ですから、その妹君でいらっしゃるリスベット様のお世話ができることが嬉しいのです。わたくしに出来ることがありましたら頼ってくださいませ」


「・・・ええ、すでに頼らせていただいてます」


満面の笑みが眩しい。

でも、この人がお兄様の恋人になってくれて良かった。きっと幸せにしてくれるし、幸せにされる。不満なんて持たないようにお兄様は手を回すだろう。


「それでは衣服ですが、こちらのドレスは如何でしょう・・・サイズも合いそうですね。アシュレイ様より目立たない色だと指示を受けています。色味は悪くないですが、藍色はお好きですか?」


「はい、好きです」


明日の洋服選びも終わった。あとは荷物を詰めたあと、少し眠って、日の出と共に起きる。

何事もなくグラン家に帰れたらいいけど、そうはいかないだろうな・・・───。




───・・・朝だ。

目が覚めて、すぐにベッドから飛び起きて、いつの間にか部屋に戻っていたトーマに、着替えるからと出ていってもらった。

歯をブラシで磨き、顔を水で清めてタオルで拭く。髪を梳かす前に、ソニアさんに選んでもらった藍色のシンプルなドレスに着替えた。クシで髪を梳かしながら、衣類の入ったバッグを覗く。

隠匿のマントはきちんと入ってる。下着もある・・・ワンピースはいらないけど、処分してもらうのは気が引けるからこのまま持っていこう。

髪型も整え終わったから、バッグを肩にかけながら部屋のドアに向かった。


「開けます」


ドアの前で待っているだろうトーマに向けて声をかける。

ゆっくり開けば、彼は体の位置をずらして立っていた。壁に背中を預けているトーマに近付く。

腰に手が回されて、寄り添うように密着させられる。やっぱり触れ合うことを求められた。顔が近くて、体がくっ付いてて、体温が上がっていく。


(意識しない)


自分に言い聞かせて、表情を緩めた。


「お兄様は玄関に?」


「二十分前からいました。あいつはせっかちな野郎ですからね。予定よりも早く動くじゃないですか。なんで、お嬢も気にしなくていいんじゃないですか」


「いえ、お待たせしているのなら急ぎましょう」


私が歩こうとすれば、トーマはぴったり身を寄せて歩く。離れるつもりはないみたいで、私も離れたいとは思わなかった。

だから、何も言わない。階段をゆっくり降りて、見えたお兄様の顔が険しくても彼がいるから怖く思わなかった。本当に安心感しか与えられない。


「お待たせしました」


お兄様の目の前まで近付いた。流石に何か小言を言うかもしれないって身構えたけど、ただ眉間に皺を寄せて見てくるだけ。

その視線も、ソニアさんが見送りに来たらそれた。お兄様の体の向きも、顔も、視線も、彼女に向かう。


「リスベットを送り返したらすぐに迎えに来る」


「アシュレイ様の結界がありますから、お急ぎにならなくとも大丈夫ですわ」


「私に加担したことで、王子が難癖をつけて処罰する可能性がある。治療所はこのまま閉めていろ。私が来るまで大人しく待て」


本当に俺様発言。それを嫌がらず、嬉しそうに頬を染めているソニアさんも凄いわ。受け入れられる器のある人。

わっ、ソニアさんの頬にお兄様が手を向けたと思ったら撫でてる。目の前でイチャつかれた。


「恥じらいはねぇのか」


「お前だけには言われたくない」


呆れた感じでトーマが言えば、お兄様は冷めた口調で返した。冷たい眼差しも向けてくるわけだけど、睨まれている本人はどこ吹く風。私の額に唇をくっ付けてる。キ、キスみたいなことしてる!


「や、止めてください!」


「言葉を返すが、お前こそ恥じらいを持て。リスベットが嫌がっているのだから止めろ」


そう言ってソニアさんから離れたお兄様は玄関に向かう。続こうとしたトーマに腰を押されたけど、私は彼女へと顔を向けた。


「色々とありがとうございました。また、ご一緒したときにお話でもしましょう」


「ええ、勿論ですわ。道中、お気を付けて・・・」


深々と頭を下げてくれたソニアさん。トーマに押されているから少し慌ててお辞儀をしたけど、見えたかな?

そんな私の心配を他所に、彼は名残惜しむことなく玄関を出た。ドアが閉まって彼女の姿が見えなくなると、鍵がかかる音がする。


「とりあえずソニアは安全だ。治療所全てのドアと窓には施錠の魔法をかけていた。任意した人間以外には開けられない」


「お前さ、監禁って性癖がない?」


「安全圏にいさせることを監禁とは言わん」


強要したら監禁だと思う。

そんなことをお兄様に向かって口が裂けても言えない。それに、ソニアさんは嫌がってないから監禁されても大丈夫だと思う。何があってもお兄様からは逃げられないのは確実だけど。


前庭を縦断する道を進んで門の前に。変わらずに門の上にいた水色の鳥は、私達が来るとすぐに翼を広げた。ゆっくりと勝手に鉄の門が開く。

その奥には馬車があった。見覚えしかない紋章の付いている。グラン家所有の馬車にお兄様は近付き、トーマと私も続く。

ドアは御者によって開かれていた。御者は私をお兄様の領地まで運んでくれた男の人。いつも私を学園に運んでくれていた人だった。

ああ、生きていたんだ。虐殺に巻き込まれていなくて良かった。


「ありがとうございます」


「いえ、お嬢様のお力になれるのならば本望でございます」


ホッとしながらも声をかけた。彼はしっかりとした声で返すと、頭を下げる。職務に従事する真面目な姿にお辞儀を返して、馬車に乗り込んだ。


「横に座れ」


足を踏み入れた瞬間、先に乗り込んでいたお兄様が言われた。逆らえない。嫌とかとか言ったら、何が問題なんだと詰問される。

お兄様の隣に座ることを選ぶしかなかった。トーマは私の前に座るけど、不満だと顔をしかめている。


「何でお前がお嬢の隣なんだよ」


「いざというときに動くのはお前だからだ・・・街道の様子は?」


馬車が動き出した。窓を覗けば景色が流れて、治療所が離れていく。


「部下に調べさせた。中間地点辺りで検問が敷かれているそうだぜ。何のつもりが知らねぇが、仕切っているのは王家の衛士の部隊だ。街道を通る馬車を止めて乗員の取り調べをしているらしい。ちなみに王子の姿はない。まあ、王城で待ってんだろうな」


(私を捕まえるためにそんなことを・・・)


取り調べなんて名目上でしかない。ターゲットである私のことをスムーズに捕まえるために、そんなことをしている。

しつこくてうんざりする。体も項垂れそうになったから、意識して背筋を伸ばそう。王子のことを考えたことでぐったりしたら、お兄様に言葉のストレートパンチをもらってしまう。

正面にいるトーマは、窓枠に肘をかけて外を眺めている。灰色の瞳が、流れていく景色をなぞるように動いていた。


「治療所に張り込んでいた連中も、お嬢が移動するって分かったようだぜ。全員いなくなっていたが、検問に合流したんだろうな」


お兄様が息を漏らす。

トーマに向けていた視線をお兄様へと向ければ、凄まじい圧を放っていた。情なんてない冷たい眼差しが激怒しているって物語っている。


「検問なぞ名ばかりだ。考えていることは山賊と変わらん。トーマ、処断はお前に任せる」


こっわ!!!

重圧すら放つ怒りの様子に震えそう、いや、震えてる。勇者に無礼な態度をとられた魔王みたいな顔がしてる。もしくはキレたヤンデレみたいな顔をしてる。

逆らいたくないのは勿論、隣に座っていたくない。トーマの隣に行きたい!

助けてほしいけど、彼を真っ直ぐ見つめたら、お兄様の感情を逆撫でしてしまうかもしれないから、顔を伏せながら見つめた。トーマはすぐに気付くいてくれて、私の膝に手を乗せる・・・何で?


「寒いみたいですね、こうすれば温まりますよ」


膝を少し掴んで撫でてきた。震えているのも気付いたみたいだけど、寒いと勘違いしたみたい。

違うんだけど、触られると安心するからいいかな。


「いやらしい手つきで触るな」


お兄様的には駄目だった。トーマの手を手首を掴んで引き剥がすと、投げるように放る。


「おい、何すんだよ!俺はお嬢の護衛なんだから触っても大丈夫だろーが!」


「お前は護衛という役職を何だと思っている」


またピリピリしだした。どうすればいいの、この人達?どうにもしなくていいかな?

ちょっと疲れてる。お兄様の圧を身近に感じてるからだと思う。トーマよりもセルジュ王子よりも細身なのに、存在感は随一だし、威圧感はトップクラスなんだもん。

ああ、大の字で寝そべりたい。この圧から開放されたい・・・。


「検問所が近付いて参りました」


二人を見ないように顔をそらしたら、馬車を操縦する御者が声を上げた。私は顔を向ければ、二人も御者へと視線を向けている。


「そのまま進め、着いたらトーマが対処をする。お前は動くな」


「かしこまりました」


ゆっくり速度を落として、そして馬車は止まった。

トーマは腰を上げて窓の外を覗く。その右手は腰の後ろ、ナイフを掴んでいるみたいだった。


「どうだ?」


冷静なお兄様の声。トーマは鼻を鳴らす。


「すでに武器を抜いている・・・やる気満々で引くわー」


「そうか。では、殺さぬ程度に撃退しろ」


返事の代わりだと、トーマはドアを開けて外に出た。

武装した衛士相手に単身で挑むつもりだ。流石に危ないと思う。王家の衛士は精鋭だから、兵士とは練度が違う。

不安からお兄様を見ようとしたけど、私の視界に何かがかけられた。これは、お兄様の手?


「お兄様?」


「お前には刺激が強すぎる。眠れ、眠りこそがお前の安らぎとなる」


金属音、それだけが聞こえて・・・ああ・・・────。






───・・・頭の下に固いものがある。ごりごりして寝心地悪い・・・ねごこち?

目を開いたら、トーマが上体を屈めて私を見つめていた。彼は笑顔を見せる。


「お、目が覚めたみたいですね」


「えっと、あの・・・寝てま、ひっ」


横になっていた体を仰向けにした。無意識に体が動いたみたいだけど、上から見てくる顔に固まってしまう。お兄様の顔が、お兄様が私を覗き込んでいる。

その位置から覗かれているってことは、つ、つまり、この頭の下にある弾力のあるローラーみたいなものは・・・お兄様の足!?膝枕ってこと!?


「申し訳ございませんでした!!」


声を上げれば、お兄様は不快だと眉を寄せた。覗き込んでいた顔を離す。

その隙に急いで上体を起き上がらせた・・・やっぱり膝枕されていた。お兄様が私を膝枕していた、恐怖しかない。


「あ、あの!見苦しい姿をお見せしました!本当に申し訳ございませんでした!!」


咄嗟に誤ったけど、不快って表情は変わらない。いや、私に膝枕していたほうが不快じゃないの?


「騒々しい」


「あ、はい。申し訳ございません」


「いや、お前の膝枕とか最悪なんだから飛び起きて当然だろ?」


トーマの言葉にお兄様は短く鼻で息を漏らした。

最悪、違う、ご迷惑にも膝を枕にしていた。大変申し訳ない気持ちは本当にある。

罰を受けても当然だって身構えた。だけど、待ってもお咎めはない。


「あの」


「妙な寝方では体を痛めるからな。私の独断で寝かせた。だから気にしなくていい」


「あ、はい・・・ありがとうございます」


眠った私に気を使ってくれたみたい。態度が軟化したままでいる。私が酷い目にあったから優しくしてくれているのかな・・・あれ?でも、どうして眠ってしまったんだろう?

確か、検問が敷かれていて、トーマが撃退に向かって、お兄様が私に眠れって・・・あれ、検問は?


「検問はどうしたのですか?」


気になって言えば、お兄様は溜め息を漏らすだけ。トーマがにこやかな顔を私に寄せてきた。


「とっくに前に問題なく通り過ぎましたよ。もうすぐ王都です」


彼の顔が窓に向かう。私も引かれて窓を見れば、背の高い白亜の壁が見えてきた。彫刻すら掘られた美しいそれは王都を囲う障壁。

王都に戻ってきた。グラン家の屋敷があって、セルジュ王子のいる王城がある。


(グラン家があるから安全な場所ではあるけど、敵の本拠地もある)


敵って言っても構わないよね。だって、王子は私に危害を加える人。私を狙っている狂った人。

睨み付けても白い壁しか見えない。馬車は大きく開いた正門には向かっていなかった。壁を左にしながらも石畳の道を進む。


「どちらに向かっているのですか?」


「西門だ、山麓から伸びた森の側にある。人通りが少ないゆえに人目につかない」


「西門・・・」


私も行ったことはない。木こりや建築関係の業者が使うという職人のためにある門だとは知っている。

右の窓には無数の木々が見える。流れていく緑を見ていれば、馬車が速度を落としていった。御者のいる窓に顔を向けたときに完全に止まる。

すぐに御者は座席から降りて、ドアを開けてくれた。


「降りろ」


お兄様の指示に従って馬車を降り、御者にお辞儀をして、正面を向いた。

誰かいる、って思ったのは一瞬だった。ゆっくり歩み寄ってきた人は私のお父様。向かい合ったと思ったら、肩を掴まれて抱き寄せられた。

えっ?あの、お父様が私を抱き締めてる?なんで?

抱っこもされたことがないから混乱する。心配してくれていた、ってこと?そんな愛情とかなさそうなのに、


「無事か?」


「は、はい」


頭の上から聞こえたお父様に反射的に答えてしまった。驚きで理解力落ちてるけど、確かに無事に戻ってきたから間違いじゃない。


「負傷をしていると聞いたが」


「トライア在住のヒーラーが治しました。切り傷の一つも残っていません」


問いかけにはお兄様が答えてくれた。

いや、硬直している場合じゃないわ。聞かれているのは私なんだから、きちんと答えないと。

顔を見るために視線を上げたらお父様と向かい合う。見えた顔は不安そうな表情を浮かべていた。お兄様に加えてお父様も感情が分かりやすく出ている。

私が誘拐されたことで心動かされているの?


「体の傷が治癒したとして精神は完治したとは言えん。リスベットは怖い思いをしたのだ。そうだろう?」


「・・・はい。でも、お父様。私は自分の力でセルジュ王子から逃げ出したのです」


「話は聞いている。ただ、ここでお前の話を聞く時間はない。狙われているのだからな」


ああ、やっぱり知っていたんだ。お兄様が連絡を怠るはずがない。お父様にも伝わっていて安心する。

こんな優しく抱き締められるなんて初めてだけど、任せていいってことだよね。お父様も私の味方になってくれたと思っていいかな。


「屋敷に帰る。お前にとって最も安全な場所だ。奪い取ろうなどと考える馬鹿者には絶対に触れさせん」


・・・これは、怒ってるよね?激怒してるよね?簡単かつ端的にセルジュ王子について暴言を吐いてる。ここまで言わせるなんて、私を拐ったことは相当許せないことだったんだ・・・なんか嬉しいって思ってしまう。思っている場合じゃないんだけど。


「父上、私は一度トライアに戻ります。以前話した者を連れて参ります」


ソニアさんのことだ。お父様に恋人がいるって言ってなかったんだ。


「分かった・・・リスベット、行くぞ」


「はい」


お父様は私の肩を抱くと、連れ歩いて西門へ向かう。門の前にはローブを着た人が三人いて、刺繍された紋章からグラン家の魔法使いだと分かった。お父様は部下を連れて私を迎えに来たみたい。

門番の兵士達は魔法使い達の後ろに控えている。足元がふらふらしているから、意識はないのかもしれない。何も言わなずに立ち尽くす様子から、魔法使いに何かされていると分かる。

ここまでして私を迎えに来てくれたの・・・あ、止まった。あと一歩で王都に入るのに、どうして足を止めたんだろう。


「念の為だ」


その言葉のあとで私とお父様、後ろから付いてきていたトーマ以外が止まった。止まったって分かったのは、視界にいる飛び立つ小鳥が空中で停止していたり、人々がピタッと不動になったから。

なんで止まったのかは理解できてない。お父様が何かしたとしか分かってない。


「あの、お父様」


理解をしたくて見上げれば、お兄様と同じ色をした瞳が私を見ていた。


「時を止めた。私が任意した者以外は止まった時の中を動くことができない。この間に屋敷に戻る・・・少し歩くが、大丈夫か?」


「え、あ、はい。歩けます」


「トーマ、お前は道中で張り込んでいるだろう間者を探せ。顔と特徴を覚えておくのだ」


「はいはい」


そう言って私の体を押して歩き出すけど、え?

時を止めたって何!?そんなことができるの!?時止めなんて、友達に借りた漫画だと九秒でも色々できたのに長時間止めたら何でもできるじゃん!!・・・長時間は言い過ぎか。でも、屋敷に着くまで二十分以上はあるから、それくらいは止められるってことで、お父様どれだけ凄いの!?

・・・また自分の家族の凄さを目の当たりにした。お兄様に続いてお父様まで。頼もしすぎて、今更自分の能力の無さを恥ずかしく思う。


これからどうなるか、と考える。お父様の様子から確実にセルジュ王子を断罪する。そのせいでグラン家と王家に軋轢が生まれて、他の貴族だけではなく、国すら巻き込んだ事件になるだろう。

私はどうしたらいいのか。どう立ち回るのか。とりあえず、色々な魔法は覚えよう。あの王子は手の届く距離にいて私を狙っている。何が起こるか分からないから対処できるための手段はほしい。自分の手管は少しでも増やさないと。

今はそれしか考え付かなかった。私を労るようにお父様が肩を撫でる。静止した時の中、聞こえるのは三人の靴音だけ・・・───。

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